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決意


「なぜなのですか!?」


 信じられないとばかりに問いかけるターニャに、アドリアーネは何と答えようか思案した。

 ずっと聖王国で生まれ育ったターニャには信じられないのもわかる。

 アドリアーネも他国に嫁ぐことが決まってから始まった教育の中で、特に兄のヘレオンから言い聞かされていたことをようやく理解したところなのだ。


「聖王国はとても小さな国だし、お父様たちがいらっしゃるわ。だけどこの国には――私の式が終われば聖騎士たちは帰ってしまう。そうすれば、あの化け物は元に戻ると思うの」

「そんな……」

「でもね、ターニャ。人間というのはどうしても不安や不満を抱えてしまうものでしょう? 聖王国が理想郷とも呼ばれているのは知っているけれど、それは本当に人々の姿が理想だからよ。だけど現実は厳しい。みんな心の中に負の感情を抱えて生きるものなのよ。その感情をどうするかがその人となりなんだわ」


 前世でもそうだった。

 むしろこの世界よりも豊かでありながら、アドリアーネを含めてみんな不安や不満を抱えていたと思う。

 その気持ちを押し殺して、厳しい現実にみんな立ち向かっていたのだ。


「ですが、そのような――城の上空を覆うほどの化け物が生まれてしまう場所で姫様が暮らされるなんて、いいわけがありません!」

「心配しなくても私は負けないわ。確かに、ちょっとばかり慣れなくてあの化け物に――負の感情に憑りつかれてしまったけれど」

「いつですか!? なぜおっしゃってくださらなかったのです!」


 今や血相を変えてアドリアーネにターニャは駆け寄り体を調べている。

 そんなターニャを安心させるようにアドリアーネは抱きしめた。


「もう大丈夫よ、ターニャ。心配してくれてありがとう」

「ですが――!」


 抗議しかけたターニャの口を、アドリアーネは華奢な手で押さえた。

 そこでターニャも自分が冷静でないことに気付き、落ち着くように何度か深呼吸を繰り返す。


「どうしてジュード様は私を受け入れてくださらないんだろう? どうして婚約をなかったことにしようとなさるのだろう? って、そればかり考えて、私はいつの間にか自分のことしか考えられなくなっていたわ。それは特に聖騎士から離れていたとき、ジュード様とお話しているときや、聖石から離れた部屋にいるときに感情の起伏が激しくなっていたみたいなの。だけど今日、聖石を持ってあの化け物に少しだけ近づいて、それに街から伝わってくる喜びの感情を受けて、ようやく何が起こっているのか気がついたわ。そしてこれが、普通の人の感情なのよ。いわゆる〝葛藤〟ってものね」

「姫様がそのようにご苦労されることなどありませんのに……」

「あら、苦労じゃないわ。これが当たり前なのよ。それに私は今回のことで少しだけど強くなれた気がする。ただ幸せしか知らない聖王女じゃないわ。私はもうすぐこの国の――ボラリア王国の王妃になるんだもの」


 覚醒してからの十一年は幸せなことばかりだったけれど、今の自分は三十年苦労しながらも生きてきたときよりも色々なことが理解できた気がする。

 今までのことを思い出して微笑んだアドリアーネは自信に満ちており、一段と神々しく見えた。

 ターニャは思わず聖王を前にしたように数歩後ずさり、膝をついて頭を下げる。


「ターニャ?」

「私は……この先、何があってもアドリアーネ様に従います。今まで以上に、心よりお仕えさせていただきます」

「やだ、ターニャ。どうしたの? ターニャがこれからもずっと傍にいてくれることはわかっているわ。それにそれがとっても心強いの」


 アドリアーネは慌ててターニャの許に膝をついて抱え起こそうとした。

 ターニャもアドリアーネの性格をよくわかっているので、素直に従って立ち上がると困ったように微笑む。


「心配しなくても、あの化け物は私とジュード様が結婚してしばらくすればきっと消えてしまうわ。それは人のもとに戻るのかもしれないし、本当に昇華されるのかもしれない。だけど今まで以上にこの国の人たちが心穏やかになれるとは思うの。そうなれるよう、私は務めるつもりよ」

「はい。姫様ならばきっとそのお望みを叶えられるでしょう」

「じゃあ、こうしてぼやぼやしていられないわ。式まであと十日しかないんだから。みんなが涙するくらい美しい花嫁になってみせるわ」

「はいはい。かしこまりました」

「それにほら、私があの化け物の影響を受けたのは、やっぱり純粋無垢だったからだと思うのよねえ。まっさら過ぎて簡単に汚染されてしまったのよ」

「はいはい。さようでございますね」


 せっかくの素晴らしい志も、続いた言葉で台無しである。

 それでも本当にいつも通りのアドリアーネに戻ったことで、ターニャは安心していた。

 そして同じようにいつも通りに適当に答え、ちょっとばかり意地悪く付け加えた。


「ところで、本当に式は十日後に行われるのでしょうか?」

「え?」

「先ほどは姫様が一方的に宣言されていらっしゃるのは伺いましたが、ジュード様のお返事はまだだったかと思います。たとえばのお話はされておりましたが。それとも私は聞き逃してしまいましたか?」

「……そういえば、そうだわ」


 すっかり浮かれていたので、もしもの話はされたが、予定通り結婚しようとは言われなかったことには気付いていなかった。

 最後に諦めたようにため息を吐いていただけである。


(って、いやいや。そんな、諦めただなんて……。あれは私のためを思ってくれてだもの)


 ぶんぶんと首を振って不安を追いやると、アドリアーネは立ち上がって窓辺へと向かった。

 そして上空に浮かぶ黒い化け物を睨みつける。

 化け物は意思を持っているのか、風に揺れているのか、形を変えてうごめいていた。


「あんなものに負けないんだから!」


 アドリアーネは気合いを入れ、今度は高々と拳を振り上げた。

 すると、ターニャが深いため息を吐く。


「今のはもしかして気合いを入れられたのですか?」

「そうよ。へレオンお兄様も気に入ってくださっているのよ」

「……お二人とも元気がよろしいですものね」


 天真爛漫なヘレオンはたまにいなくなって皆に心配をかける。

 それでもひょっこり帰ってきてたくさんのお土産話をしてくれるアドリアーネの大好きな兄なのだ。

 もちろんアドリアーネは他の兄たちも愛している。

 そんな兄や聖王である父と離れているのは寂しいが、大好きなジュードの傍にいられるなら、ジュードを助けることができるのなら頑張れる。

 アドリアーネは髪を緩く纏め直してもらうと、今日の出来事を書こうと日記を開いたのだった。




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