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動き出す


 


 あのスタンピードの次の日は王太子が【勇者】になった話で街の噂は持ちきりだった。新聞の一面をデカデカと『大規模なスタンピードだったのにも関わらず犠牲者はゼロ!!王太子も無傷だった!』と大見出しで飾るほどだった。

 かと言って油断が出来る状況では無い。魔物はまだまだいる。暴走が治っただけなのだ。

 このままではまたすぐにスタンピードが起こっても可笑しくない程にこの国の上層部は腐れきっている。


 

 そして漸く国民達は動き出す。

 これまでの10年、国民達が現王の馬鹿な政策にも、抱え切れないほどの税にも、沢山の失策にも耐え続けてきたのも全て先王であるアゼルフィート王その人のお陰だ。

 先王は兎に角厳格な人でしかもその厳格さが向けられたのは国民にではなく、自身にのみ向けられていた事、そして国難を幾度となく救った治世。全てに置いて王たる人だったからなのだ。

 先王は国民から愛されていた。

 現王が許され続けていたのはその前王の子と言うだけの言わば温情に過ぎなかった。

 

 

 そんな先王アゼルフィートが亡くなったのが今から11年前の事だ。当時ポーションのお陰で長寿の国としても有名だったダーナロ王国で53歳と言う若さで亡くなった偉大なる王のその存在の大きさから嘆く声がとても大きかった。

 そして当時王太子だった現王ファルビターラ王が即位した。それから1年後にあの国民を半分にまで減らした病が流行したのだ。

 アゼルフィート王ならば…と国民誰もが思ったに違いない。しかし、ファルビターラ王が即位間もない事もあり、愚行と罵りながらも国民は耐えたのだった。

 歴代で1番愛された王の子。

 それだけで10年耐え続けて来た国民達の我慢の限界は直ぐそこまで来ていた。

 そしてそれは今日訪れてしまったのだ。

 国民によるクーデターの始まりだった。

 それもこれも先王の生き写しと名高い優秀な王太子が【勇者】になった事、スタンピードを簡単に収めたと言う事が後押しして始まったしまったのだ。

 一気に動かされた国民感情はその日のうちに男達に昨日まで畑を耕していた鍬をその手に携えさせ、女達には戦う男達を支える為に準備をさせた。

 

 そんな事が起こっているとは知らずにふんぞり返る男が王座に1人。

 愚王と名高いダーナロ王国の現王その人だ。

 緊急事態だと呼ばれて座ったのがたった1分前であるのにも関わらず、貧乏ゆすりをし、あたりをキョロキョロと見渡し、隣にいる王妃に話しかけ…その落ち着きのなさは彼が何たるかを知らしめている。


「立て篭もりとは一体どう言う事態だ?」


「王…これは離反いえ、国民達の反逆だと思われます。城の前には頭に血が上った国民達が大勢押し寄せており、門を閉めるほか無かったのです」


 騎士の恰好をした男が平伏しながらしっかりと伝える。しかし、王が本気で聞く気がないのは見るよりも明らかだった。


「我が王太子がスタンピードを収めたと言うのに暴動?どう言う事なのか。それに立て篭もり?これでは私の権威は示せないではないのか。直ちに開門せよ」


「…し、しかし、今にも鍬や鎌を手に殴り込もうとしているのを騎士達が必死に止めている最中でして…」


 何よりも自身の権威に執着し、それでいて特に成果の出る政策をすることは無い。国益など考える事もなく自身に少しでも利益の出ない事ならば全て却下し、私利私欲を満たすために国庫を使う。何よりも現王妃と愛娘ルルティアを優先させてその犠牲になった者は数知れない。


「必死に止めているだと?ただの農民相手に手こずっているとは。お前達ちゃんと鍛えているのか?そんな愚民共などさっさと殺してしまえば良いだけの簡単な話ではないか。王に逆らった時点で皆どうせ死刑だ。それが少し早まっただけの事だろう」


「しかし!王よ!現在は10年前に比べて国民の数は半分以下にまで減少し、現在も減り続ける一方。このままでは減った税収が更に減り続けます!!」


「なら増やせば良いでは無いか」


(また税を上がるつもりか…もう払えるわけがないと言う事もわからないのか)


 呆れる騎士達、宰相、高位貴族達の耳を更に疑う発言が飛び出す。


「そうだ良い事を考えたぞ!国民を増やすために子供を産ませればいい。男はどの女にでも種付けできる制度を作ろう!」


「…な、何を仰っているのか…私には分かりません…」


 その場に冷たい風が通り過ぎる。

 何故そんな事が笑顔で平然と言えるのだろうか。

 騎士の中には女性だって居る、勿論集まった貴族達の中にも女性は何人もいる…それをこの王は知らないのだろうか。知っていて言っているのだろうか。不快に思うとは思わないのか。


「ファビル様。それではこの私もこの汚らわしい男どもに襲われてしまうではありませんか」


 言い方は良くは無いが王妃が王に反対してくれた事にホッと肩を撫で下ろす。


「…なので、私と…そうですね、ルルティアは外して下さいね?」


「おぉ、この私に逆らうようなアホが居るとは思わないが、お前達が危険に晒されるのは困る。そこはきちんと政策内容に入れておこう。宰相やっておけ。忘れず王妃とルルティア以外にするのだぞ」


「…か…しこまり、ました…」


 冷たい風を通り越して凍り付く王座の間。

 報告に来た騎士達は皆考える。ここにいる高位な貴族達は今現在も門の前では国民と騎士達が争いあっていて、死人も出ていると言う事を知っているのに、仲間が死んでいると言うのに、国民が死んでいると言うのに…誰も何も言わないのか?

 そしてそんな最中に何故この様な卑猥な話をしているのだろうか。こんな事が罷り通るのがこの国の現状なのか、と。


 この一件が全貴族達に知れ渡るのもそう時間はかからなかった。そして此度の件で流石に貴族周辺からも王太子が国王になる事に味方する者が増えていった。

 大々的には公表せずとも王太子側に付いた者も多く、王太子周辺ではどう王を王座から引きずり落とすのか話し合いが繰り広げられていた。




「…リーン様、この度は大変光栄な名誉を頂き誠に感謝しております。私どもは王太子と共にこの国を愚王から取り返す準備を進めております。そこで1人ご紹介したい御仁がおりまして、その機会を与えては頂けませんでしょうか」


「紹介…ですか。どうぞ、入ってもらって下さい」


 いつもにまして丁寧な挨拶をするランドマーク侯爵にこれから起こるであろう事を予測して促す。少々厄介な事になっているのはこの場の雰囲気で察した。


「初めまして、リーンハルト様。私は前王妃でキングストンとルルティアの母のマルティアと申します」


「王太子殿下と姫君のお母様でいらっしゃいましたか。この様な場所にお越し頂き誠に光栄で御座います」


 元王妃と名乗るマルティアは身分を隠す為か身なりは平民に相当する質素なものだったが、名乗った通り質素な身なりでは抑え込めない程に王妃と呼ぶに相応しい美しさと聡明さを併せ持つ女性だった。


「突然の訪問にも関わらず、お逢いくださり誠に有難う御座います。今回の件に私も参加させて戴きたく思い恥を偲んで参上致しました」


「恥、ですか」


「はい。お恥ずかしながら…これからお話しさせて頂きますのは、私の一生の恥で罪で御座います。これは自己の満足では有りますが、リーンハルト様の一考になればと思った次第です」


 丁寧に丁寧に、一言一言紡ぐ様に話すマルティアに緊張と焦燥感が滲み出る。ハンカチで額の汗を拭う仕草がその緊張と焦りを体現している。


「王妃様…とここは敢えて呼ばせて頂きますが、お話し頂けるのは結構ですが、既に私が成すべきことは終わりました。なので後は其方の出方次第と考えております。王妃様のお話が私の一考に関わる可能性はない、と思います。マルティア様の自己満足と申されるのでしたらお話は伺いましょう。しかしそれまでです」


「…感謝致します」


 かなり厳しい事を言っているのはリーン自身も自覚している。敢えて厳しく“王妃”に言ったのだ。マルティアの話なら聞く、と元王妃と名乗った彼女に釘を刺したのだ。王妃の手伝いはしない、という事を。




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