プロローグ
三十歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい。
それなら、三十歳まで処女だと何になれるの?
そんなことを考えながら迎えた三十歳の誕生日。
深夜までの残業を終えて、どうにか終電を逃すまいと無理して点滅信号を渡ったのがいけなかったみたい。
横断歩道に一歩踏み出した瞬間、激しい衝撃を受けて気を失った私が次に目を覚ましたのは天国だった。
視界に入ってきたのは色とりどりに咲き誇る花々と美しくさえずる小鳥たち。
想像通りの天国だと思った私はふわふわした場所に寝転んでいた。
どうやらここはどこかの部屋で、私はベッドに寝ているらしい。
しかもかなり豪華な部屋ね。
「おや、気がついたかい?」
「……神様?」
優しそうな壮年の男性が私を覗き込んできた。
だから思わず私がそう問いかけると、おじさんはおかしそうに笑う。
「残念ながら違うよ。そうだな、あえて言うなら神様の遣いかな? そして君は私の娘なんだよ」
「娘……」
この優しそうなおじさんは神様ではないけれど、神様の遣い。
ということは、その娘である私も何かしらの力があるのかもしれない。
これって、流行りの異世界転生きた!?
三十歳まで処女だったら魔法使いにはなれなかったけれど、異世界転生で神様の遣いの娘になれたらしい。
ひょっとして、私ってば異世界救っちゃう?
意識して守ってきたわけじゃないけど、処女でよかったー。
今まで頑張ってきた甲斐があったわ。
お父さん、お母さん、先立つ不孝をお許しください。
私はこの世界で素晴らしい人生を送ってみせますので、どうか悲しまないでください。
そう思いつつ、起き上がろうとしたら、動けなかった。
あれ? これはひょっとして……と思って自分の手を見ようとしたけれど、それもダメ。
赤ちゃんになっていても普通は腕くらいは持ち上げられるんじゃないかな?
それで「私、赤ちゃんになってるー!?」とかって驚くんじゃないの?
「アドリアーネ、無理して動こうとしてはダメだよ。君は生まれてから七年間、ずっと眠ったままだったんだ。まだまだ動けるわけがないからね。少しずつ、焦らずゆっくりいこう」
優しいおじさん――お父さんの言葉にびっくり。
それって要するに、私はもう七歳ってこと?
赤ちゃんからのやり直しではなく、七歳からのやり直し(リハビリ付き)ってことなの?
そういえば声も出せない。
だけどまあ、お父さんは神様の遣いだっていうし、どうにかなるでしょう。
そう考えていたらお父様は「その通りだよ」と言ってから離れていってしまった。
さすがと言うべきか、私の考えは読まれたみたい。
まあいいわ。
とにかく私は異世界で救世主でも何でもなってやる。
と、思っていたのに、まさかこんなことになるなんてね。