38.心の強さ
十五年前、リンテンス誕生。
の、さらに二年前、最初の神童が生を受けた。
「凄いぞ。この子は時間魔術に適性があるようだ」
「ええ、奇跡だわ。きっと世界に選ばれた人間なのよ」
両親は生まれてきた赤子に、アクトという名前をつけた。
魔術師の名門に生まれた彼は、その名に恥じない才能を持っていた。
数百年間生まれてこなかった時間魔術の適性持ちにして、それを操るセンスを併せ持つ逸材。
神童だと言われるまで、時間はかからなかった。
しかし、彼には欠点があった。
それは魔力量だ。
貴族の多くは、平民の倍以上の潜在魔力を有している。
対して彼の場合は、一般人と同レベルの魔力量しか保有していなかった。
ただ、両親や周囲もそこまで大きく問題にはしていなかったのだ。
魔力量は修練によって増加する。
無論限度はあるが、その欠点を差し引いても、時間魔術の適性だけでおつりがくると。
が、そう簡単な話でもなかった。
二年経っても、彼の魔力量はほとんど増えなかった。
単に彼の魔力上昇が遅いのだ。
これでは時間魔術の奥義に至るまで、十年以上の月日が必要になる。
それ以前に他の強力な魔術すら、扱えても使いこなせない可能性が浮上する。
両親の頭には漠然とした不安が過っていた。
そこへ、新たな命が誕生する。
リンテンスという更なる神童が、この世に生を受けたのだ。
彼らは歓喜した。
十一種と言う規格外の属性適性を持ち、貴族に相応しい潜在魔力を秘めた子供だ。
期待は膨れ上がり、注目されるのも必然。
そして同時に、もう一人の神童への期待は、徐々に薄れていく。
そんなこととは知らず、二人の兄弟は成長していく。
「リンテンス、こっちだ!」
「おにーちゃんまってよー」
アクト五歳、リンテンス三歳。
二人は仲の良い兄弟だった。
リンテンスは優しくて強い兄を慕っていたし、アクトも自分を慕ってくれる弟が大好きだった。
もしも、普通の家に生まれていたのなら、ずっと仲の良い兄弟でいられたかもしれない。
だが、二人が背負ってしまった宿命は、絆を簡単に踏みにじる。
「アクト、今日からお前には別荘で暮らしてもらう」
「え、なぜですか? 父上」
彼らの父であるグイゴ・エメロードは、アクトが七歳にった頃にそう告げた。
「これから数年、リンテンスの教育に専念する。悪いがお前は一人で頑張ってくれ」
それは冷たい言葉だった。
視線も……親が子に向けるような目ではない。
幼いながらアクトは悟った。
父や母の期待は、すでに弟のリンテンスに全て移ってしまったのだと。
自分はもう、用済みなのだということを。
そうしてアクトは、一人で遠く離れた別荘へと居を移した。
「父上!」
「ん? 何だ?」
「兄さんはどこにいるのでしょうか?」
「ああ、今は修行のために外へ出ているんだ」
「修行ですか!」
「そうだとも!」
父の言葉が嘘だとリンテンスが気付いたのは、彼自身が別荘に追いやられて後のことだった。
それまでずっと、彼はこう思っていた。
今もどこかで、兄は魔術を極める修行をしているのだと。
日頃から努力する姿を見ていたリンテンスは、今までとは異なる意味で兄を尊敬していた。
そして、自分も置いて行かれないように頑張らねばと張り切った。
月日は流れ、運命の日に至る。
激しい雷雨の中、一筋の雷が神童を貫いた。
この日、全てはひっくり返る。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「父上?」
「久しぶりだな、アクト」
何の前触れもなく、アクトの元へ父が訪れた。
別荘へ追いやって五年間、一度も顔を見せることがなかった父が、今さら何の用だと彼は思っただろう。
「今まですまなかったな。屋敷に戻ってきなさい」
「え……ど、どうしてでしょう?」
「お前の力が必要なのだ。私たちの……いや、エメロード家のために」
アクトは後に、リンテンスの身に起こった悲劇を知る。
まさに手のひら返し。
一度は見捨てた子を、父は拾い上げようとしていた。
嘘のように優しく微笑みかけ、温かい言葉を贈られる。
「さぁ、戻ろう」
アクトはその手をとった。
嬉しかったから――ではない。
気持ち悪い。
彼が最初に感じたのは、喜びとは程遠い感情だった。
それは恐怖に近い。
今日までの日々が真実で、目の前にあるものが嘘だと思える。
彼の頭はグチャグチャになっていた。
冷静に、落ち着いて考えて、一つだけ理解する。
貴族の世界は……歪んでいる。
彼は今まで以上に努力を重ねた。
また、同じように見捨てられるかもしれないという恐怖にかられ、来る日も来る日も修行に明け暮れた。
いなくなった弟のことすら考えられなくなるほど自分を追い込み、そうして彼は、再び名門貴族の名に恥じない魔術師へと成長した。
今では誰もが彼を誉め称える。
さすがはエメロード家の長男だ!
聖域者にもっとも近いのは君だぞ。
お前は私たちの誇りだ、アクト。
だが、多くの人々が知らない。
彼の心の奥底には、耐えがたい苦痛が刻まれていること。
それに耐えて、耐えて、耐え続けて、今の彼がいるということを。
彼がもつ心の強さを知っているのは、同じ苦しみを味わった者だけ。
そう、リンテンスだけだ。
第一部も残り2話です。
つ、続きを書かないと……
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