捜索
「アドリアーネ殿がいなくなっただと!?」
「は、はい。純白の部屋へ女官が夕餉を運ぶと、どこにもお姿はなく……ただこちらが残されておりました」
神殿からの急使に呼び出され、急ぎ駆けつけたジュードは大神官から聞かされたことで怒鳴り声を上げた。
正確には動揺のあまり叫んでしまったのだが、神官たちは失態を責められたように感じて身を竦めた。
それでも大神官はおそるおそる状況を説明する。
ジュードは冷静さを取り戻せぬまま、引ったくるように差し出されたもの――小さなメモを取り上げると目を通した。
それはアドリアーネの置き手紙らしきもの。
―――やはり私はボラリア国王と結婚することはできません。冷酷な王を前にすると怖いのです。民のためと我慢するつもりでしたが、やはり無理でした。ごめんなさい。―――
大神官たちはすでにメモを読んだらしく、ジュードが激昂するのではと恐れていた。
冷酷な王は怒り狂い、王女殿下に何をするかわからない。
だからいざとなれば嘘をついてでも王女を守らなければと、そのために命を賭すことも覚悟していた。
だがジュードの反応は考えていたものと違った。
「違う。これはアドリアーネの書いたものではない。偽物だ」
「に、偽物?」
「ああ。アドリアーネ殿の侍女頭に確認すればわかるだろう」
「し、しかし……」
「私はこの十年の間、アドリアーネ殿と手紙をやり取りしてきたんだ。そしてこのひと月の間も。彼女の筆跡くらいすぐにわかる」
ジュードの説明にも大神官たちは状況を理解した様子はなかった。
ただ戸惑ったようにお互いの顔を見合わせている。
彼らを納得させている場合ではないと、ジュードは苛立ちを抑えて大神官に告げた。
「彼女は自ら姿を消したのではない。連れ去られたんだ。――ノーハス!」
「はっ!」
「今すぐ王都全域を封鎖しろ! 王都から出ようとする者は馬車も荷車も徒歩も身分の貴賤を問わず禁止する! また周辺の宿場町へも兵を派遣して捜索させろ!」
「かしこまりました!」
同行していたノーハスに指示を出すと、ジュードは神官たちに向き直った。
神官たちはその大げさとも思える命令に、やはり逃げた王女殿下に酷い仕打ちをするのではないかと恐れた。
この奥の院まで侵入して王女殿下を連れ去るなど不可能であり、そのような不届き者がいるとは思えなかったのだ。
「昼食後にアドリアーネ殿は一歩も部屋から出ていないのか? 窓からの侵入などは?」
「窓からの侵入は不可能です。明かり取り用のものしかありませんので。殿下がお部屋の外に出られたかは把握できておりませんが、奥の院からはお出でにはなっておりません」
「それは確かか?」
「奥の院へは神官以外の立ち入りを禁じております。それゆえ聖騎士の方々が二カ所ある奥の院への出入口で警備されておりました」
「それで、その聖騎士たちは今何をしているんだ?」
「聖騎士の方たちは王女殿下のお姿が見えなくなってすぐに捜索に向かわれました」
「ということは、聖騎士たちもアドリアーネ殿の行方がわからないのだな」
呟いて心配そうに顔を曇らせるジュードの言葉に大神官たちははっとした。
聖騎士たちは何があっても王女の決断を優先させるはずだ。
もし王女が逃げ出したいと望んだなら逃亡の手助けをして同行しただろう。
だが王女の姿が消えたと知ったときの聖騎士たちは酷く動揺していた。
そこでようやく大神官たちは王女が連れ去られたことを理解したのだ。
「まさか、本当に……」
そんな畏れ多くも大胆なことをやってのける者がいるとは信じられず、神官の一人が驚きの声を漏らした。
未だに理解しようとしない者へジュードが軽蔑の視線を向ける。
その射るような眼差しを向けられた神官は、声にならない悲鳴を吸い込むように口をぱくぱくさせて震え始めた。
「ゲイル?」
あまりに動揺した様子を訝って、大神官がゲイルというらしい神官に問いかけた。
ゲイルは大神官へと恐怖に満ちた顔を向ける。
「彼が……彼がまさか……」
「彼とは誰だ!? 何か知っているのか!?」
「せ、先刻……ローラン地方の神官長が王女殿下にご面会を――」
「ローラン地方だと!?」
どうにか呼吸を再開した神官を問い詰めたジュードは再び怒鳴り声を上げた。
しかし、その瞳は恐怖に見開かれている。
そのことに気付いた者はいないまま、ジュードは踵を返した。
「陛下!?」
「神官がアドリアーネ殿を傷つけることはないだろう。だが、協力者がどういうつもりかは保証ができぬ!」
呼びかける大神官に、振り返ることなく答えたジュードは神殿内であるにもかかわらず走り出した。
あの内乱から十年、未だにジュードを王と認めず民よりも己の地位と利権に固執する者たちがいる。
その最たる人物がローラン地方の領主である侯爵だった。
侯爵がわざわざジュードを訪ねてくるなど怪しいと思ったが、もっと警戒するべきだったのだ。
また、神官長がアドリアーネを崇拝しているようだとは聞いたが、当然とばかりに捉えていた。
この国の――いや、世界中の者たちが聖王を崇拝し、王女であるアドリアーネを敬愛している。
聖騎士とは別に密かに護衛兼間諜をつけてはいたが、心のどこかでアドリアーネに対して手を出すことはないだろうと油断していた。
(だが侯爵がもしアドリアーネに対する神官長の気持ちを利用しているだけなら?)
自問したジュードの答えはもうすでに出ていた。
神官長がジュードに対して敵意を抱いていることは明白であり、アドリアーネを救おうとしたのだろう。
しかしアドリアーネに逃亡する気はなかったため、神官長は以前のジュードと同様に彼女が崇高な自己犠牲精神でいると考えたのだ。
強硬手段に出たのはそのためだろうが、神官長一人でできることではない。
後押ししているのは侯爵で間違いない。
侯爵の目的は聖王国からジュードへの信用失墜。国民からの不満と不支持。
しかもアドリアーネが逃亡中にもし何か――彼女の身に何かあれば、信用失墜どころの問題ではない。
そこまで侯爵が冷酷ではないように――いや、冷酷なことはわかっているが、せめてアドリアーネへの敬意は国民の半分でも持っていてくれるように願った。
ジュードにとってもはや聖王国の後ろ盾も国民からの支持もどうでもよかった。
ただアドリアーネが無事でいてくれるよう願うばかりだった。




