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92.囁き

「ただいま戻りました」

「おや? 二人とも無事に戻ってきたね」


 返ってきた俺とシトネを、師匠が笑顔で出迎えてくれた。


「エルマさんは?」

「もう奥で作業を始めているよ。採ってきた素材は直接渡してあげなさい」

「わかりました。シトネ」

「うん!」


 俺はシトネにヤタハガネを手渡し、エルマさんの所へ向かわせる。

 後を続こうとした俺に、師匠は小さな声で囁く。


「また随分とイチャイチャしてたじゃないか」

「ぅ……やっぱり見てたんですね」


 師匠は遠くを見通せる眼を持っているから、どうせ見られているのだろうと思っていたけど……

 どうやら予想通りだったらしい。

 腹が立つにやけ方をしている。


「一応言っておきますけど、手は出してませんよ」

「それはどっちの意味かな?」

「戦いのほうです!」


 まったくこの人は……

 師匠は笑いながら続けて言う。


「はっはっはっ! そう大きな声を出すものではないよ。せっかくヒソヒソ話をしたのに意味がないじゃないか」

「師匠の所為でしょ。それにシトネならもう行きましたよ」

「そうか。シトネちゃん……頑張ったようだね」

「はい。頑張ってましたね」


 戦っていたシトネの姿を思い浮かべる。


「師匠」

「何だい?」

「シトネは強くなりますよ」

「うん。というかそれ、僕が最初に言ったんだからね?」

「わ、わかってますよ」


 俺と師匠が話している頃、シトネはエルマさんに声をかけていた。


「エルマ様」

「ん? その声はシトネちゃん!」


 作業に集中していたエルマさんも、シトネの声を聞いた途端に手を止めて振り返る。


「戻ってきんだね」

「はい! あの、これをどうぞ」


 シトネがヤタハガネを差し出す。

 すると、エルマさんはニコッと優しく微笑み、彼女から受け取る。


「アルフォースは正しかったようだね」

「エルマ様?」

「何でもないよ。ありがとうねシトネちゃん、これで魔剣がうてる」

「よろしくお願いします! あ、あとこれを見て頂きたくて」

「ん?」


 シトネは腰に携えた刀を抜き、エルマさんに見せた。

 ロックエレメンタルに折られ、半分くらいの長さになってしまった刀だ。

 一緒に折れた刃も見せる。


「モンスターとの戦いで折れてしまって……治すことはできませんか? 今まで一緒に戦ってきた大切な刀なので」

「なるほどね。じゃあそれも魔剣作りに使ってもいいかい?」

「え?」

「ダメなら打ち直すだけにするけど?」

「い、いえぜひお願いします!」

「そうこなくっちゃな」


 シトネとエルマさんが嬉しそうに笑っている。

 そこへ遅れて俺と師匠が近づく。


「話は済んだようだね」

「はい!」

「師匠、そろそろ俺たちも」

「そうだね。引き続き君たちには、アリスト探してもらおうか」

「ん? 何だお前らアリストの奴を探してんのか?」


 作業に戻ろうとしていたエルマさんが、その名前を聞いて振り返る。


「はい。そうですけど」

「あいつならこの間会ったぞ」


 思わぬところで衝撃の発言が飛び出す。

 俺と師匠は同じような表情になって、互いの顔を見合いエルマさんに尋ねる。


「本当かい? エルマ」

「ああ。二、三週間くらい前だったかな? ここじゃない所に工房を構えてた時に、アポもなしに尋ねてきたんだよ」

「師匠」

「ああ、思わぬ収穫だね」


 一向に足取りがつかめなかったもう一人の聖域者。

 エルの情報待ちしかないと思っていたけど、エルマさんの情報があれば探せるかもしれない。

 

「しかし珍しいね。彼が君を訪ねてくるなんて」

「そうなんだよね~ あと何か変なこと聞いてきてさ」

「変なこと?」

「ああ。この世界は正しいと思うか?って」


 俺と師匠はその言葉に思い当たる存在がいた。

 途端に表情は険しくなり、師匠がエルマさんに改めて尋ねる。


「すまないエルマ、彼が何と言っていたのかもっと詳しく教えてくれるかな?」

「ん? 別に構わないよ。えーっと確か~」


 この世界は正しいと思うかい?

 俺は全く思わない。

 この世界は不平等の産物だ。

 何の価値もないゴミのような奴らが、力があるなら戦えと、魔術師に頼りきっている。

 陰でどれだけ苦しみ命を落としているとも知らずに、安全な場所で欠伸をしている。

 だが、これは当たり前のことで、俺一人が騒いだところで変えられない現実だ。

 それをもし、変えられる力があるとすれば?

 そんな世界を変えたいとは思わないか?


「あたしはそんな話興味なかったかな。作業の邪魔だからどっか行けって言ったんだよ。そしたらあいつ、残念だとか呟いて急に襲い掛かってきてよぉ~」

「なっ……」

「ほう。無事だということは、その場は何とかなったんだね?」

「まぁな。暴れやがるからあたしもムカついて、つい本気になっちまったよ」


 その後、エルマさんは工房の場所をここへ移したそうだ。

 それ以来は特に危険もなく、今日まで過ごしていた。

 この話を聞いた俺は、最悪の予感が脳裏によぎる。

 おそらく、師匠も同じことを考えていたに違いない。


「これは急いだほうが良さそうだね」

「はい」


 戦いの歯車がまた一つ、動き出した音が聞こえる。

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