59.それぞれの備え
夢幻結界の発動後、誰も中へは立ち入れない。
発動者であるアルフォースですら、出入りはもちろん、結界を解除することは出来ない。
そういう契機をかすことで、奇跡に等しい現象を発生させているからだ。
「後は君次第だよ。リンテンス」
故にアルフォースは見守ることしかできない。
リンテンスが試練を乗り越えられるかどうかは、彼がもつ才能と努力にかかっている。
「さて、次の準備を始めようかな」
リンテンスに関してはこれ以上何もできない。
そこでアルフォースは、悪魔襲撃に備えた準備を始める。
闘技場を出て向かったのは、グレンたちが待っているリンテンスの屋敷だった。
ガチャリと扉を開け、リビングへ入る。
三人の顔が一斉に向く。
「ただいまみんな。待たせてすまないね」
「アルフォース様! リンテンス君は?」
「心配いらないよシトネちゃん。彼ならちゃんと試練を乗り越える。僕たちはそれを信じていれば良い」
「そう……ですよね。信じます」
言いたいことをぐっとこらえ、シトネは力強く返事をした。
それを見てアルフォースはニコリと微笑み、うんうんと頷く。
グレンが尋ねる。
「アルフォース様、僕たちに出来ることはないのですか?」
リンテンスが大変な修行をしている。
そんな中で、何もせずにただ待っているだけなんて嫌だ。
と、グレンは考えていた。
アルフォースが答える。
「もちろんあるとも。それを伝えるためにここへ戻ってきたのさ」
「本当ですか!」
「うん。悪魔襲撃まで最長一週間、最短で三日といったところだと僕は予想している。君たちにはその間に、学校を守る結界を新たに作ってもらう」
「結界ならもうあるのでは?」
グレンの質問通り、魔術学校には外敵から生徒たちを守るための結界が張られている。
結界は二段階。
一つは、敵意をもった対象を識別し、侵入を拒むもの。
もう一つは、攻撃に対してのみ効果を発揮するもの。
二つの結界によって守られた校舎は、未だかつて傷ついたことは一度もないという。
「あれでは足りない。所詮は魔道具による簡易的な結界だからね。悪魔の攻撃を受けたら簡単に壊れてしまよ」
「それほどですか……」
「ああ。悪魔の力に関しては、君たちが想像している倍は強いと思ってね?」
三人はごくりと息を飲む。
経緯を聞いていた彼らも、ことの重大さを再確認させられる。
アルフォースは懐から四つの指輪を取り出し、テーブルの上に置いて説明する。
「この指輪には、僕が考案した結界術式が刻まれている。みんなには、僕やリンテンスが戦っている間、これで学校を守ってほしい」
アルフォースは付け加える。
本来なら、こんな役割を学生に任せたりはしない。
ただ、今回は状況が特殊であり、相手も近年比較対象がいないほどの強敵だった。
故に手段は選んでいられない。
目的が魔術学校だとしても、王都には多くの人たちが暮らしている。
魔術師団の役割は王国の守護であり、国民を守る責務がある。
悪魔襲来時には、彼らは王都を守ることに兵力を割かれることになるだろう。
「これなら学校を守れるのですか?」
「そうだね。結界の起点に術師が待機し、常に魔力を流し続けることで発動する。とても強固な結界だから、破壊に専念しない限りは大丈夫。ただしもちろん、悪魔たちから狙われる危険性は高い。もし僕たちが負ければ、次に狙われるのは結界を維持している術師だ」
説明の後、アルフォースは三人に問いかける。
「強制はしない。やりたくなければ、別の人たちに任せる。どうするかは君たちが選んでくれたまえ」
「もちろんやります」
「グレン様がそうおっしゃるなら、私もご助力いたします」
「私もやります! リンテンス君が頑張っているんだし、私だって何かしたい」
三人の意見が出揃う。
そう言うと思っていたと、アルフォースは嬉しそうにほほ笑んだ。
「よし、これで四人だ」
「四人? 僕たち以外にもう一人いるんですか?」
「そうだよ。結界の起点は四つだからね」
「誰にお願いしたのでしょう?」
「アクト・エメロード。リンテンスのお兄さんさ」
三人、特にグレンとシトネが大きく反応する。
アクトは、親善試合でリンテンスと死闘を演じた相手。
まだ最近のことで記憶に新しい。
「彼の奥義クロノスタシスは、いざという時に君たちを守る力となりえる。すでに了承は得たから問題ないよ」
アクトの実力は親善試合で見ている。
一緒に結界を守る者として、彼以上に心強い相手はいないだろう。
ここでグレンは、あることを思い出す。
「アルフォース様、一つよろしいでしょうか?」
「何だい? グレン君」
「先日の学外研修のときなのですが――」
グレンが伝えたのは、学外研修での一件。
ブラックドラゴンの襲来と、それを起こした黒い影についてだった。
「なるほど。それはおそらくゲートだ」
「ゲート?」
「上位の悪魔がもつ転移手段だよ。ただ、僕らの知る二体の悪魔ではないね。時系列的に、その頃はまだ戦闘中だったはずだから」
「つまり、三人目がいるということですか?」
「かもしれない。これは尚更、リンテンスに頑張ってもらわないとね」
死闘の予感が過る。
全ての期待は、リンテンスに向けられていた。
そして二日後の正午。
再び、青空を黒い影が覆い隠す。
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