人待ち沼
村には、一年中枯れない水たまりがあった。
村の者たちは湧き水かと思い、水たまりを掘り起こしたが、どんなに掘っても泥水しか出て来ない。村人たちは諦め、大きく深くなった水たまりを放置した。
その村に、余所から母子が流れ着いて来た。行くところがないと言う母子を哀れに思い、地主は水たまりを掘り起こしていた際に建てた物置小屋を与えてやった。母親は村の田んぼや畑の仕事を手伝い、米や野菜を分けて貰いながら子どもと二人細々と暮らしていた。
子どもは母親が仕事に行っている間、いつも一人であった。貧しい余所者と遊んでくれる子などいなかったのだ。子どもは小屋の近くにある水たまりで泥団子を作り、一人ままごとをしている事が多かった。
ある日、いつも通り子どもが水たまりで泥団子を作って遊んでいると、同じ年くらいの地主の息子がやって来た。
「おまえ、泥団子食ってんだってな」
そう言うと、地主の息子は子どもが作っていた泥団子を子どもの口に押し込んだ。
「ほら!美味いんだろう?」
無理やり喉の奥に押し込まれた子どもはもがき、泥団子を喉に詰まらせた。子どもは死に物狂いで地主の息子の腕を振りほどき、水たまりに頭を突っ込んで水を飲もうとしたが、そのまま動かなくなった……。
地主の息子は怖くなり、子どもを置いて逃げ帰って行った。
程なくして母親が帰ってくると、水たまりに頭を突っ込んで動かない子どもを見付けた。母親は子どもを抱えて狂い泣いた。その晩から大雨が降り始めたが、それでも母親は泣き続け、とうとう子どもの亡骸と共に深い水たまりに身を沈めてしまった──。
大雨はひと月も続き、川は氾濫して水たまりを飲み込み、ようやく雨がやんだ頃には水たまりは大きな沼となっていた。いなくなった余所者の母子の事など村の者たちは気にも留めず、それから数ヶ月が過ぎた。
地主の息子もあの子どもの事など忘れて、沼に釣りをしに来た。
おいで……
釣りをしていると、地主の息子は誰かに呼ばれ振り向いた。友だちが来たのかと思ったが誰もいない。気のせいかと沼に向き直ると、あの子どもが沼の真ん中に立っていた。
おいで
子どもが泥だらけの口でもう一度言うと、地主の息子は沼に滑り落ちた。地主の息子は這い上がろうとしたが、泥に足を取られて出られない。それどころか、どんどん、どんどん身体が泥に飲まれていく。
待っていたんだよ……おいで……
いつの間にか子どもは地主の息子に覆い被さり、一緒に沼の底へと消えて行った──。
◇
それ以来、恨みを持った者がその沼に身を捧げると、恨みの相手が誘われるように沼を訪れ、沼に沈むと言われるようになった。
そしてその沼は、
『人待ち沼』──と、呼ばれるようになったそうな。




