スカートと台風の日
俺は今、力場の観測をするための検証をしている。
さっきまで色々と話をしてくれていた、オッサンとミリアさんは三十分ほど前に帰っていった。
二人の話をざっくりまとめると、人類の始祖は神々によって作られた、その始祖達が各地へ散り、文明を築きあげ、神々のことを神話として湛え、それが元となり各宗教が生まれ、今に至るって話だ。
そして始祖達は、それぞれが神々から与えられた特殊な力を持っていたらしく、それが力場に繋がってくるらしい。
そして先祖返りというか、始祖の様な力を持った人間が今でも偶に生まれるらしく、各宗教団体はその取り合いをしていて、オッサンやミリアさんもそういった始祖返りといった感じの人達らしい。始祖返りした人たちは「天人」って呼ばれて、数千万人に一人ぐらいの割合で生まれているとのことだ。
まあ正直、俺はそういった話には余り興味が無かったので、フンフンと適当に頷きながら聞き流していた。しかし、聞き流せない話もあった。こないだの竜巻が、その天人の仕業という話がそうだ。
なぜ聞き流せないかと言えば、俺を探し出すためにやったのだろうって話だからだ。
オッサン曰く、実行したのは西方教会の第七使徒。そいつは神への信心は深いらしいが、自分は人類への試練を与えるために遣わされたって思い込んでるらしく、被害とかそういうの考えないタイプらしい。そして、また似たようなことを起こすだろうってのがオッサンの予想だ。
それにしても、なんで俺を探すために災害を起こすのかって聞いたら、人々ではどうにもできない様な試練に晒された時にこそ、御使い様は救いに現れるという教えが一部の宗派であるらしく、それに習っているんだろうとのことだ。
なんて、はた迷惑な。と言うのが嘘偽りない感想だ。
ちなみにオッサンとミリアさんは、西方教会とはバチバチやってる東方教会に属しているらしく、今回の件では同様に俺を探すためにやってきていたらしい。
まあ、どっちもキリスト教らしいが、俺は神学とか興味ないし、西方だ東方だと言われても詳しくは知らないから、実際にあった人の印象でしか判断できん。なので、一旦はオッサンの言うことを信じてみるか、といった状況だ。
と言うわけで、また人為的な災害が発生しそうな問題は残っているが、それ以外の派閥めいた話や、うさんくさい神話とかはどうでもいいので、実際に自分が感じている『力場』のことを調査したくなった訳だ。
オッサンとミリアさんが言うには、力場は天人じゃなくても生物であれば必ず持っていて、常に放出しているらしい。ただ普通はあまりにも微弱で、オッサン達も感じ取ることなどできないレベルらしいが。
天人は、その力場の出力が強く、さらに特性を持たせることができるらしい。
オッサンの話が本当であれば、いくら微弱であっても放出しているなら観測できてもおかしくないはずだ。俺の各センサー類には反応はないが、この心臓は空中に漂うようにしている力場らしき存在を実際に感じている。ということは何らかの形で観測できて然るべきだ。
そして話は冒頭に戻り、力場の観測をしようとしている訳だ。
「やはり、各センサーでは何も反応しないな。でも、そこにあるという事は間違いないんだよな〜。DALI、俺が入力しているデータと各センサー類の計測値で類似性のあるパターンがないか確認してくれないか。」
俺が今いるのは、千駄ヶ谷のマンションの研究用フロアだ。ここは奥多摩の家とは専用線で繋いでいるので、DALIとも連携できる。
『……観測データからは、類似パターンは発見できません。しかし、<デウスの心臓>から出力される重力フィールドの波形データと80%以上一致するデータがあります』
「! それはどのデータだ?」
『マスターの周囲1m程度の入力データです』
「ああ、なるほど、それは俺自身の力場の残滓ってやつだな……。でも、重力フィールドは観測できている訳だ……、そしてオッサンが言っていた『中身のない入れ物』って言葉。重力フィールドの境界線に存在するであろう、力を留めている存在を観測できれば……」
——あれから、一週間ほどかけて俺は力場の観測に成功していた。
結論から言えば、力場は重力子の一種であろうことがわかった。
そこで、そもそも心臓が感じているというが、その感覚は結果として脳で自覚し思考に反映されている訳だから、脳量子と干渉する素粒子を計測すればいけるんじゃないかと言う判断でシミュレートを続けたところ、上手くいったという訳だ。
この重力子っぽいモノを俺は『天の粒子』と名付けることにした。
今のところ観測にはDALIの助けがいるので、都内全域をカバーするにはDALIの演算能力の六割くらいを常に割くことになるが、これで人為的な災害とやらの発生を即座に検知できる。
「くくく……、人々に試練とか言って災害を起こすような輩は、俺が天にかわってお仕置きしてやるぜ!」
実験が上手くいったおかげか、俺はひとり変なテンションになっているのであった。
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日本列島から南に二千キロほど離れた太平洋上に、一人の男が立っていた。男は海面の上に立ち上空に向かい手を広げ、空をキャンパスに何かを描いている様に見える。
「さて、前は小さな街を対象にしただけでしたから、今度はもっと範囲を広げてみましょうかねぇ」
そう呟いた男は、延々と見えない何かを空に描き続ける。
三時間ほどたった頃、男はようやく両手を下ろした。
「いや〜、中々いいできですねぇ。これは大きく成長してくれそうだ。後は進路が逸れないように、偶に様子を見にくるとしますかねぇ」
男はフワリと浮かび上がると、日本に向けて飛び去っていった。
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今日はアーキエンジュの遠征ライブのため、横浜に向かっている。DALIが力場の観測を始めてから二週間ほど経つが、今のところ災害と言ったレベルのものは検知されていない。諦めてくれたのならいいが、違うなら早くしてほしいなと思いながら電車に揺られていると、隣に座っていた亜衣ちゃんが声を掛けてきた。
「みのりさん、今日のライブ会場って、有名なロボットの足下らしいですよ」
今日の亜衣ちゃんは、珍しくボーイッシュなスタイルだ。デニムパンツにパーカーを合わせた、ゆったり目のコーディネートで、その可愛らしさがより強調されている。
「亜衣、あれはダンダムよ。ロボットじゃないわ、モビルアーマーよ」
凛花ちゃんが亜衣ちゃんの言葉に突っ込みをいれる。その凛花ちゃんは、亜衣ちゃんとは逆にかなり女の子っぽい出で立ちだ。ボリュームのあるフレアスカートにニットのセーターを合わせている。女性らしいラインがでていて、つい視線が向かってしまう。
それにしても、意外なことに凛花ちゃんはダンダム好きの様だ。モビルアーマーのことをロボットといった亜衣ちゃんに対して、懇切丁寧にダンダムの説明を始めている。
まあ、俺も気持ちは分かるが亜衣ちゃんが涙目になってきてるので、もうしばらくしたら止めてあげよう。
その後も三人でたわいのない話をしていると、電車は横浜に到着した。ここからは中華街を覗いていきたいので歩くことになっている。
三人で駅の外に出ると、かなり強烈な風が吹いていた。
「きゃっ!」
凛花ちゃんのかわいらしい悲鳴が聞こえた瞬間、俺の視線は風の力で露わになった美脚に集中してしまう。やはり凛花ちゃんの脚のラインは素晴らしい、とか思ってる場合ではないな。
「大丈夫?」
俺はそのまま転びそうになっていた凛花ちゃんを支えると、この後のプラン変更を申し出た。
「かなり風が強いみたいだし、中華街に行くのは後にして電車で会場に向かわない?」
「そうですね、この強風の中を歩くのは大変そうですし、そうしましょうか」
二人とも俺の申し出に頷いてくれたので、駅に戻ることにした。構内に入ると先ほど乗ってきていた路線が強風の影響で運行を中止したことがアナウンスされている。
——ただいま、台風二十一号の影響による強風で、一部路線にて運行を見合わせております。運行の見合わせは——
「あれ!? 電車、止まっちゃってます!?」
「そういえば、季節外れの台風が接近しているって言ってましたけど、お昼前のニュースだと本州からは逸れる見込みだって言っていたのに……」
凛花ちゃんが台風のことを教えてくれる。天気予報とか見てなかったから、まったく知らなかった。
(DALI、接近中の台風についての情報をくれ。あと、ここ一ヶ月ほどの日本周辺の気象観測データも)
(『はい、マスター。台風および気象観測データを送信します。台風については予測された進路と大きく食い違う動きを見せており、私のシミュレーションとも94%剥離しています』)
DALIから送信されたデータを脳内で展開する。これはヤバいな、中心気圧760hPaとか記録上で最強じゃないか? しかもこの進路の不自然さは何者かの意思の介在を感じさせる……。
これは、おそらく第七使途とやらの仕業だな。
それにしても、こんな規模の台風作って操作できるとかヤバくないか? オッサンから聞いてた話だと、あの竜巻が相手の最大の術とか言ってたのに。
しかも、その竜巻ですら溜めが必要だって。それが台風かよ、桁が違いすぎるだろ。
まだ暴風圏に入ってもいないのに、この影響ってことは、このまま上陸したら大変なことになりそうだ……。こりゃ、上陸前に潰さないとマズいな。
今夜のライブが終わったら、どうにかなるかはわからんけど、やってみるかね。どうにも俺を狙ってのことらしいし……。
俺は、なんとも憂鬱な気持ちになりながらも、ライブ会場に移動するため二人を連れて地下鉄のホームに向かうのだった。




