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大厄災



「リーン様。ミシェルに何かお手伝いできる事はございますか?」


 此方にきてからというもの世話に関しては殆ど全てレスターに一任している。レスター自身それを趣味としている事から彼が1人で行動する事はリーンが商会に行っている間以外はないが、かと言って無理に休ませるのも無理なので、正直サンミッシェルに頼む仕事は全くない。

 リヒト達だが、何故か着替えの洋服から寝衣に始まり、朝支度用品、お風呂用具に至るまで数日分の大荷物が完璧に用意されていて、急遽の訪問にも関わらず此方で買い揃える様子もなく、元々用意してあったのだと容易に想像できた。

 よって長居する予定なのは当然で筆頭メイドであるサンミッシェルが先を見越してこの申し出をするのは手持ち無沙汰になるメイドとしては考えられる事なのだが、一様お客として留まっているのでどうしたものか、と考える。

 我関せずでリーンの執務室に集まっているリヒトは優雅に紅茶を飲んでいるし、その護衛のジャン達4人組も近くで控えているが目も合わない。

 案を出す気は無いらしい。


「お屋敷はどうされているのですか?主人が居ないと…」


「ログスに全て任せているので問題はありません。私が帝都に腰を下ろす以前は社交シーズン以外は誰も屋敷に出入りして無かったので皆んな気ままに過ごしているのでは無いでしょうか」


 淡々と当たり前のように話すリヒトにそんな者なのだろうか、と納得する。


 そして、それは突然に起こった。


「…リーン様、先程キングストンから文が届きました」


 珍しく騒がしい屋敷の中でのんびりと紅茶を飲んでいたリーンの執務室にレスターとイアンが飛び込んできたのは昼過ぎの事だった。


「間に合わなかったようですね」


 レスターは流石に皆んなに聞かせる事を躊躇して耳打ちする。


「そのようです。此方の畑付近でも魔物が確認されており、すでに被害者も出ております。このままだと…いえ、あと半月もすれば飲み込まれるでしょう」


 魔物の反乱。スタンピード…それはこの世界で何よりも大きな大災害だ。エンダの森から溢れ出した魔物による人里の襲撃は守りの厚い王都や高位貴族の領地以外の地方都市では対応が追い付かずひとたまりもない。

 ロビティーは伯爵位の領地なのでしっかりとした防壁があるが開けた畑は防壁外にあるので危険だ。



 リーン以外誰も知らない。何故この世界に魔物が生まれ、増えるのかを。魔物は瘴気から生まれてくる。

 その源となっているのは人間達の強欲や大罪だ。

 瘴気は森の生態系を壊し、瘴気そのものが魔物となる、又は瘴気を吸い込んだ動物や植物、人間などを魔物へ変えていく。

 マナの少ない弱者から犠牲になっていき、強いものでさえも長い月日をかけて吸い続ければやがては魔物になってしまう。


 人が罪を全く起こさない、欲が全くない、そんな世界は存在しないだろう。必ず生まれてくる魔物も少数なら寧ろ魔法石という大きな恩恵となるのだ。

 発生条件を知らないこの世界の人達からすれば、魔物が居るのが当たり前で、仕方がない事だと思っている。


「スタンピードは何処で起こったのですか?」


「王都から1番近いモスコ村の森で起こったそうです」


 王都から2日の距離にあるロビティーも被害は免れないだろう。何よりロビティーは森と隣接している都市だ。防壁はあるが近すぎて対策も取りずらい。


「【勇者】はこの国に居なかったよな?」


「そうですね。なので【勇者】に今すぐに解決してもらう、と言う事は難しいですね」


 イアンの言う【勇者】がどれ程の物なのか正直知らない。レスターが言うのだからこのスタンピード中に【勇者】が現れることも無いのだろう。結果この話は平行線にしかならない。


「【勇者】なら…出来れば、あの王太子が良いですね。味方なので扱い易いですし、国を纏めるにも王を諌めるにも有益になるでしょう。他に適任者は思い浮かびません」


「「…」」


 何故か黙るレスターとイアン。

 驚愕の表情、だろうか。

 レスターは【勇者】は似合わない。正直おかんぽい。イアンは強いので似合わない事もないが戦い方は暗殺が専門なのでなんとも言えない。2人と今後も一緒にいる為には【勇者】と言う縛りは邪魔だ。

 見ず知らずの人になられても寧ろ自分達には恩恵が薄い。なら、身内ではない近場でちょうど良さそうなのはキングストン王太子殿下しか思い浮かばなかった。


「嫌がるでしょうか?」


「…いえ、寧ろ本望かと。確かに私もイアンもリーン様と離れるつもりは無いので依存はありません」


 こんな話も無駄だけど…、そんな感じで呑気に飲んでいた紅茶をクルクル回す。

 紅茶から視線を外して前を見据える。


「リヒト様、この国でスタンピードが確認されました。すぐにでも帝都にお戻りを」


「…リーン様…いえ、」


 リヒトは何か言いかけて止める。

 手伝いを申し出ようとしたのだ。それと同時に自身の立場を考える。曲がりなりにもリヒトはアーデルハイド家を継ぐ嫡男であり、騎士団の少佐である。立場を弁えると他国への勝手な感情は出来ないし、報告の義務もある。帝都にこのまま戻るのが妥当だと本人も理解しているのだ。


「幸い、確認されたのはロビティーから馬で2、3日の街です。早めにご出立なさってください」


「…分かりました。何かありましたら直ぐにお知らせ下さい。…勿論、約束をお忘れではありませんね?」


「はい。私が自由に動けるように、ですね。リヒト様、ありがとうございます」


 悔しさで歪んだ笑顔で言うリヒトに感謝を述べる。リヒトの立場ではそうする他ないのだとリーンもそしてこの場にいる誰もが理解している。だからそこ悔しがるリヒトにかける言葉を失っていた。

 その後、聖王国と繋がっているスイに連絡を取ってもらいそのままビビアンに頼んで帝都まで送ってもらうことになった。

 無事邸宅へ着いたと言う連絡を確認した所でリーン達も動き出す。


「レスター、守備は整ってますか??」


「【賢者】ティリスとビビアン教皇猊下と冒険者達の協力もあり着実に市井に広がる前に食い止められております。一部被害も出ておりますが、イッシュのお陰で死者数も最小限に留められております。キングストン王太子殿下からの報告では早速その件で王室側に目をつけられた様ですが、其方も問題はございません。ランドマーク侯爵が宰相と交渉して下さったお陰で国王にはまだ詳細は伝わってない様です」


 これは順調に回復してたかに見えたダーナロ王国影を落とす出来事だ。

 今は逃げる算段を整えるために蓄えを買い込んでいるが、その後はブロッサム商会も客足が減少すると容易に想像できる。

 

「待たせたな、先触れを出しておいて正解だった」


「はい、お陰で準備は整っています。では、レスター、始めましょうか」


「大丈夫なのか?これ以上は私も庇い立ては出来ないぞ」


「キングストン王太子殿下、貴方は此方が捉えたもの達の処分をして頂くだけで結構です」


「…あぁ、それは任せろ」


 リーン達が向かったのは街の中央広場にほど近い自身の商会だ。いつもなら露店で賑わっている広場を窓から見下ろす。そこには喧騒と共に沢山の人達の長蛇の列が出来ている。

 


「はい、では次の方」


「次は俺だ!!妻がケプリュスの毒にやられたんだ!早く出してくれ!」


「それなら解毒ポーションも1つ入れておきます。お一人様5本までです。念のため体調が回復しない時は回復ポーションも飲んだ方が良いと思われます。この処方箋を受付に持って行き、ポーションを受け取ってください。…大事にお使い下さいね」


 広場に集まった人だかりの目的はポーションだ。こればかりはどんなリスクを冒してでも確保して置きたい。ポーションを常用していて実用性、効果・効能を知っているダーナロ国民なだけにそれだけの代物なのだと皆理解している。


「私達一般市民でもあなたの事は存じております。やはりシェアマス家の…亡き父上のご意志…継いで… 本当、あ、ありがとう…ございます」


「いいえ、それは違います。私はつい先日まで路上生活をしていたのです。ポーションを持っている訳がありません。これは私の主のご指示に従ったまでです。主人はこの国の方では御座いません。10年前の出来事も噂にくらいは知っているやもしれませんが、シェアマス家とは何の関わりもないお方です」


 《鑑定》による異常状態の確認を終えたアンティメイティアは俯くように視線を地面に向ける。その表情はとても悲しそうだ。


「…この国の、人間じゃない…って…まさか……あの屋敷の…」


「彼の方は、そういうお人なのです。皆さんに知ってもらう必要はありません。貴方は心に留めておいて下さいね」


「…あぁ、勿論だ」


 こうして長蛇の列が無くなったのは翌朝の太陽が天辺で燦々と輝くまで続いた。

 空になった店内には疲れ果てた従業員達が泥のように寝ている。


 不眠不休で対応に当たってくれた本店、支店の従業員達と在庫確保と輸送のために動いてくれた職人達と使用人達に3日間の休暇と褒賞、感謝の言葉を伝えて、リーンも漸く屋敷にて休息を取る事が出来た。

 この怒涛の2日間の頑張りで魔物の流入阻止の為の取り敢えずの応急処置にしては功を奏したようだ。

 


 

 


 

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