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【WEB版】ナナイロ雷術師の英雄譚―すべてを失った俺、雷魔術を極めて最強へと至るー【コミカライズ】  作者: 日之影ソラ
第三部

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95.お断りだ

「リン君、気を付けてね」

「ああ、行ってくるよ。それからエルを頼む」

「うん! 任せて」


 屋敷の玄関で、俺はシトネに背を向ける。

 扉を開けて待っていたのは、二人の聖域者。


「遅いぞ、弟子」


 魔剣の鍛冶師エルマ・ヘルメイス。


「準備は良いかい?」


 現代最高最強の魔術師アルフォース・ギフトレン。

 そして俺は、彼の弟子だ。


「はい」


 向かうは第一級危険区域リチル大渓谷。

 強力なモンスターが跋扈する魔境であり、もう一人の聖域者アリスト・ロバーンデック。

 誘い込まれている以上、罠が仕掛けられている可能性が高い。

 それでも、この三人で向かえば、何にだって勝てる気がするよ。


「いきましょう」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 大渓谷への移動は、師匠の転移魔術を使った。

 渓谷付近は以前に訪れたことがあるらしく、手前までは一瞬で移動できた。

 そこからは徒歩だ。

 大渓谷は広く、長く続いている。

 一度最下部まで降りたら、あとはまっすぐ進むだけ。


「おかしいわね」

「ああ、不自然だね」


 二人が話している通りだ。


「モンスターが一匹もいない」


 ここは危険区域に指定されているほどの場所だ。

 その理由の一番は、強力なモンスターが複数生息しているから。

 だというのに、渓谷最下部まで来ても、一匹もモンスターが現れない。


「あたしらを恐れてるってタマでもないわね」

「うん。そもそも一匹もいないなんて状況がありえない。となれば……」

「すでに相手の術中ってことですね」

「その通りさ。どうする? 今なら引き返せるけど」

「ふざけてるんですか?」

「はっはっはっ、悪かったよ冗談さ。もちろん引き返すつもりはない。虎穴にいらずんばなんとやらさ」

「何だその変な言葉」

「僕も忘れたけど、むかーしの偉い人が残した言葉らしいよ」

「へぇ~」


 術中だと言いながら、この緊張感のなさはどうだろう?

 この人たちなら平気だと思うけど、さすがに警戒はしたほうが――


 と、俺が感じた瞬間だった。

 わずか一瞬、俺だけが動けなくなる。

 

「っ――」


 足元に注意が行く。

 黒い影がより濃くなり、俺の足首に絡んでいた。

 動けなくなった理由を悟った直後、影は膨れ上がり俺を覆い隠す。

 

 なるほど。

 そう来たか。


「リンテンス!?」

「大丈夫です。行ってきます」


 視界が黒く染まり、師匠たちの気配が消える。


「おいおい! 連れられちまったじゃんかよ!」

「リンテンス……」

「何笑ってんだ?」

「いや、成長したなと思ってね」


 敵の狙いに気付いて、わざと抵抗しなかったな。


「彼なら大丈夫だよ。僕たちはまず――」


 四方の影から、彼らを取り囲むように無数のモンスターが出現する。


「こいつら倒さないとね」

「ちっ、面倒な」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 黒い影に覆われている。

 取り囲むだけで、攻撃してくる感じはない。

 念のために蒼雷を発動させたが、必要なかったようだ。

 そのまま影は消え、視界が開ける。


「ここは……」


 影がなくなっても、周囲は暗かった。

 見上げれば星が見える。

 まだ昼間だというのに夜空が広がっていて違和感しかない。


「どこだ? ここ……」

「大陸の西の果て」

「――!?」


 声は後ろから聞こえて、俺は瞬時に振り向く。

 そこには一人の男が立っていた。

 腰に剣を携え、闇より黒く感じられる雰囲気は、静かな恐怖に等しい。

 彼は続けて言う。


「世界で唯一、太陽の光が届かない場所がある。そこは一日を通して夜で、こうして星空が見えるんだ」

「あんたが……アリスト・ロバーンデックか?」

「ああ。初めまして、君はリンテンス・エメロードだな」


 真っ黒。

 最初に抱いたイメージがそれだった。

 外見的特徴だけじゃない。

 感じ取れる魔力が、黒く染まっているようだ。


「ここへ来たということは、メッセージは受け取ってくれたということか。良かった。彼女はちゃんとたどり着けたのか」

「エルのことか」

「エル? ああ、あの情報屋の名前か。そうだ。でなければ生かす理由もない。もっとも瀕死だったが」

「お陰様で生きてるよ」

「……そうか、良かった」


 何だこいつ……感情が図れない。

 いや違う。

 どうしてこいつは……


「リンテンス、話の続きをしようか」

「続きだと?」

「ああ、この世界が正しいのかどうかの話だ。俺は間違っていると思う。だから変える」

「そのために悪魔と手を組んでいるのか?」

「ほう、やはり気付いていたか。だが間違いだ。俺は手を組んでいるわけではなく、利用しているだけだ。あれはただの手段でしかない。俺たち魔術師に守られるだけの人間を淘汰するための」


 淘汰する……だと。


「あんたは何を考えてる? 何がしたい」

「わからないか? 俺は魔術師だけの世界を作りたいんだ。真に強く、清い者たちだけの世界を!」

「そのために魔術師以外を殺すって? ふざけるなよ!」

「なぜ怒る? 君だって被害者のはずだ。何もしていない癖に偉そうに利益だけを欲し、魔術師を利用するクズ共の」


 心当たりは……正直ある。

 たぶん、あの人たちのことを言っている。

 そうか。

 こいつも俺の過去を知っているんだな。


「君も変えたいとは思わないか? この世界を正しくしたいとは思わないか」

「なら、そのための犠牲は?」

「厭わないさ。無論、俺自身の命もだ」

「そうか。だったら尚更、お断りだ!」


 俺はハッキリと答えた。

 彼は少しだけ驚いたように目を見開く。


「あんたの理想はわからくもない。でもな? 俺はその先にある未来が、正しいなんて思えない」

「……」

「それに……あんたはエルを傷つけた。その時点で、答えは決まってたんだよ」

「……そうか、それは残念だ」

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