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大仕事



 週末の休みを利用して訪れたのは“遊び”の為にやらなければならない事。

 実際にやるのはリーンでは無いので来るつもりは無かった。寧ろ来たくなかった。しかし、相手方立っての希望で仕方がなしに来るしかなかった。

 とりあえず姿を見られないよう目立つ髪を隠す為外套を羽織り、フードで目元までしっかりと隠す。


「私がくる必要は無かったと思うのですが」


「…やっとけ、っと言われるのは王太子というブランドと俺のプライドがだな…」


「…そうですか。どうぞ、私は後ろで見守ってますので」


「…」


 リーンが来たところで結果は同じで、全く意味を見出せない。それなら完成間近の“マッサージチェア”の出来を見たかった。


 今いるのはお馴染みのエンダの森。

 今回はシオンと言う街との境目付近の森の浅い場所。此処にも商会があるが小さな被害が出ていた。

 と言っても、街が直接的な襲撃にあってる訳ではない。直ぐ近くにソオンと言う街があり、その街との往来の時にシオンに勤めている従業員が襲われたのだ。その従業員は元々ソオンの出身で街同士が近い事もあり元々自宅から通っていたそうだ。

 此処もロビティー近くの森と同じく草木は生い茂っていて薄暗いが、街に近いこともあってかまだ日差しをほのかに感じられる。


 相変わらずリーンの周りには噂が飛び交っている。少し落ち着いたとは言え、正直貴族院の思い通りになっているのは癪に触る。かと言って、感情が揺さぶられていると言う程の事では無い。面倒だと思う気持ちの方が強くてそのままにしていたのだから。

 悪い言い方をすればリーン達は、媚び諂う貴族達を嘲笑い、貢物や金銭をむしり取り、存在を蔑ろにしている。まんまその通りなのだが、噂が嫌だから、面倒だから、と言う理由だけで今更何かをやり方を変えるつもりは更々ない。

 正直、相手が違えば捉え方が変わり感情も変わるものだ。

 社会に出た人なら体験した事もあるだろう。仕事が出来て、気が使える人と、仕事を押し付けて、文句や悪口を言う人。説教を素直に聞けるのはどちらか。ミスを犯した時にどちらなら許すだろうか。

 そう問われれば殆どの人は前者を選ぶだろう。

 

 その為にしてきたわけでは無いが、リーン達は原価以下の金額で商品を売り、スタンピードの際には無償で貴重なポーションを売り、国民に還元して来た。

 では反対に貴族院は良い行いをしてきたか。何か国民に還元して来ただろうか。

 特に何もしてきてない。

 愚王を野放しにして、自分達の肥やしを増やしに増やしているだけ。

 今貴族院が叩かれていないのは、ただ愚王が愚王過ぎるのと新聞社への根回しのお陰だ。


「…じゃ、じゃあー、やるぞ?」


「はい。お願いします」


 キングストンは深呼吸を2、3回して両手で力一杯に握りしめた剣に視線を向ける。


ーーサクッ


 地面に思いっきり差し込まれた剣を相変わらず握りしめたままのキングストンは再び深呼吸をして、静かな森の囁きに耳を傾ける。


「…おおおおおおぉぉぉー!!!りゃゃゃゃああぁぁあ!!!」


 中々の気合の入れようだ、と呑気な感想を抱く。

 リーン以外の3人は静まり返った空間の居心地の悪さを感じているが、リーンが話し出すのを待ってそのままだ。リーンが座り込もうとしたその瞬間。


ーーゴゴゴゴゴゴゴ…!!!!!


 左右に揺れる大きな振動と下から突き上げられる様な衝撃。正直普通の人なら立っている事もやっとだろう。


「…どうだ。こんなもんだろう」


「はい。ありがとうございました」


「…何か反応が薄くないか?」


「そんな事ありません。充分に驚いています」


 割れた。地面が割れた。

 それはもうパックリとだ。

 元々観光以外でエンダの森へ人が来る事は殆どない。以前は往来が沢山あったが、森で薬草が取れなくなり、魔物が増えて、更には高ランク帯ばかりになってしまってからはめっきり無くなった。

 なら、もう此方に来れないように森と街を分断してしまおう、と言うのが今回の用件だった。


「…殿下」


「あぁ、そうだったな」


 レスターの問いかけにキングストンは一言だけ返して剣を鞘に戻す。

 何のためにこんなことをしていたのかと言うと、魔物の侵入を抑えるためだったりする。

 レスターに【勇者】について詳しく説明してもらった際にサラッと言っていた事を思い出しのだ。

 それは“ベンジャミンの大冒険”の一節。



   “その光景に父を思い出したベンジャミンは 

   男性から貰った力で双方の軍の間に亀裂を作り

   圧倒的な力は戦意を失くさせ 平和になった”



 実際にこれをやって貰ったのだ。

 勿論レスターもキングストンもこれをやると伝えた時は当然驚いていた。

 イアンはノリノリで、実際リーンもかなりノリノリだったので、殆ど押し切った形だった。


ーーそれくらいなら余裕ですよね?


 と、挑発的で生意気に詰め寄ったのは言うまでも無い。


「本当に亀裂…できましたね」


「…?リーン様の時よりは少々小さいですが、魔物対策程度ならこのくらいで充分です」


「私の亀裂ですか」


「先日の出来事はイアンから聞きました。リーン様が剣を振り払われただけで音もなく静かに地面が裂けて行ったと。ご安心下さい。後に木々が倒れたり、急な地殻変動で揺れはしましたが、街の方で怪我人はありませんでしたよ」


 如何やら、リーン自身もやっていたらしい。思い当たるのは、カミノハナを摘みに行ったあの日。熊を一刀両断した時に剣についた血を振り払った、あの時だろうか。寧ろあの時くらいしか剣を抜いてない。

 それで納得いった。

 リーンがここに呼ばれたのはリーンが実際に一度やっているからで、態々キングストンを呼んでやらせる必要がなかったという事だ。

 更に言えば、もしかしたら失敗する可能も見越していてリーンにやって貰うつもりだったかもしれない。


「ご苦労様でした。これでまた新聞の一面は殿下でしょうね」


「…お前がやれば、同時に噂も消し飛ぶんじゃないか?」


 キングストンの答えに首を傾げる。しかしキングストンも何故首を傾げているのか分からず、同じく首を傾げてみる。


「仮に私がやったとして、私がやったと名乗り出ても信じる者は少ないでしょう。何せこの国には【勇者】がおりますから」


「…確かに、神話通りだったからな。皆、俺がやったと思うだろうな」


 リーンが何者であるかを隠しておきたいレスターの視線に何となく気が付いていたキングストンも急な知らないフリでしどろもどろに言い訳をする。


「そうです。リーン様のお手を煩わせるなど、貴方はアホですか」


「アホ…か。仮にも俺は王太子なんだがな…」


「私はこの国のものでは無いので、謝っても無いですし、貴方への忠誠心も全くありません」


 疲れた、と言わんばかりに頭を垂れるキングストン。


「私の手を煩わせるとかは良いんですが、寧ろ嘘をついたと噂になるのが面倒で。それで殿下にお願いしてたのですが」


「…すまん。正直俺にあんな事が出来るのか分からなかったんだ」


「別に気にしないでください。私達はもうそろそろお暇しますので」


「…」


 無言の視線を送ってくるキングストンにリーンは満面笑で頷く。それを見てキングストンは再び頭を垂れた。

 

「まぁ、今日のお陰で貴族院は少し慌てるでしょうから良い仕返しになりました」


「「「…?」」」


 リーンのその言葉の意味を理解出来たのは次の日だった。


「お手紙でございます」


「…下がりなさい」


 手紙の差出人を見て、部屋にいた全ての使用人達を廊下は出す。その行動に怪しく思う者は居るだろうが、内容を見られるよりはマシだ。


 明日市井で出回る朝刊の内容の変更を

 お知らせいたします 是非にご覧ください


(…クソッ。やられた)


 朝刊の一面は昨日の地震に関しての記事。


 “キングストン王太子殿下

  魔物の侵入を防ぐために森との間に渓谷を作る!”


 などと大見出しで出ており、鼻高々に剣を掲げるキングストンの絵が描かれていた。


(明日は奴らの醜態が晒されてる筈だったのだが…)


 頭を抱える。

 今日の朝刊ではとある商会の裏取引の話について書かれる予定だった。最近何かと周りを嗅ぎ回る五月蝿い鼠を追いやる為に国民を焚き付ける為の噂だ。

 これで国民から更なる攻撃をさせる予定だった。

 商会の実名は出さない。とても安く、良い商品が買えるとある商会、と買いておけば勝手に想像して勝手に思い込む。人間の心理だ。それに例え嘘だとバレたとしても言い逃れが出来る。

 完璧な作戦だった。

 しかし、新聞社との取引きにも少しは条件がある。その一つが大きな事件、出来事、イベントなどがあった場合は其方を優先する、という事。

 それを優先しなければ『何故昨日の地震について書かれる書かれてないのか』などと新聞、そして新聞社を国民が疑いを持ってしまうからだ。


 それから数日は王太子殿下の話題で新聞は持ちきりだった。




 



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