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94.許せない

 屋敷の一室で、一人の女の子が眠っている。

 苦しそうに顔をしかめながら、悪い夢で見ているみたいにうなされている。


「エル……」

「エルちゃん……」

「ギリギリだったね」


 嫌な予感はあった。

 そして、その予感はすぐに的中してしまった。

 急いで屋敷に戻った俺たちが目の当たりにしたのは、血だらけで倒れるエルの姿だったんだ。


「あと数分遅ければ、彼女は助からなかった。エルマが治癒魔術を使えて助かったよ」

「はい……本当に」


 エルは腹部を貫かれていた。

 幸いなことに内蔵は避けていたけど、出血が酷く命に関わるレベルの傷だ。

 さらに手足には打撲と裂傷が多数。

 いくかは屋敷に戻ってくる道中でつけた傷だろうけど、見た目通り全身ボロボロだ。

 エルマさんのお陰で命は繋いだけど、今も高熱を出して寝込んでいる。

 彼女はまだ、目を覚ましてくれない。


「リン君……大丈夫だよね? エルちゃん、目を覚ますよね?」

「ああ、大丈夫」


 エルマさんの治療は完璧だ。

 それでも不安は拭えない。

 思えば二人は出会って間もないというのに、シトネの優しさが垣間見える。

 もちろん落ち着いてられるような状況ではない。

 だけど、そうでも思わないと……


 怒りで我を忘れてしまいそうだ。


「ぅう……っ」

「エル?」

「エルちゃん?」

「……お兄……さん?」


 不意にエルが目を覚ました。

 俺もシトネも、涙が出そうなくらい嬉しくなる。

 そんな俺たちにエルは、痛みに耐えながら言葉を振り絞る。


「お兄さんに……伝言があるっす」

「伝言?」


 頭に過ったのは一人の名前だ。

 内容を知りたい。

 知りたいけど、今は彼女の身体のほうが心配だ。


「それは後で聞く。今は無理にしゃべらないほうが――」


 エルの手が布団から出て、俺の左手を掴む。

 弱々しくも確実に、彼女は俺の手を握りしめていた。


「今……聞いて……ほしいっす」

「エル……」

「リンテンス」


 師匠の声に振り向く。


「聞いてあげなさい」

「……はい」


 本当なら安静にしているべきだ。

 でもここは、彼女の意思を尊重しようと師匠は言っている。

 傷を負ってまで持ち帰ってきた情報を、俺は心して聞く。


「聞かせてくれ」

「はい……アリスト……ロバーンデックからの伝言っす」


 やはりか、と俺たちは感じた。

 エルは続けて語る。


「俺のことを、探っているのはー―」


 俺のことを探っているのはアルフォース・ギフトレン、あんただろう?

 理由も大方見当がつく。

 悪魔との戦いに備えて、俺とも共同戦線を張りたい……といったところだろう。

 もうわかっていると思うが、その答えはノーだ。

 理由を語るつもりはない。

 あんたとは昔から意見が合わなかった。

 だからあんたに伝えるつもりはない……あんたにはな。

 弟子がいるだろう?

 俺はそいつに興味がある。


「俺を?」

「そうっす……その後あいつは……」


 王都を北に進んだ場所に巨大な渓谷がある。

 そこの最深部で待つ。

 色々知りたいなら来ると良い。

 もちろん、弟子も連れて。


「リチル大渓谷か。なるほど、そこに潜んでいたわけだね」


 リチル大渓谷は、王都の北にある巨大な渓谷の名前だ。

 まるで天から振り下ろされた刃に切り裂かれたように、大地がかっぽりと空いている。

 そこには多数のモンスターが生息しており、一級危険区域に指定されている。

 基本的には誰も近づかないから、隠れ場所としては最適だ。

 もちろん、モンスターをもろともしない強さが必須になる時点で、誰でも選べる選択ではないけど。


「その後……あいつは去っていったっす」

「そうか」


 エルは伝言役として生かされた。

 瀕死の重傷を負いながら、何とかここへ戻ってきたエル。

 こういうのを不幸中の幸いというのだろう。

 

「ありがとう、エル」

「申し訳ない……っす。余計な心配……かけちゃって」

「余計なわけあるか。生きててくれて本当に嬉しいよ」

「私もだよ。エルちゃん」

「えっへへ……そう言ってもらえて……エルも嬉し……」

「エルちゃん!?」


 エルは再び意識を失った。

 心配そうに見つめるシトネに俺は言う。


「大丈夫、気を失っただけだよ」

「そ、そっか……良かった」


 ホッとするシトネを見て、俺も同じようにホッとする。

 でもすぐに気を引き締めて、師匠と目を合わせる。


「師匠」

「ああ、男の誘いというのは気に入らないが、ここは乗るべきだね」

「はい。すぐに出発の準備をしましょう」

「良いのかい?」


 呼び止めたのはエルマさんだった。

 今回は彼女も一緒に屋敷へ戻ってきている。

 俺たちに工房がバレた時点で、別の場所に移るつもりだったようだが、一先ず屋敷へ同行していた。

 ちなみにまだシトネの魔剣は完成していない。


「誘われてるってことは、確実に罠が盛りだくさんだよ?」

「間違いなくそうだろうね」

「それでも行きますよ」


 ここまでされて黙っているわけにはいかない。

 そう感じているのは俺だけではなく、シトネもだった。


「私も行くよ」

「気持ちは嬉しいけど、今回はダメだ」

「うん、さすがに危ない。それに彼女を看病する役目を必要だろう?」

「で、でも……」


 そんなシトネを見て、エルマさんが口を開く。


「しゃーないね。あたしも同行してやるよ」

「え?」

「珍しいね」

「別に? 単なる気まぐれだよ。工房もなしじゃ仕事も進められないしね。後はそう――」


 エルマさんは徐にエルへ近づく。

 エルの瞳には涙がついていて、エルマさんはそれを優しく拭う。


「こんなに可愛い子に怪我させたんだ。そんな奴、許しておけないだろ?」

「――はい!」

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