父娘と再会する二人
第二部スタートです。
多少ラブコメ要素が多めになる予定です。
お付き合いいただければ嬉しいです。
2021年もあと数日で終わろうとしている中で、一人の女性が、蝋燭の灯りだけで照らされた、ほの暗い部屋で声を荒げている。
「お父様! それでは約束が違います! 私は試練を乗り越えました! 試練の突破を条件に、五年間は私に自由にくださるとの約束のはずです!」
「そうは言ってもだな。お前が一人暮らしなどできるわけがなかろう。それに自由を与えんとは言っておらん。あくまで一人暮らしは止めろと言っているだけだ」
「門限など設けて、何が自由なのですか! 今時、18時が門限など、小学生ではないのですよ!?」
「しかし、お前はしょっちゅう周りが見えなくなることが多くて、家の中にいても何度問題を起こしたことか……。とてもではないが、世間様の元に放つことなどできんぞ」
「そ、そんなに問題は、もう起こしておりません! 私とて、もう大学生として大人の仲間入りしているのです。いつまでも子供扱いしないでください!」
親子と思われる二人の言い合いはしばらく続いたが、どうやら父親が折れることで終わりが見える。
「——わかった。それでは条件付きで、外での暮らしを許可しよう」
「本当ですか!? ありがとうございます! では早速荷造りを再開せねば! 失礼します!」
「待て、だから条件があると言っているだろう……。そう言うところが心配なのだ……」
「し、失礼しました……」
「まあいい、条件は一つだ。一人暮らしは許さん。お前が心から信頼のおける者を見つけ、その者と暮らすのだ。今までは、そういった関係を作ることを許していなかったが、丁度良い機会だ。お前が生涯を信頼しあえると思う友を見つけろ。見つけた暁には、私が直接見定める故、ここに連れてこい」
「……ち、父上。そ、それは、私に婿捜しをしろと!?」
「違うわ! 友を探せと言うておるのだ! 男捜しをしろなど言っとらんわ!」
「は、はい!」
「条件はわかったな。では行くがよい」
「はい! 失礼いたします。父上!」
女性は少々浮かれた表情で部屋を後にする。残ったのは、先ほどまで女性と話していて父親らしき男性と、いつの間にかその隣に座っていたスーツ姿の女性だけだった。
「よろしかったのですか?」
「まあ、仕方あるまい。まさか聖人の儀を成功させるとは思わんかったのでな。やはり、あやつの才能は群を抜いておる」
「ええ、紅歌様ほどの才覚をお持ちの方は、伝承に謳われる始祖様以来ではないかと」
「香貫火、あやつの側にいてやってくれ」
「承知いたしました」
スーツ姿の女性は、男性に向かって一礼すると音もなく消える。
「さて、御使い様の件もある。ついに時代が動くのか……。あやつにとって辛い時代にはなってほしくはないものだ……」
+++++
2022年になって、早一ヶ月。
昨日の新ホームでの初ライブも無事終わり、十日間ほどの休暇と相成ったので、俺は奥多摩の家に向かうべく新宿を歩いていた。
DALIに任せていた脳量子通信による、状態の同期に関する検証が終わったので、四ヶ月ぶりに男の身体に戻るためだ。
前回までの様に、元に戻るのに一週間近い時間がかかることはもうないので、帰ったらコールドスリープの解除時間くらいで元に戻れるだろう。
それにしても新宿は人が多い。
それに、この季節になると流石に上着を着ないと寒いので、俺も身体のラインを出すとかいってられないため、あまり視線も集められず検証データも取れないので、人混みは単純に歩きにくいだけで鬱陶しい。
そんな風に思っていると、ちょうど信号が赤に変わってしまった。
俺がボケッと信号待ちをしていると、少し手前に女性が信号待ちをするべく立ち止まる。
すると、自然とその女性に俺の視線が吸い込まれた。
スキニージーンズがとても似合う美しい脚のライン、丸く形の良いヒップ。素晴らしい理想的だ! すぐにこの姿を超高解像度で記録せねば! とレコーディング設定を変更しようとした瞬間、俺の目の前にその素晴らしい脚が迫ってくる。
俺は慌てて身体を後ろにのけぞらせ、その飛び膝蹴りを躱す。
「! あらっ! ごめんない! つい懐かしい視線を感じて! 大丈夫、ケガしてない!?」
振り向きざまに飛び膝蹴りをかましてきた相手は、俺を目に入れると慌てて謝ってくる。
「だ、大丈夫です。避けられましたので……、って奈美?」
「えっ? 知り合い? あなたみたいなキレイな子、知り合いにいたかしら?」
理想的な身体の持ち主は、幼なじみの「片瀬 奈美」だった。
しかし、こいつも同じアラサーのはずなのに、変わらないな。
というか見ず知らずの他人にいきなり飛び膝蹴りかますとか、完全に危険人物じゃないか。って、つい名前を言ってしまった。まあ、設定通りに話してごまかすか。
「えーと、私は不動みのりと言いまして、兄が随分とお世話になったと聞いています」
「不動? 実って、あの実? ん? でもあいつ男で同い年だし、兄? どういうこと?」
余計に混乱させてしまった様なので、フォローするか。
「いえ、わたしは実兄さんの妹の『みのり』です。ひらがなで『みのり』です。兄とは、13才ほど離れてます」
「えぇ! あいつに妹なんていたの!? しかもそんなに年の離れた!? 全然知らなかったわ。灯さんからも聞いたことなかったし……。それにしても……、どうも他人とは思えない顔ね……。私にも妹がいたら、こんな感じなのかしら」
相変わらず鋭いやつだ。
たしかに、この「みのり」を始めとする素体Nシリーズは、奈美を元にしている。だって、こいつの見た目は正に俺の理想的女性像そのものなんだからしょうがない。これで、性格さえ可愛ければ、俺は確実に惚れていたことだろう。
とはいえ、顔については絶妙に配置を調整し、他人のそら似程度にしか感じない様にしている。なのに自分との繋がりをすぐに感じとるとは、勘の良さは変わらない様だ。
「あはは……。奈美さんのことは写真とかで教えてもらっていたので、すぐわかりました」
「そうなのね、灯さんから? あのバカからなら、ちょっとどんな風に伝わっているのか心配ね……。そうだ! 今、時間ある? よかったら少しお茶しない?」
「ええ、大丈夫ですよ。ちょうど家に帰るところだったので」
「それは、よかったわ。じゃあ、行きましょう」
俺は久しぶりの幼なじみの姿に、何故か少しの動悸を覚えながらも、隣に並んで歩き始めた。
ちょうど信号を渡った目の前にあるカフェに入ると、二人で注文をする。
「私は、ホットのカフェオレにするけど、みのりちゃんはどうする?」
「じゃあ、私はブラックで」
「ホットよね? ブラック好きとは、やっぱり兄妹で好みは似るものなのね」
俺が奈美の確認に頷くと、奈美が注文を進めてくれる。
しばらくカウンターの横で、飲み物を待っていると周囲の視線が集まってくるのが分かった。
「私たちって、やっぱり姉妹に見えてるのかしら? まさか親子とは思われてないわよね?」
「さすがに、親子はないと思いますよ」
俺が少し苦笑して答えると、飲み物ができあがったので、二人で上の階に移動すべく階段を上り始めると、奈美のお尻が目の前に来て、その形の良いヒップについ見入ってしまう。
だが、今度は奈美は気付かない様子だ。先ほどは飛び膝蹴りをかましてきたというのに。さっきと何が違うのだろうと考えているうちに、階段を上りきってしまった。
「あそこ空いてるわね。あそこにしましょう」
「は、はい!」
変なことを考えていたせいで、声がうわずってしまったが、奈美はまったく気付かず空いているテーブルに向かっていった。俺も慌ててついていく。
「それにしても、実は元気にしてるの? もう五年近く連絡とってないのよね」
「ええ、変わらず奥多摩の家に引きこもって、元気に研究してますよ」
「それなら良かったわ。あいつは奥多摩に引っ越してから、全然連絡とか返さなくなってね。返ってきても、こっちが忘れた頃だったりするから、自然と連絡とらなくなっちゃったのよね」
「は、はは、そうですね。家族ともそんな感じなので、姉がちょくちょく突撃してますね」
「灯さんらしいわね〜。あの人、なんだかんだ実に甘かったから」
「え、そうですかね? どちらかと言うと傍若無人にこき使ってる様な……」
「そんなことないわよ〜。灯さんって確かにすっごくマイペースな人だけど、それは実のやつも一緒、と言うかもっと酷いし、だからこそあいつが一人にならない様に、無理矢理でも外に連れて行こうとしてるだけよ」
「そ、そうなんですか? 姉からそんな話を?」
「特に聞いたわけじゃないんだけどね、私も同じだったから、気持ちが分かるというかね……」
奈美が少し悲しそうな顔を見せた気がする。
俺は、いつもコイツの怒ってる顔ばかり見てた気がするので、どうにもこんな顔を見せられると、何を話していいのかわからなくなる。
「ああ、別にそんなに深い意味はないのよ。幼なじみとしてね、色々と変なことばかりしてたけど、別に悪いやつじゃなかったから、フォローをね」
「は、はあ……」
「そんなことより、私のことは誰から教えられたの? まさか実じゃないわよね? あいつが一々、そんな事を周りに話すとも思えないし」
「あ、えーと。主には姉さんですね。あとは寅次郎さんとか」
「え? 寅次郎も知ってるの!?」
「は、はい。兄が寅次郎さんのお店を教えてくれて、それからはよくコーヒーをいただきに行ってます」
「へぇ〜、そうなのね。なんだか意外」
「えっ? 何がですか?」
「あのバカって、ホントに自分の興味あることしか目に見えてなかったから、妹とは言え、わざわざ友達のお店を紹介するとか……。少しは兄っぽいこともするのね」
「に、兄さんは、けっこう妹思いですよ」
「ウソ!? ……って、もしかして、……あのバカ、この子にまで変なことしてんじゃないでしょうね?」
急に険しい顔で、小声で何か言い始めた奈美を俺が不思議そうに眺めていると、急に立ち上がり、俺の両肩に手を置いてきた。
「みのりちゃん! 安心していいからね! 私があのバカをキッチリととっちめてやるわ! もう嫌な思いはしないでいいの! さあ、あのバカの家に行きましょう!!」
「……は?」
状況を把握できずにいる俺の腕を奈美が掴むと、強引に駅に向かって移動させらるのであった。
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