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飽くなき探究心



 雲一つない晴天。

 この晴々とした青い空はいつもならはしゃぐところだが、今日は少し物足りない。


 リーンの遊びます宣言の数日後。


「リーン様…これは何に使うのですか」


「遊ぶ材料です」


「あ、そ、ぶ…?」


 レスターが疑問に持つのは無理もない。そこに揃っているのは鉄や銅などの金属のインゴットや、石灰や代償様々な木材、よくわからない草花などの用途不明品、大量のお酒や大量の砂糖などの贅沢品やこれまた大量の食材達、光沢のあるツルツルした布や動物の毛皮、そして何度も見返してしまう程の火薬。

 何度見ても遊ぶ物には見えない。

 ただとても楽しそうに包みを開けるリーンをレスターは穏やかな目で見つめていた。


「はーい!アリアちゃんが来ましたよ!」


「…ジェシカも」


「ハ、ハルト様大事な用事というのは…?」


 ぞろぞろと現れた職人達も事情は何も知らないのか、目の前に開けられた謎の荷物に様々な反応を見せる。

 珍しい布や毛皮に興奮するアリア、大量のインゴットに目を輝かせるサーベル、

 大量の火薬に震え上がるベン、エマ夫婦。美しい木目の木材にウンウン唸るジェシカ、大量草花を真剣に観察するイッシュ。

 その他にもアースやレーネ、普段部屋に篭りっぱなしのフォークネルも其々荷物に見入っている。


「これでこれから遊ぶ為の物を作って頂きたいのですが、あまり時間がありません。そんなに難しいものでは無いのでこの資料に書いてある通りお願いします。アリアの作業量が兎に角多いので手伝える者は助けに入ってください。他に分からない事があればその都度伺います」


 その声に一同声を合わせて返事すると資料と荷物を手に其々の工房兼部屋に戻って行く。


「それにしても随分と材料が余りましたね…リーン様」


「すみません。ちょっと多めのつもりが…多過ぎました」


 困った様に笑うリーンにレスターはわざとらしく大きめにため息をついたのがつい2週間前のこと。

 


「ホワイトクリスマスにはならなかったですね」


「ですが、楽しみにしてた“くりすます”です。使用人達も朝から楽しそうに準備してましたよ」


 クリスマスはやはり雪がしんしんと降っている、そんな真っ白い雪景色が最高のロケーションだろう。

 日本の暦とは少し違うこの世界。

 1週間は7日、それを5回、10ヶ月で350日。順番に1月から2月が春、3月から5月が夏、6月から7月が秋、8月から10月が冬の様に季節は4季あるが、10月の末日の今日はほんのり暖かい春晴れの陽気。

 日にちだけそれっぽく白月(10月)の25日をクリスマスと設定し準備を開始した。準備期間は2週間しか無かったがエントランスには大きなツリー。そこにはアリアとストックの手作りの色とりどりな飾りがキラキラと輝いている。


 子供達にはリーンの幼き頃と同じ様に事前にサンタへのプレゼント要望のお手紙を書いて貰った。

 自分だけ貰えないのではと不安がるストックにキールがストックが貰えないなら全員貰えないね、と言ったのにはリーンサンタは微笑ましく見ていた。

 料理などはアースとレーネと話し合い、クリスマスっぽく七面鳥に見立てた物やシチュー、カレー、ガーボ(豚肩ロースに似ている)カツ、海老フライならぬ、ピースフライなど賄いで皆んなに人気のメニューを取り揃え、特別感を出す為ケーキは砂糖で固めた真っ白で大きい物を用意し、生チョコやクッキー、シュークリームなどつまめる物も用意して貰った。

 準備で慌ただしい2週間だったが、とにかくクリスマスぽい事をする、という思いだけでそれはもうとても充実した日々だった。


「リーン様、準備が整いました」


「では、皆さん。クリスマスパーティーを始めます。今日は思いっ切り楽しんで下さい」


 リーンの音頭で始まったパーティーは案の定大騒ぎだった。魔獣の襲撃、貴族院からの圧力、噂の激化、客からの嫌がらせ。そんな事があったのか、と思うほどに屋敷の中は明るい笑い声で溢れている。


 準備の甲斐あってみんなの嬉しそうな笑顔にリーンも普段飲まないお酒を嗜む程度には浮かれていた。


「ハルト様!開けても宜しいですか!」


「えぇ、勿論。皆んな開けてみて下さい」


 朝起きて枕元に置いてあったプレゼントを開けずに待っていたのか、とその微笑ましい行動に笑顔を返す。


「クリスマスはパーティーだけじゃ無くて、プレゼントも貰える日なんて素敵です!」


「クリスマスは“サンタ”と言うお爺さんがその年の一年間いい子にしていた子の枕元に夜こっそりとプレゼントを置いていってくれる日なのですよ」


 サンタはいないと悟った幼き日を思い出す。

 彼らにはまだ疑いの心を持ってほしくない、と願いつつモニカの頭を優しく撫でる。


「“さんた”様はお金持ちなのですね!」


「いや、モニカ。“さんた”様は《鑑定・全》を持ってる凄い人だ。じゃなきゃいい子にしてたか分からないだろ?」


「んー、それよりも一夜でいい子にしていた子供の家を全て回る事ができるのはきっとビビアン教皇様かティリス様しか出来ないよ?お二人以外に出来る人は神様しかいないと思う。だから、きっと“さんた”様は神様の使いの天使様だよ!」


 そんな話をしながら包みを開ける子供達。

 そこは敢えて何も言うまい、とその様子を見守る。

 大人達には事情を話してある。代わりに好きな物を買い与える事にしたが、返って気を遣わせた様に感じてならなかった。

 大体欲しがったのはカレーやチョコレートなどの食べ物が殆どで、後は自分専用の掃除道具、魔道具作りの為の素材などの仕事道具だった。

 なのでアリアに頼んで全員にタオルを2枚、ハンドタオルとバスタオルを望みの物にプラスで添えておいた。

 本当はアクセサリーなどの身に付けられるし、いざと言うときに売ることも出来るような高価な物を検討していたが、レスター曰く宝飾品もいいがそれよりも実用品の方が喜ばれるのでは?と言う意見を採用した結果タオルになったのだった。

 実際、高値で売れて、実用的な物という条件でタオルを思い付いた時は自分を褒めてみたのだが、タオルは既にジェシーの魔導機械によって量産体制に入っているので糸と布代だけで済んでしまい、実際には高価な物とは言えないように思う。


「クリスマスはあと何をするのですか?」


「それは夜になってからのお楽しみです」


 大量に用意した料理と飲み物が空になり、思い思いのパーティーを過ごした。歌ったり、踊ったり、食べたり、飲んだり、芸を披露した使用人もいた。


 そして夜も更けり。


「皆さん。どうぞ、裏庭へ!」


 アリアの掛け声で裏庭に皆が集まる。使用人、職人、従業員合わせて総勢100人程の人だかりの注目が1つに集まる。


「では〜皆さ〜ん!カウントダウンしますよ〜!10から行きましょ〜、せーの!10!9!8!7!…」


 何が始まるのか、と何も分からないまま手拍子を合わせてカウントダウンの声が真っ暗な夜空へ飛んでいく。何も見えないいつも通りの裏庭は庭師のザハルが丹精込めて育てた薔薇で埋め尽くされているが今日はそれだけではない。


「…3!2!1!点灯!!」


 現れたのは埋め尽くさめた薔薇を照らす真っ白な絨毯。真っ赤なお鼻のトナカイとサンタ、ウサギやリスなどの動物達、変わり種の雪だるまやプレゼントボックス。

 日差し避けになっていた大きな杉の木には電飾は勿論、色とりどりの飾りまでも淡い光を放って雰囲気を盛り上げる。

 1番の自信作はふわふわ浮かぶ光の玉。浮遊効果の魔法陣を貼り付けた玉の中にライトオパールを入れて飛ばしている。


 初めて見るイルミネーションに感動して貰えたようだ。

 庭師のザハルとキール、ジェシーに協力してもらいこのイルミネーションを完成させたのが昨日の晩の事。ザハルの感動は一入のようで目には涙を浮かべている。


「ハルト様…綺麗です…」


「キール!どさくさに紛れて!何言ってるんだ!」


「クリスマスは本当に楽しい日なのですね!」


 リーンは喜ぶ子供達へ笑顔で答えるとイルミネーションを眺めながら真っ赤なぺぺ酒(この世界の一般的なお酒でワインの様な物)を口へ運んだ。


「レスター、イアンが先程屋敷周辺で殺気を感じたそうです。以前よりも回数が増えていますし、如何やら人数も増えている様です」


「では、手筈通りに」


 レスターは一礼して踵を返す。

 嫌がらせ行為が増えていたが、今のところ建物や備品などの破損被害だけで済んでいた。だが今まで黙認していたイアンが突然言ったのなら、これからはそれだけでは済まない、と言う事なのだろう。

 レスターは“タブレット”を取り出して操ると会議室の戸を開ける。

 イアンからの報告書を確認してレスターは眉間に皺を寄せた。


「レスター様、お呼びでしょうか」


 シュミットとアンティメイティア、10支店の店長が会議室に集まった。


「明日から全ての店舗を一時休業します。理由は近頃嫌がらせ被害が大きくなっているからです。再開の日程は未定ですが、それまでの間も給料はきちんと支払われます。その旨を各店舗店長から従業員に伝達して下さい。それから、休みの間何をして頂いても結構ですが、休業の理由の通り何が起こるか分かりません。心配な方はロビティーに留まって頂く事も可能です。リーン様のお近くならば必ずお守り頂けるでしょう」


 元々クリスマスパーティーの為に何日か店を閉めていた。遠い店舗だと10日前からロビティーへの移動の為に店を空けている。その為在庫などは殆ど残していないので、このまま休みになっても特に問題はない。


 質問もなく頷く店長達はやはり優秀だと、レスターは椅子に背を預けて報告書の続きに目を通すのだった。




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