65.もう十分だよ
「よろしいのですか? 一人で」
「何が言いたい?」
「いえ、他の方々と一緒にかかってくれば、多少はまともな戦いになるのでは? と思っているだけです」
「心配しなくても俺一人で大丈夫だよ」
「ほう、なめられたものですね」
悪魔が俺を睨みつけている。
さっきの言葉が癇に障ったのだろう。
「私はエクトール。リンテンス・エメロード、貴方は雷魔術が得意と伺っていますが?」
「ああ」
得意というより、それしか使えないだけだが。
どうやらこちらの情報はある程度漏れていると考えた方が良さそうだ。
となると、色源雷術についても、多少は知られているのか。
「実は私も雷魔術は得意でして」
そう言いながら、パチンと指を慣らす。
展開された術式から赤黒い稲妻が走り、虎のような形を作る。
「どうです? 一つ力比べに興じてみませんか? そうすれば貴方も、力の差を理解して一人で挑むなど愚策だと気づくでしょう」
相当な魔力量だ。
あの魔術一つでも、悪魔の力が常軌を逸していると伝わる。
だからあいつも、勝ち誇ったように余裕なんだ。
エクトールは小さく笑う。
「そうは言っても、この一撃で死んでしまうかもしれませんがね!」
放たれる雷撃の虎。
迫りくる攻撃を前に、俺は右手を無造作にあげる。
確かに強力な一撃だろう。
今までの俺なら、もっと焦ったりしたかもしれない。
だけど――
「――赤」
赤い稲妻が雷撃の虎を穿ち、エクトールの耳元を掠めていく。
今の俺には、そんな雷撃も可愛く見えるよ。
「馬鹿な……」
「力の差を理解して、だったか? どうやら知るべきは、そっちだったらしい」
「……人間風情が」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おいおい、マジかよあいつ……」
「うん、ちゃんと強くなったようだね? リンテンス」
アルフォースとグレゴアは一時的に攻撃の手を休めていた。
突如として現れたリンテンスを警戒してか、一定の距離まで離れて様子を窺っている。
「あんな奴がいたのかよ。お前以外に」
「ああ、何だい? リンテンスのことは情報になかったのかな?」
「馬鹿にすんじゃねーよ。フルレティ様の情報に取りこぼしなんてあるか。オレの記憶力の問題だな。どうでも良さそうなのは一々覚えてねーんだよ」
「そうかそうか。ならば認識を改めるべきだね」
「かっ! そうみてーだな。まぁお前を倒した後、あっちも味見してやるよ!」
グレゴアが迫る。
アルフォースはリンテンスたちの方向を見たまま油断している。
その隙をついて、一気に片を付ける。
つもりだった。
少なくともグレゴアは、これで終わりだと確信していただろう。
「悪いけど、君はもう良いよ」
「はっ?」
アルフォースの眼前で、グレゴリの突進が止まる。
彼の身体を太く黒い触手が貫き、繋ぎとめていたのだ。
「ぐっ……何だこりゃ?」
触手はアルフォースの杖の下部分から伸びでいて、鞭のようにしなりグレゴアを吹き飛ばす。
「僕はリンテンスの戦いを見物したいんだよ。君との戦いは終わりだ。もう飽きたしね」
「飽きた……だと?」
「うん。何か出してくれるかなーって期待したんだけどね。これ以上戦っても、君から得られるものは何もなさそうだ」
「何を言って――」
「おや? まだわからないのかな?」
ここでようやくグレゴリは気付く。
あれだけの攻防を後にして、アルフォースは汗一つかいていない。
劣勢も劣勢で、次の攻撃を受けるので精一杯だったはずだ。
呼吸も乱れていないし、表情も余裕そのもの。
何より彼は聖域者。
神より権能を与えられた者であるにもかかわらず、その力を一度も使っていない。
「てめぇ……手を抜いてやがったのか!」
「うん! 正解」
ニコッと笑みを浮かべて答えるアルフォース。
それに苛立ったグレゴアは響くほどの舌打ちをして立ち上がる。
迫る触手を大剣で斬りつけ、掻い潜ってアルフォースに近づこうとする。
「これじゃ凌がれるか~ だったらこの子ならどうだい?」
触手が形をかえる。
八本の触手が竜の頭に変化して、独立した一つの生命体となる。
巨大な翼をもち、胴体は一つ、首は八つで尻尾は三つ。
色合いも独特で、青白い尻尾と、他は全て濃い紫色をしていた。
「な、なんだそりゃ……そんなモンスター見たことねーぞ」
「うん。だってこの子は、僕の空想から生まれた幻獣だからね」
「空想……だと?」
「うん。僕の持つ【幻神アーレス】の権能は、空想を具現化してそこに命を与えることが出来るのさ。だからこうして、僕の空想は現実にとび出す」
アルフォースの権能『幻獣召喚』。
自分自身の空想や、物語に登場する存在しない怪物に命を吹き込み、現実へ召喚させることが出来る。
誕生した幻獣の強さは。アルフォースの想像によって強化される。
故に、空想が確かなものであればあるほど、幻獣の強さは跳ね上がる。
「さぁ、食い散らかせ」
八つ頭の幻獣がグレゴリを襲う。
大剣で対抗しようとするが、圧倒的なスケールと力に対応できず、四肢を食いつぶされていく。
「ぐおっ、あが!」
「痛そうだね~ それでも死なないなんて可哀想だよ」
「何故だ何故だ何故だ! これだけの力があってどうして手を抜いた!?」
「そんなの決まっているじゃないか? 僕が二人とも倒したら、リンテンスが戦う相手がいなくなるだろう?」
「は?」
「僕は師だからね。弟子を育てるためなら何でもするのさ」
そう。
全てはリンテンスを鍛えるため。
彼は最初から、そのことだけを考えていた。
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