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 城壁の見学が終わり、部屋に戻ったアドリアーネは髪をターニャに梳いてもらいながら考えに耽っていた。

 先ほど見たこと、感じたことでアドリアーネには迷いが生じていたのだ。


 城壁では聖王女を間近にして感動する兵士たちを労い、物見の塔まで登らせてもらった。

 そこからの景色は驚くほどよく、街を遠くまで見渡すことができた。


 城は小高い丘の上にあり、周囲を関連する建物に囲まれ、さらに外壁に守られているため、街の人たちの声など聞こえるはずはない。

 それでも、街の人々の活気は力などなくても伝わってきていた。

 そのことを思い出して、アドリアーネに自嘲的な笑みが浮かぶ。


「姫様、いかがなさいました?」

「ちょっと後悔しているの。自分の馬鹿さ加減に」

「あら、まあ」


 鏡越しにターニャを見て、アドリアーネはため息を吐いた。

 自嘲的でさえもアドリアーネの微笑みは美しく、ターニャ以外の者なら見惚れはしてもその内面には気付かなかっただろう。

 そしてこんな愚痴もターニャにだからこそ言える。


「私は聖王国の王女なのよ。それなのに、自分の我が儘を優先させてしまったわ」

「姫様はご立派にお役目を果たしておられますよ」

「それも婚約解消が伝わるまでだわ」


 以前から感じてはいたが、聖王家の存在は人々に希望を与える。

 本当はそんな立派な人物ではないのだと、前世の自分は声を大にして叫びたかった。

 それでも今まで聖王女としてやってこられたのは、父王や兄たちが傍にいてくれたからだ。

 表に立ってくれる家族もなく、一人この国へやってきて皆からの期待を直に感じると怖くなる。


 だが、ジュードを支えるために、まだ十年前の内乱の傷が癒えていないであろう民のために今日まで精いっぱい頑張ってきた。

 それなのにアドリアーネは自分の感情を優先して、ジュードを強く説得することもせず、勝手な賭けをしてしまったのだ。

もしアドリアーネが聖王国へ帰るとなったならば、この国の者たちは希望が大きかった分その落胆も大きいはずだ。


「私は愛だ恋だとこだわるべきじゃないのよ。聖王女として輿入れしてきたんだもの。そしてそれはジュード様だって同じだわ。私の気持ち――年齢差や身分なんて無視しなければいけないのよ」

「姫様……」


 アドリアーネの言葉はまさしく正論である。

 ただそれではアドリアーネの心は置き去りになってしまう。

 そのことを心配しながらもターニャには何も言うことはできなかった。

 そこに侍女がやって来て来訪者を告げる。


「ノーハスが?」

「はい。今すぐお会いしたいと」

「わかったわ。居間にお通しして」

「かしこまりました」


 ノーハスの要件はだいたい想像がついた。

 ちょうどその件でアドリアーネも話があったので、ターニャには簡単なハーフアップの髪型にしてもらって立ち上がる。

 あとはドレスを整えてもらい、居間へと入っていった。


「先触れもなく突然の訪問にもかかわらずお受けくださり、ありがとうございます」

「いいえ、礼の必要はありません。あなたにはいつもお世話になっているのだもの。それに私も話があったの」

「それは……昨日のジュード様との話し合いの件でしょうか?」

「ええ、その通りよ。ノーハス、あなたもでしょう?」


 立ったまま待っていたノーハスはアドリアーネが部屋に入るとすぐに頭を下げた。

 アドリアーネはにっこり笑って手を振り、ソファを勧めて自身も座る。

 ノーハスはアドリアーネに続いて腰を下ろしたが、その間会話は進められていた。


「はい。不躾なお願いだとはわかっておりますが、私の主が言い出したこととはいえ、婚約解消の話をなかったことにしていただきたいのです」

「それはあなたの意見? ジュード様のお考えは変わらないのでは?」

「おっしゃる通りです」

「そう……」


 わかってはいたが、アドリアーネはがっかりした。

 だがそれを隠して微笑む。


「それでまだ式延期の知らせが発表されないわけですね?」

「どうか延期もなかったことにしていただきたい。このまま予定通りに式を挙げていただけませんか?」

「延期は私が言い出したことだわ」

「伺っております」

「昨日の今日よ?」

「撤回は早ければ早いほうがいい」

「……そうね。あなたの言うとおりだわ」

「では――」


 ほっとして何か言いかけたノーハスをアドリアーネは首を振って制した。

 ノーハスは困惑した表情になる。


「私とあなただけでは勝手に決められないわ。ちゃんとジュード様にも納得していただかないと。だからできるだけ早くジュード様とお話する時間を設けていただきたいの」

「それはもちろんですとも」

「ではお願いするわ。それでお話はそれだけ?」

「はい。私の望みは――いえ、我が国民の望みはアドリアーネ様をこのボラリア王国の王妃様として戴くことですから」

「わかったわ。できるだけ努力してみます」

「ありがとうございます」


 ノーハスは立ち上がると深々と頭を下げた。

 見送りのために立ち上がったアドリアーネに、ノーハスは「すぐに手配してまいります」と言って去っていく。

 ノーハスなら本当にすぐ手配するだろう。


「ターニャ、聞いていたとおり、ジュード様とお会いすることになるから急いで支度を手伝ってくれる?」

「急いでですか?」

「ええ。ノーハスは強引にでもジュード様の予定を変更するはずよ。いつの間にかハトがタカに変わっていたんだもの。驚いたわ」

「おや、まあ。ハトがタカに?」

「そうなのよ。こんなに短期間で変わるなんて、ノーハスには二面性があるのね」


 今でこそ文官として働いているノーハスだが、やはりジュードの副官として剣を手にあの内乱を戦い抜いたのだ。

 ずっと優しいオオカミさんのままのジュードよりよほど怖い人なのではないか。

 だがジュードに対する忠誠は絶対だとわかる。


「やっぱりジュード様のお人柄ね」

「はい? 何とおっしゃいました?」

「――私はノーハスと同じように強引になってでもジュード様をお支えしたいってこと」

「さようでございますか」


 ずっと望んでいた人が傍にいることで逆に遠く感じてしまっていた。

 そのせいでアドリアーネは当初の目的を忘れてしまっていたのだ。

 髪の毛を結い上げ気持ちを切り替えたところで、ノーハスの遣いの者が訪れ執務室でジュードが待っていると伝えられたのだった。




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