63.受け入れろ
白い世界に七色の雷が交錯する。
互いに同じ術式を扱い、同じ色の雷撃をぶつけ合う。
否、同じでは決してない。
起源から生み出されたそれは、俺が目指すべき頂にたどり着いた自分自身。
一撃一撃が重く、速く、鋭く迫る。
「ぐっ……」
視界を覆うほどの赤雷を、間一髪のところで躱し、藍雷の槍を投擲する。
槍は届く前に赤雷で弾かれ、続く攻撃を受ける。
修行開始から相当な時間が経過しただろう。
時計なんてないから、正確な時間はわからない。
一秒でも早く終わらせて、師匠のところへ行きたいという気持ちはあれど、そんなことを考える余裕は当の昔になくなっていた。
強い……強すぎる。
わかっていたことか?
いや、ここまでとは予想できなかった。
全てにおいて完璧で、隙の一つもない術式の発動。
まるで雷そのものと対峙しているような感覚にさえ襲われる。
これが未来の俺?
「はははっ」
そう思うと、思わず笑ってしまう。
呆れた笑いだ。
同時に喜ばしくもある。
遠い未来とはいえ、いずれ自分がこんな風に強くなっていたのだと思うと、無性に誇らしい。
そして、何もかも足りない今の自分に腹が立つ。
力の差は歴然。
それでも戦えているのは、俺が人間で、相手が作り物だからだ。
思考、駆け引き、直感といったものは、人間である俺にしかない。
ギリギリの攻防にも慣れ始め、多少の余裕が出来たことで、勘頼りだった戦いにも思考が入り込む余地が生まれる。
そうして俺は思考を回らせる。
「どうする?」
どうすればあいつに勝てるんだ。
圧倒的な実力差を前に、俺はどう戦えばいい?
多少の余裕が生まれても、実力差がひっくり返るわけじゃない。
一瞬でも気を抜けば殺されるという感覚は、始まった時から消えていないんだ。
そもそもだ。
勝てるビジョンが全く浮かばない。
始まってからずっと、これに勝てるイメージをしたくても、敗北の予感が過るだけだ。
「黄雷――竜!」
生成された竜が黒い影に迫る。
ドラゴンすら抑え込んだ攻撃だが、黒い影に触れた途端、はじけて消えてしまう。
「ちっ、この程度じゃ陽動にもならないな」
大技を繰り出しても、大した隙は生まれない。
当然ながら魔力の消耗は感じられず、こちらの体力が一方的に削られている。
このまま戦っても、殺されるのは時間の問題だ。
勝つ方法を探れ。
突破口はどこにある?
師匠は、俺なら勝てると言ってくれたんだ。
それなら不可能なはずもない。
絶対に勝てない試練を、師匠が与えるはずないんだ。
と、己を鼓舞しながら戦い続ける。
攻撃は届かず、重い一撃を受け続け、ボロボロになっていく手足。
勝てるのか――
脳裏に浮かぶ弱気な言葉を、何度振り払って戦ったかわからない。
師匠のこと、シトネやグレンたちのことを思い出して、勝たなければならないと奮い立たせる。
それでも……肉体の限界が先に来る。
「しまっ――」
ギリギリの攻防に出来た綻び。
着地地点を見誤り、ツルっとドン臭く足を滑らせる。
普段なら絶対にしないミスを、極限まで追い込まれしてしまった。
一瞬の隙をついて、最大威力の赤雷が迫る。
回避不可能。
防御も間に合わない。
俺は心の中で敗北を……赤雷を受け入れてしまう。
「ぐはっ……?」
赤雷をまともに受けた俺は、全身が丸焦げになったと思った。
しかし、生きていることに驚く。
明らかに即死レベルの攻撃をモロに食らったはずだった。
痛みはあるし、ダメージは入っている。
だけど……
「生きてる?」
疑問が浮かび、脳がサラッとクリアになる。
思い出したのは師匠とのやりとり。
そういえば、師匠は俺に勝てと言った。
戦って勝て……でも、倒せとは一言も言っていない。
戦うということを、倒すという風に曲解していたのは俺自身だ。
ここで一つの仮説が思い浮かぶ。
もしも成功すれば、俺は生き残ることが出来るだろう。
しかし、万が一間違っていた場合、その時点で勝敗が決してしまう。
危険で分の悪い賭けだ。
それでも、この方法以外に、勝利を掴む手は思いつかない。
何より相手は――
「俺自身だろう?」
俺は両腕を広げた。
何もしない。
ただ、相手の雷撃を受け入れる準備をする。
放たれる赤雷は、俺を貫通して抜けていく。
一歩、一歩とゆっくり近づき、黒い影に歩み寄る。
そして――
俺は黒い影をギュッと抱き寄せた。
「良かった。思った通りだ」
痛みはない。
攻撃もしてこない。
どうやら、俺の予想は当たっていたらしい。
相手は俺の起源から生まれた存在。
言い換えれば、俺自身の分身体でもある。
俺自身の攻撃なら、受け入れてしまえば傷つかない。
自分の力なのだから、俺が自分の一部だと思えば、なんてことはなかった。
赤雷を受けた時も、諦めから心は受け入れていた。
今度は全身で、未来の自分自身を受け入れる。
流れ込んでくる。
黒い影から、俺の力の全てが濁流のように。
「ありがとう」
そんな俺から出た言葉は、意外にも感謝の一言だった。
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