96.アリスト・ロバーンデック
分かり合えるかもしれない。
彼の過去を知り、そんな予感がしていた。
だけど……
「残念だよ。リンテンス・エメロード」
「それはこっちのセリフだ。聖域者のあんたが、悪魔なんかと手を組むなんてな」
まさかこんな形で聖域者と戦うことになるとは思わなかった。
心から残念だ。
色源雷術――
「赤雷」
俺は右腕を前に突き出し、赤雷を放った。
アリストは足元の黒い影を操り、影の壁を作って防御する。
自身から伸びる影を魔力で強化し自在に操る。
あれが影属性の魔術か。
「できればもっと別の形で見たかった」
これも残念だ。
俺は蒼雷で強化し、藍雷の二刀を生成して前に出る。
対するアリストも腰の剣を抜き、突っ込む俺に刃を向けた。
「来い」
漆黒の刃。
剣にも影を纏わせているらしい。
威力強化が目的か。
いや――
鍔迫り合いになり、互いの刃が近づく。
受け止めていた彼の剣を覆う影が形を変え、棘のように伸び俺を襲う。
俺は首を横に傾け回避する。
そのまま剣を弾き、距離をとるため後退する。
「いいのか? 足元を見ないで」
アリストの言葉に誘導されるように、俺は視線を下げる。
俺の足元の影が濃くなっている。
のではなく、アリストの足元から彼の影が伸びて、ここまで届いていた。
影の刃が迫る。
「影縫い」
「っ――」
影の刃が当たる直前に、蒼雷の光が走る。
俺は不意打ちに備え、蒼雷の反を発動した状態で戦っていた。
おかげで影の刃を相殺できたけど、かなりギリギリだったな。
黒影操術。
彼を中心に濃く広がる影は自然に出来たものではなく、彼の魔力で生成された漆黒の影だ。
影の範囲や形も自由自在。
さっきみたいに伸ばして、相手の足元から攻撃することも出来る。
自身の周囲を守る影の結界としても使えるし、かなり汎用性の高い術式だ。
加えてここは――
俺は空を見上げる。
星々が輝く夜空。
ここは一年を通して夜だと彼は言っていた。
彼が持つ加護は、夜と月の女神ヘカテーの加護。
夜空の下にいるとき、彼は無限に等しい魔力と術式強度を得る。
持久戦に持ち込まれると勝機は薄い。
今の彼がその気になれば、この一帯を影で覆うことだって出来るはずだ。
そうなる前に手を打つ。
「緑雷――砂場」
「足元を砂鉄で覆ったか」
「これでさっきみたいな不意打ちは出来ないだろ?」
「確かにそうだが、その程度で強がられても困るな」
アリストは周囲の影から無数の刃を生成。
影縫い。
糸のついた針で縫うように、太く鋭い影の刃で攻撃する。
「砂刃」
俺は緑雷で操った砂鉄を同様の形状に変化させ、影縫いを相殺する。
不用意に近づけば足元の影を踏む。
ならば一定の距離を保ちながら戦えばいいだけ。
もしくは――
「黄雷――鳳」
空中戦なら足元を気にする必要もない。
「なめるな」
影が空まで伸びる。
鳳が素早く旋回し、影の刃を躱していく。
その隙に藍雷の弓を生成。
空から矢の雨を降り注ぐも、影の壁に阻まれてしまった。
「でもいいのか?」
空中に飛んだことで、意識は上へ向いている。
「足元見なくて」
彼は気づいていない。
俺がまだ、緑雷を解いていないということに。
「これはっ」
「砂刃」
砂鉄の刃がアリストを斬り裂く。
咄嗟に身をよじり躱したことで、肩を掠めた程度に終わった。
「誤算だったな。地に触れていなくても砂鉄を操れるのか」
「ああ」
緑雷で一度流した雷はしばらく持続する。
仮に俺が地上を離れても、緑雷の力が残っている内なら操れる。
もっとも持続できるのは数十秒が限界だが、不意を突くには十分な時間だったようだ。
そして今の攻撃で、彼の影は一時的に途切れている。
今なら防御も間に合わないだろ。
「黄雷――竜」
「ちっ!」
「もう遅い!」
巨大な雷の竜がアリストを襲う。
激しい轟音が張り響き、地形が大きくえぐれる。
土煙が舞う中へ、俺は鳳を解除し降り立つ。
「……今のは効いたな」
「だったら倒れていてほしかったよ」
土煙が晴れ、アリストの姿が目に入る。
ダメージは負ったはずだが、どうやら足りなかったらしい。
ギリギリ影の防御したのか。
竜に耐えるとは、さすが聖域者だ。
「強いな……聞いていた通り、悪魔を倒しただけのことはある」
「……」
アリストが不敵に笑う。
「仕方ない。ならば、万事の一手といこう」
剣を逆手に持ち、地面に突き刺す。
その瞬間、彼の魔力が地面に走り、反ドーム状の壁が生成される。
「無間の女王」
漆黒の結界に覆われ、夜空すら見えなくなる。
明かりすらない暗闇の中で、互いの存在だけがハッキリと見える奇妙さと、背筋が凍る寒気を感じる。
嫌な予感がする。
この結界がどういうものか知らないが、効果を発揮される前に先手を打つべきだ。
そう判断した俺は術式を発動する。
色源雷術蒼雷――
「――!?」
蒼雷が発動しない。
術式に魔力を流しても反応がない。
蒼雷だけではなく、他の術式も……
「気づいたようだな」
「……」
「お前はもう……術式を発動できない」
ブクマ、評価はモチベーション維持につながります。
少しでも【面白い】、【続きが読みたい】と思ったら、現時点でも良いので評価を頂けると嬉しいです。
☆☆☆☆☆⇒★★★★★
よろしくお願いします。