破壊魔と知らないイケメン
俺は何故か、奈美と共に奥多摩行きの電車に乗っている。
カフェを出てから、奈美は据わった目をして薄ら笑いを浮かべている。
「みのりちゃん、ごめんね。家に帰る所だって言うのに、着いてきてもらっちゃって」
「い、いえ、大丈夫ですよ。でも兄さんが出てくれるかは分からないですよ。なんせ集中すると周りのことが目に入らなくなりますから」
「大丈夫よ。私がドアくらい叩き割ってやるから」
「さ、流石にそれはどうかと……」
俺が頬をヒクつかせながら、この破壊魔を止めようとするが、恐らく無駄だろう。
「平気よ。私に任せなさい! あいつをボコボコにするのは慣れてるわ」
本人に向かって、これから私刑を実行すると宣言する幼なじみにドン引きするが、問題は俺はここにいるという事だ。
もちろん身体は今向かっている奥多摩の家にあるのだが、こいつなら俺の本来の身体のある研究フロアまで、家を破壊しながら辿り着きかねない。
かなり前だが、奈美は奥多摩の家に来ているから場所はわかってるだろうし、放置できない。それに元々帰るつもりだったから着いてきたのだが、どうやって止めたものか……。いや、止められないだろうから、どうごまかすかか……。
(——DALI、今そっちに向かってるんだが、例の同期方法って、検証終わってるよな? 今なら最短での意識の移行ってどれ位かかる?)
(『脳量子通信によるリアルタイム同期は正常に稼働できますが、マスターの本体のコールドスリープの解除が必要となりますので、最短でも92分51秒かかります』)
(わかった。準備を始めてくれ。今回は事情を知らない連れが一緒にいるんだが、気付かれないように元の身体に戻りたいんだが、良いアイデアがなくてな。何か思いつかないか?)
(『マスターの現状をメモリーバンクから把握します。……現状を把握しました。元の身体に戻ることは推奨できません。素体について露見する可能性が84%以上です。推奨するプランとして、Plan C2の適用を提案します』)
(プランC2って、あれか。DALIによる素体を含めた身体の遠隔操作か。でも、それなら俺が元に戻らないと、みのりの身体は空かないぞ?)
(『いえ、私が操作するのはマスターの本体です』)
(えっ? そんな検証してたか!?)
(『検証はしていませんが、理論的には全く問題はありません。マスターの発生パターンや思考パターンのシミュレートもメモリーバンクを参照することでリアルタイムに処理可能です。この方法であれば、研究所の不要なフロアへの侵入は確実に防ぐことができ、マスターと素体が同時に存在することを実証できますので、論理的破綻は起こらず。今回の問題についても解決が可能と予測されます』)
どうも、普段よりも饒舌に思えるDALIからの勧めに、ちょっと逆に心配になってくるが、まあDALIが言うなら大丈夫だろうと思い了承する。
(わ、わかった。じゃあそのプランで頼む。)
(『イエス、マスター。お帰りをお待ちしております』)
一抹の不安を残しながらも、電車は定刻通り奥多摩駅に到着する。
俺は車が停めてあることを奈美に伝え、定期契約している駐車場に向かう。
「みのりちゃんて、まだ高校生よね? もう免許とってたの?」
「ええ、去年にとったばかりですけどね」
「そういえば、高校はどこ行ってるの?」
「命星学園ですよ」
「あ、じゃあ私たちの後輩なのね。あそこは制服がなかったから、当時は制服に憧れたものだわ」
「そうですね。着るモノはいつも悩んじゃいますね」
実際には、みのりとしては一度も登校していないので悩むことはないのだが、それっぽいことを答えておく。
しばらく歩くと、駐車場に着いたので車の鍵をリモコンで解除すると、ピコピコと光って車が自分の位置を伝えてくる。
「みのりちゃんの車って、いま光ったアレ?」
「ええ、そうですよ」
「見かけによらず、すごいの乗ってるのね……」
「え? そうですかね? 山道走るので、あれぐらいがちょうどいいですよ」
「そ、そう……」
奈美が、俺のキャデラック・エスカレードを見て、どこか呆れている様だが、よくわからん。それなりに険しい山道を進むのであれば、ああいった車の方がいいに決まっている。姉のように車高のないスポーツカーで山道を走ってくる方がどうかしているのだ。
俺たちは車に乗り込むと、それなりに山奥にある我が家に向かうのであった。
+++++
40分ほど、山道を走り抜けると我が家が見え始めた。
「奈美さん、もう着きますよ」
「そ、そう、やっとね……」
「そうですね、なんだかんだ駅から40分くらいかかりますから。不便ですよね〜」
「40分しかかからなかったことが恐ろしいわ……。うっ……ぷっ……」
顔を真っ青にした奈美が苦しそうに返答するが、こいつって乗り物弱かったんだな。それなりの付き合いだと思ってたが、知らなかったな。
家の前まで車を進めて、玄関前で停車させる。
「どうぞ、鍵は持ってるので、今開けますね。トイレの場所はわかりますか?」
「ありがとう……、そこまでは覚えてないから案内してもらってもいいかしら」
「わかりました。どうぞ」
俺は玄関を開け、そのまま奈美をトイレまで案内すると、トイレに着くなり奈美が中に駆け込みゲーゲーやり出したので、聞いているのも流石に悪いと思ったので、リビングの方に戻った。
リビングに戻ると、俺が立っていた。
「DALIか?」
『はい、マスター。私です』
目の前に自分がいて勝手に喋っているというのは、やはり違和感がすごい。どうにも脳が混乱する感じがする。
「うーむ、ちょっと違和感があるが、よろしく頼むよ。」
『イエス、マスター。お任せください。』
俺がリビングで俺《DALI》と座って待っていると、奈美がブツブツ何かを言いながらトイレから戻ってくる。
「ああ、帰りは私に運転させてもらおう……。やはり、あの家族は全員どこか変だわ……」
『よお、奈美。久しぶりだな。六年ぶりくらいじゃないか?』
俺《DALI》が奈美に気安く声を掛けると、途端に奈美の目つきがキツくなる。
「アンタ! 妹まで、あんな研究に巻き込んでるんでしょ! 一回死になさい!!」
いきなり声を荒げた奈美が、とてつもない速度で俺《DALI》に詰め寄ると、お手本のようにキレイな正拳突きを放つ。
しかし、俺《DALI》はその正拳突きを、まるでその重さを感じないように、自然な動きで掌で受け止めてしまう。
「……はっ?」
その結果に奈美が間の抜けた声を出すと、俺《DALI》がそのまま奈美の腰を抱き、顔を近づけ話しかけた。
『いきなり何をするんだ、奈美。そんな怖い顔は奈美には似合わない』
何言ってんの!? こいつ!?
(おい! DALI! 何やってんだ!? 俺がそんなことするわけないだろ!?)
(『マスター。ご安心ください。全ては私にお任せください』)
(いやいや、初っ端から既に安心できないぞ!?)
俺たちが脳内で会話している間に、事態を理解できなかったのか呆けていた奈美が今の状況を把握し、顔を真っ赤に染める。こいつの顔が赤くなるのなんて初めて見た気がする。
「ア……、ア……、アンタ! 何すんのよ!?」
奈美は器用に俺《DALI》の拘束から抜け出すと、そのまま腰を捻って後ろ回し蹴りを放つが、それも俺《DALI》に優しく受け止められてしまう。
「なっ!? アンタいつの間に、そんなにできる様に!?」
『いいから、落ち着けよ。久しぶりの再会なんだ。もっとゆっくり話そう』
「ふざけんじゃないわよ! アンタが妹のみのりちゃんにまで、不埒な視線を向けてるのはわかってるのよ! 大人しくボコボコにされなさい!」
奈美はそう言い切ると、一気呵成に俺に攻めかかった。
だが、俺《DALI》は本当に俺の身体か? と思うくらいに奈美の攻撃を華麗に捌き、息一つ乱さない。俺の身体どうなってんだ?
対して、奈美は流石に息が乱れてきたのか、一度離れて呼吸を整えている。
「はぁ……、はぁ……、ふぅ……。まさか、アンタがここまでできる様になってるとはね。ずっと部屋にこもってるだけだと思ってたけど、違ったようね」
『俺だって、少しは成長するさ。さすがに子供のころほど周りが見えてない訳じゃない』
「さて、そこはどうかしらね? しかしアンタをボコる為には、私も本気を出すしかない様ね」
奈美がそういった瞬間、奈美の身体を力場が発生する。
まさか、奈美も力場を使えるのか!? 俺が驚いている間に、さっきまでとは比較にならない速度で、奈美が俺《DALI》に攻撃をしかける。
だが、それでも俺《DALI》は全ての攻撃を捌いていく。あれ、本当に俺の身体なのか? 自分の身体の素体でも作ってたか? などと考えている内にも、俺の家のリビングをボロボロにしながら一方的すぎる戦いが続いている。
「まさか、本気の私にまで付いてくるとはね!」
奈美が少し腰を落とすと、凄まじい速度で飛び上がる。
「これで、自分の罪を悔い改めなさい!!」
あれは! 俺が生死の境を彷徨った時にくらったらしい、真空飛び膝蹴りか!?
過去の恐怖に慄こうとするが、俺《DALI》はそれすらも軽く受け流してしまった。
『奈美、さすがに今の格好ははしたないと思うぞ。それにしてもパンツの趣味は変わってないな。』
「……え?」
奈美が俺《DALI》の言葉に自分の格好を確認する。
先ほどから激しい戦いを繰り広げたせいか、奈美の服はところどころ裂けて、その肌や下着の一部が露わになっていた。
あの青と白のストライプパンツ、まだ履いてたんだな。まあ、流石に当時のものではないだろうが。相変わらず、視線を吸い寄せられるな。
「きゃ、きゃ、きゃあああああ!!!」
奈美は自分の状態を把握すると、身体を両腕で抱え込んでしゃがみ込んでしまった。
『だから、落ち着けと言っただろう』
俺《DALI》はそういいながら、着ていた白衣を奈美に掛けてやる。
色々とズレているという自覚はある俺だが、なんだこのイケメン? というか俺ってこんなイケメンだったか? と自分の身体が行っている行為に、真っ当なイケメン像を垣間見ながらも、その状況にまったく理解が追いつかずにいた。
そして、もう役割を果たしそうにない家具や家電を買い直さないとな、と別の思考に逃げることにするのであった。




