御使い様と心の力
俺は、目の前のオッサンが上に向けて出した人差し指を見ている。
何か、陽炎のようなモノが見える気がする。
しかし、熱センサーや赤外線といった各センサーでは何も見えない。温度が変化してるわけでもなければ、酸素濃度が変わっているわけでもない。何も周囲との差はない。
でも、見えている気がする。視覚情報を解析する限りでは何もないのに、感覚として見えているのだ。
だから、そう答えた。
「ええ、なにか見える」
「やはりな。どんなものが見える?」
「なにか、……陽炎? みたいに揺らめく塊かな? あなたの全身からもうっすら出ている様に見える……」
「正解だ。どうやら、俺の力場に反応して、視線と勘違いした様だな」
「フィールド?」
「ああ、簡単に言うと、人が持っている生命力が発する波といったものだ」
「全然、よくわからないんですけど……」
「まあ、そうだろうな。こればかりは自分自身から発している力場を把握せんことには、よくわからんだろう。感覚的なものだからな」
「それって、どうすれば把握できるんですかね? 実際にあなたのフィールドっていうのは感じられてるみたいですけど?」
「おそらく、無意識に何かしらの形で、力場を発動させたことがあるんだろう」
「発動ってなんですか?」
俺が前のめりになって、目の前の詰め寄るとオッサンはその分をイスごと後ずさった。
「ちょっと近いぞ、適切な距離をとれ。あんな視線にはこれ以上晒されたくない」
オッサンは、先ほどのカフェに来るまでのことを言っているのだろう。
まあ、頻繁に指さされたりしてたからな。
しかし、俺の知らない事を色々と知っていそうな、新たな常識を知れそうな機会は逃せん。というか何者なんだろう? あのよくわからん陽炎みたいなのを俺が感じられなければ、重度な厨二病患者としか思えんぞ。
「……とりあえずだな、以前に何か身の回りで変なことは起こったことはないか? そう、物理法則的にありえないだろうといった事がだ」
このオッサンの言っていることは、重力フィールドの事か? まあ物理法則的にありえないってことはないんだが、発生させる過程は正直ブラックボックスだし、ありえないと言えばありえないな。それに謎物質でできた心臓自体が、厨二病の世界観とも通じるモノがあるし。
だが、心臓のことや、この身体のことは流石に話したくはないしな。重力フィールドのことだけ話してみるか。
「……そうですね。もしかしてこういった力ですか?」
俺は、極低出力の重力フィールドを指先に展開し、コーヒーカップを浮かせてみる。
「…………。ま、まさに。……貴女だったか! 先ほどまでの無礼をお許しいただきたい。御使い様」
重力フィールドを見た途端、オッサンは急に立ち上がるとテーブルの横で、映画とかで見る西洋の騎士がやるように跪いた。
「へ……? な、なんですか突然?」
「貴女は、御使い様だ。その力場から感じる波動と匂い。まさに私に奇跡を授けてくださった方に間違いない」
「ちょっと、全く何を言っているのか理解できないんですが……」
「あの旅客機を止めれれたのも、貴女ですね」
(このオッサンなんで判るんだ!?)
オッサンがいきなり例のテロ事件で話題の天使が俺であると言い当てて、俺は思わず動揺してしまう。かなり見た目が違うのに、どうして断言口調で言えるのかと。
それに、御使い様とか言われてるし、なんか俺の知らないところで俺のことが一人歩きしてる気がする。より詳しく聞くしかないな、と思った俺は、オッサンに移動を提案する。
「……どうやら、ここでは話す様な内容ではなさそうですね。場所を変えませんか?」
「はっ。何処へなりとも、ご一緒させていただきます」
なんか、ふてぶてしい感じが鳴りを潜めてしまって、すごい違和感を感じるが、これはこれでチャンスだ、と俺は自分の家に連れて行くことにした。
「では、行きましょうか。……そういえば、自己紹介してなかったですね。私は不動みのりです。そちらは?」
「はっ、失礼しました。わたしのことはニムスとお呼びください」
「ニムスさんですね。では、改めてよろしくお願いします」
そう言って、俺たちは喫茶タイガーを後にするのだった。
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移動は、オッサンが車で来ていたので、乗せてもらうことにした。つか、この見た目でなんでフィアットなんだよ。怪盗好きか? と内心で突っ込んでしまった。もっとゴツい、それこそハマーとかに乗ってくれてる方がイメージ通りなんだが……。
「ここで宜しいですか?」
「はい、そこの右裏に駐車場の入口があるので、進んでください。」
とても窮屈そうな運転席からオッサンが聞いてきたので、マンションの地下駐車場へ誘導する。
「空いてるところなら、どこに停めてもいいですよ。」
車を駐車すると、エレベーターから最上階の自分の部屋に向かった。
「——こちらをどうぞ、私は着替えてきますので、しばらくお待ちください。」
部屋に入ると、俺はオッサンをリビングへ案内し、お茶を用意する。そして別の服に着替えるために衣装部屋に移動した。
オッサンは借りてきた猫みたいになってしまったので、正直絡みにくい感じだ。タイガーに連れて行った時は絡みやすかったんだけどな。
まあ、俺が知らない世界の裏事情みたいなのがありそうだから、その話を聞きたいだけだから、どうでもいいんだけど。あとは力場とやらについても聞き出さねば。
八畳ほどある衣装部屋には、大量の衣服が整然と吊されている。
これは全て姉が用意、いや選んだものだ。俺がこの身体用に通販でチマチマ購入していた服は全て捨てられた……。
そして、一週間くらい色々な店に連れ回され、散々着せ替え人形をさせられたあげく、山のように服を購入するハメになった。
これと同じくらいの量が奥多摩の家にもある。向こう十年以上は服屋には行きたくないと思った程だ。
「さて、服の一枚や二枚くらい破れても構わないが、破けるかもしれない可能性があるなら、破けないのにしとくかな」
俺は数ある衣服の中から、背中が大きく開いたナイトドレス調の服を選んで着替える。
「うーん、我ながら似合うな」
ざっと鏡でチェックし、オッサンの待つリビングへと移動する。そして、リビングのドアを開けるとオッサンの横には、栗毛色をした可愛らしい女性が座っていた。
「……誰ですかね?」
オッサンの彼女か? いやいや流石に美女と野獣すぎるだろ。……じゃなくて! どうやって入ってきた? このマンションの警備システムは俺が丹精込めて作った特別製なのに、俺に知られずに入ってきてる? しかもこの女、視覚情報以外には引っかかってないぞ!?
俺が内心で焦っていると女性は立ち上がり、その場で片膝をついて、先ほどのオッサンの様に騎士の礼みたいに跪いた。
「お部屋に勝手に失礼してしまい、誠に申し訳ございません、御使い様。わたしはミリアと申します。どうしても、この人だけで御使い様と会話させることが心配でお傍に参らせていただきました」
「は、はぁ……」
「おいミリア、俺はそんなに信用ならんのか? この俺が御使い様に失礼を働く訳がなかろう」
「……御使い様のお部屋に、あなたみたいな男性が入っている段階で、十二分に失礼千万です!」
「いや、しかしだな——」
「しかしもかかしもありません! 御使い様である前に、こんな年端もいかない少女の家に上がり込んで、しかもあんな服まで着せて! ニムスさんがそんな不埒な人とは思っていませんでした!」
……目の前でオッサンががっつり説教を喰らい始めたんだが、一応止めておくか。
「あ、あの〜。ちょっといいですか? ここには私がお話しを聞きたくてお連れしたので、ニムスさんは悪くありませんよ。それに私、18才なので、少女と言われるのはちょっと……」
「あら!? し、失礼いたしました。ちょっと、かっとなってしまいまして……」
ミリアさんだったかな? が、顔を真っ赤にして座り込んでしまった。正直ここにどうやって入ってきたのか聞いて見たいが、それは後にしておいて一番聞きたいことからにしよう。
「いえ、気になさらないでください。ニムスさんは大丈夫ですか?」
「はっ。私の方は何も問題はございません」
「では、先ほどお話しの続きをお願いしたいです。まずは力場について教えてください」
俺は、最初に一番知りたいことを聞く。
「そうですね。まずは先ほどのお力をもう一度お見せいただくことはできますか?」
「ええ、いいですよ」
せっかくなので、先ほどよりも出力をあげて全身を浮かせてみるかと、重力フィールドを発生させると、俺の身体を覆うように重力フィールドが金色の輝きを放つ。
「ほ、本当に……、こんな事が……」
ミリアさんが口を手で隠し、目を見開きながら驚いている。オッサンも先ほどよりも強い光に少し驚いている様だ。
「ありがとうございます。その周囲の光が力場です。本来は視覚的に見える様なものではないのですが、御使い様の場合は力の密度が高すぎるが故に見えてしまっているのではないかと」
「密度ですか?」
「ええ、我々が知る限り、力場は中身のない入れ物みたいなものです。我々は、その中身のない入れ物の中にそれぞれが授かった特性とも言うべき力を注ぎ込みます。それが何らかの形で、奇蹟として行使されるのです」
「奇跡? この浮いている状態とかのことですか?」
「ええ、そうです。御使い様の場合は、その入れ物と力が完全に同一になっている様な、入れ物自体が力を持っているのではないかの様に、私には感じられます」
「うーん、よくわからないですね……。結局、力場を把握するにはどうすればいいんですかね?」
「そうですね。今、御使い様が使っている力を頭ではなく、心で感じ取ろうとしてみてください」
「心……、中々抽象的ですね……」
「たしかに判りにくいかもしれないですね。本来はこの心とは何なのか、といった所から教えるのが慣わしなのですが、御使い様には私の感覚でお伝えしてみましょう」
「お願いします。あと、御使い様はちょっとやめていただけると……。みのりという名前がありますので、名前で呼んでください」
「はっ。では、みのり様。私なりの感覚をお伝えさせていただきます。私は心は、心臓に宿っていると思っています。ですので、力場は自分の心臓から発生し、心臓に宿る心が支配していると認識しています。心臓を中心に自分の身体を力場で作り直していく様な、形作っていく様な、そんな感覚で力場を使っています。特に私が授かっている力は、身体を作り替えるといった感覚がとてもマッチしますので」
「心臓……」
オッサンの言うことは、俺自身が確信を付いていると断言できる様な、そう、その通りだ! という様な気持ちにさせた。まるで歩き方を忘れていた様な、なぜ今まで忘れていたのか、まさにそんな感覚だ。
それを思い出したと思った瞬間、俺の世界の見え方が変わった。目の前の二人から力を感じる。どんな力を持っているのかも、なんとなく分かる。二人の心臓の辺りから漏れ出る力と意思を感じる。
そして、俺のこの『デウスの心臓』からは二人と比較にならないほどの圧倒的な力を感じる。でも意思を感じない。でも何か近いモノは感じるが、すごくか細いものだ。今にも消えてしまいそうな……。
「おお、何という温かな力……、まさに御使い様だ」
「わたしたちは今、新たな人の歴史の始まりに立ち会っているのですね……」
俺が自分の心臓に意識を向けていると、目の前の二人が泣きながら跪いていた。うーむ、なんか感極まってる感じで、続きを聞ける感じでもないなと思い、一度空気を変えるべく話を切り出した。
「ありがとうございます。おかげでなんとなく力場というものについて理解できました。それにしても、お茶も冷めてしまったみたいですし、淹れ直しますね。ミリアさんにもお持ちしますので、しばらくお待ちください」
俺はそう言ってキッチンに向かい、この後の話の進め方をどうするか整理するのだった。




