13.サルマーニュ魔術学校
「あっ!」
「え、何?」
急に大きな声を出したシトネ。
それに驚いた俺に、彼女は時計を確認しながら言う。
「時間だよ時間!」
「時間?」
俺は徐に自分がもっていた時計を眺めた。
午前七時半。
俺が屋敷を出たのは五時で、森に到着したのは六時前だったか。
「もうこんな時間か」
「何でそんなに冷静なの? 試験開始まで一時間しかないんだよ!」
「ああ、そうだな」
「そうだなって……」
焦っているシトネを見ながら、俺は最初首を傾げた。
気付いたのは数秒考えた後のこと。
試験開始時間は八時半で、受付開始は八時から。
早いのは一日のうちに試験を終えるため。
そして、ここは王都郊外にある広い森で、試験会場となる学校は遠く離れた王都中心部。
歩いて三時間、頑張って走っても一時間以上は確実にかかる距離だ。
「どうしよう、どうしようどうしよう……今日まで頑張って来たのに、こんなの……」
シトネの瞳が涙で潤んでいる。
今日の試験にかけた想いがあるのが伝わる。
そもそも寝坊しなければ……とか無粋なことを口にする場合でもないか。
「大丈夫だよ、間に合うから」
「え? でも時間……この距離は――」
ブツブツいうシトネに手を伸ばし、肩を掴んで抱き寄せ持ち上げる。
お姫様だっこというやつだ。
「よし」
「え……えぇ!? リンテンス君?」
あわあわと可愛らしく動揺しているシトネ。
頬を赤く染め、恥ずかしさに耐えているのがわかる。
そんな彼女に対して、俺は優しく微笑みながら格好つけたセリフを吐く。
「心配しなくて良いよ」
「リンテンス……君?」
「しっかり掴まっていて」
力いっぱいに地面を蹴る。
次に見えた景色は、森の中の薄暗さを忘れられるだろう。
青い空と、東から昇った太陽の明るさ。
広大な森を上から眺めて、大きな木の枝を踏み台にして、さらに前へと進む。
「えぇ! 何でこんなに速く動けるの?」
「何でって、強化魔術を使ってるからね」
「強化魔術……だけ? それだけでこんなに?」
「うん」
シトネは驚いているけど、師匠はもっと速いぞ。
強化魔術の効果は、流す魔力量と速度に比例して変化する。
大量の魔力を速く滞りなく循環させる。
原理は単純だけど、これを極めた魔術師はほとんどいない。
と、以前に師匠が言っていた。
強化魔術に時間をかけるくらいなら、他の属性魔術に時間をかけたほうが有意義だと、多くの魔術師が考えているからだ。
実際、それは正しい。
でも、雷魔術しか使えない俺にとって、強化魔術は大切な術の一つ。
ここまで極められたのは、あの日に全てを失った恩恵だな。
「すごい……すごいよリンテンス君!」
「はっはは、ありがとう。でも舌噛まないようにね? もうちょっと速度上げるから」
森から試験会場まで。
今の俺なら三十分もあれば余裕でたどり着ける。
そうじゃなかったら、時間を気にせず朝練なんてしていないよ。
「わぁ~ ここが王都の街なんだ」
「ん? もしかして初めて?」
「うん! 噂には聞いてたけど、すっごく広くて大きいんだね」
シトネは俺に抱きかかえられながら王都の街を見下ろしている。
建物と建物に飛び移りながら、よく見えるようにあえて高く跳んだり。
こうして街を改めて見ると、確かにスケールの大きさを感じる。
特殊な石で出来た建物もあれば、木造建築もチラホラ。
街道には屋台なんかもあって、昼間は大勢の人でにぎわっていることだろう。
王都は円形をしていて、外と内を高く分厚い壁で隔てている。
外へ近いほど平民が多く、中心部の王城に近いほど、貴族たちが暮らす屋敷が多い。
中心部へ近づくほど、建物の雰囲気は変わっていった。
どこもかしこも豪華で大きい。
金色の銅像なんて建っている屋敷もあったな。
俺はあんまり好きじゃないけど、金色って金持ちっぽくて好まれるのか?
「シトネ、学校が見えてきたぞ」
「本当?」
「ああ、ちょうど目の前だ」
王城のすぐ下。
立派な時計塔をシンボルとする校舎が見える。
横長の五階建ての校舎の他には、訓練用の闘技場、人口の森や湖なんかも用意されている。
敷地面積だけでいえば、王城よりも広いのではないだろうか。
「この辺りで降りようか」
「うん!」
魔術学校は特殊な結界で覆われている。
一定以上の魔力を行使していると、その結界を通ることは出来ない。
強化魔術と言えど例外じゃない。
「ほいっと」
そういうわけで、近くの広い道に降り、抱きかかえていたシトネをおろす。
一応時計を確認して、午後七時五十五分だったことにホッとする。
「これで間に合うな」
「うん……ありがとうリンテンス君!」
「おっ、シトネ?」
急に抱き着いてきたシトネ。
予期せぬ行動に対応が遅れて、俺は数歩後ずさる。
「お陰で試験に受けられるよ。本当にありがとう」
「い、いや……遅れそうだったのは俺の所為でもあるし。せっかく知り合えたんだから、お互い合格して仲良くしたいからな」
とかそれっぽい理由を口にして、抱き着く彼女に視線をおろす。
移動中はわからなかったけど、何だか良い匂いがする。
これが女の子の匂いってやつか?
モフモフの尻尾がふりふり動いていて、喜んでいるようにも見えるし。
可愛いな……もう。
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