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小さな花の芽



 いつもと変わらない執務室。

 レスター、イアン、ミモザがいて仕事の話や報告をしている。それをリーンはレスターが入れた紅茶を啜りながらボーっと眺めていた。

 見てたと言っても頭の中は事更違うことを考えていた。それは先程届いたばかりの新聞の内容。


 近頃市井に流れている噂について書かれていた。

 リーンが帝国から来たこと。少し前に帝国と聖王国付近の森が氾濫したこと。そして聖王国とも繋がりがあること。それらの詳細を事細かく書かれた新聞。大見出しは“帝国は聖王国と手を組み、転移魔法を使ってダーナロに魔物を送り込んでいる!!”だった。

 その実行責任者として来た間者はリーンなのだと決め付けられていた。

 勿論そんなはずがある訳が無い。

 よくよく考えれば分かりそうな作り話なのだが、都合良くもリーン達の商会は【賢者】ティリスの転移魔法が施されているし、森の氾濫解決後に帝国を発ったというタイミングの良さから信憑性が高いと判断されたのだろう。

 それだけ国民に“新聞”は情報源として信頼されている様だ。

 それもこれも全て王室側に組みする貴族院の仕業だと調べ始めてすぐに分かった。国民から愚王と罵られ、酷い国政を行おうとも、寧ろそれが有益となり得する人間もいる。

 現に現王ファルビターラが即位してから勢力をどんどんと増してきた貴族家は沢山ある。その筆頭、マンチェスター伯爵家は群を抜いて勢力を増した。当主は代々王室の騎士団長を務めていて、更には貴族院(王の助言機関であり、統治機関でもあり、更に王国の諮問機関でもある)に属しており、その実権をも握っている古参の貴族である。

 そして、その当主としての手腕も見事なものだ。兎に角上の者へ取り入るのが上手い。見目麗しいと噂の息子セヴァン・マンチェスターを現王妃メルーサの護衛騎士として付ける事で彼を気に入った王妃から格別の庇護を貰い、同時に王に口添えも出来る様に取り計らっている。


 ぼー、と紅茶を回しながら眺めていると、戸が閉まる音が聞こえたので視線を上げた。

 レスターとミモザが部屋を出て行ったのだと分かると紅茶を置いて、近付いてくるイアンに視線を合わせる。

 イアンは如何にも退屈だ、とでも言いたそうな態度でリーンが座っている椅子の肘置きに寄りかかる。


「そろそろ出掛けるか?」


「良いのですか?それなら森にも行きたいのですが」


「あぁ」


 割と呑気な対応だ。まるで自分がいれば大丈夫だと言っているかのよう。正直、イアンがいるならば例え20人の盗賊に襲われても問題ないと断言できる。

 イアンは強さだけではなく、察知能力もずば抜けている。天性の感のお陰も強いがそれだけでは無い。経験の差だろうか。多分だが、襲おうとした瞬間にはもう時すでに遅し。知らない間に壊滅している。イアンはそういう事を簡単に成し遂げる男なのだ。


 流石に部屋着のままでは外に出れない(出してくれない)のでミモザに手伝ってもらい着替える。その手早さにサンミッシェルをふと思い出した。

 皆んな元気にしているだろうか、と。

 ミモザに整え貰っている最中にリヒト達と繋がっている“タブレット”をイアンに取ってもらい簡単な文章を書き込む。書きながら右耳に髪をかけてピアスにそっと触れる。

 着替えが終わり、タブレットを机に戻して部屋を出る。


「では、行って参ります」


「「「「いってらっしゃいませ」」」」


 皆んなに見送られて馬車で屋敷を後にする。

 連れてきたのはイアンとキール。

 馬車の中からの景色を新鮮な気持ちで楽しむ。意外にも馬車でロビティー内を回るのは初めてだった。

 これもレスターからの約束の1つなので散歩とはいかないがこれはこれで良しとする。

 街並みを眺めるリーンにキールが問う。


「何処に行くか決まっているのですか?」


「軽く露店街を見た後にエンダの森に行ってみようかと」


「イアン様…」


「んー、まぁ大丈夫だろ」


 未だに森は危険だ。

 戦闘に関してはイアンに任せきりになる。レスターからの約束その2で念のための剣も携えてはいるが、使い方がわからないので相当良い剣なのだろうが、今はただの鉄の塊だ。

 安心して森に行けるのもイアンのお陰だ。

 なので当然心配しているのは森では無く街の方なのだろうが。


 馬車で乗りつけた露店街。

 当たり前だが、露店街はいつも通りの賑わいを見せている。そこからほど近いリーン達の商会にはいつも通りの活気が溢れている。

 その恩恵なのか余裕の出た市民達も露店を楽しむようになってようで観光客だけだった露店街が更に人々で溢れ返っていた。


「ここまでとは…」


「露店の商人達は儲けてるだろうな」


 そんな露店街を馬車の中から見たまま御者側の壁を叩き出るように合図を出す。これでは散策などもっての外。降りる事なく再び馬車が走り出した。

 

「あのさー、リーン。ちょっと確認したい事があんだけど」


「はい、何でしょうか」


「まぁ、大丈夫だと思うけどさ、俺だけで足りるか?」


 魔物と戦う姿を見たのはこの世界に来たばかりのあの日だけ。あの時は倒し方も分かっていたし、屈強な男達が沢山いたのもあり、かなり平然としていた。

 エルムにいる間も何度も命を狙われていたが、アーデルハイド家という強力な後ろ盾もあり、傷一つ付く事なく無事だった。

 前世でも武術や格闘技など習った経験も無いし、剣術なんて当たり前に知らない。身体を動かした経験自体が皆無で、頭を使う方がよっぽどマシだ、と思うほどに運動全般に苦手意識を持っている。まぁ、だからと言って勉強が得意だったわけでも無いが。剣の扱いは出来て精々振り回す程度だろう。それも体力的に厳しそうだ。


「問題ないですよ、イアン。でも私は戦力には数えないで下さいね」


「森なんかに何しに行くんだ?」


 イアンの問いに言葉が詰まる。

 正直リーンもそれは何故かは分からなかった。少し前から何故か行かなくてはならないような衝動に駆られていて、それは今後必ず必要になる気がしていたのだ。

 ある朝、起きたら突然そう思ったのだから説明のしようもない。それから外に出る機会がなく、先延ばしになっていただけだったのだから。


「まぁ、いいや。俺はお前に言われた通りにするだけだし。あ、これは俺が決めたから自由だろ?」


「そうですね。自由です」




 エンダの森の中は相変わらず薄暗い。

 人の手が入らなくなった森は草木が生い茂り、日差しを遮っていて道などない。

 イアンが掻き分け、草を踏み倒し、枝をへし折り、進み易いようにしてくれなければ、至る所にかすり傷を作っていただろう。

 それでも心配するキールはリーンの手を握ったまま離さず、手を引きながら注意深く当たりを見渡し安全を確保しつつ進む。


「次くるぞ」


「はい」


 森の中は混沌としていて当たり前のように魔物が襲ってくる。この数分だけで一体何体の魔物が襲ってきたのか、初めは数えていたが多すぎて流石に辞めた。

 しかし、それをものともせず進み続けるイアンは本当に強いのだと言う事を改めて実感する。


「歩けるようになってよかったな」


「そうですね、自由です」


「いや、抱っこから引率なったって話だ」


「…」


 2人の会話に首を傾げるキールをそっちのけでイアンの悪態を突く様子に少しの驚きと同時に嬉しくなる。少しずつだが、人間味が増してきたようだ。


「森ん中にこんな場所があるとはな〜」


「綺麗ですね…」


「ここが目的の場所です」


 森に入って30分くらいは経っただろうか。

 リーン達の目の前には大きな木を取り囲む様に咲く小さな花の花畑。きっと上から見たらそこだけがぽつんと開けている。そして何故かその周辺だけ空気が澄み渡っていて、この大きな木を守っているかのように見える。


「何をするのですか?」


「この花をキールに株分けをして貰おうと思いまして。一本でどのくらい出来そうですか?」


「…そうですね、この花は1回が限界の様です」


「分かりました。では持てるだけ頂いていきましょう」


 2人にはあの花の持つ不思議な力は分かっていないらしい。沢山生えている小さな白い花はリーンにはとても輝いて見えた。

 如何やらその感覚は合っていたようで花を摘んでいると森に行かなくてはならない、と言う漠然とした衝動は無くなった。


「屋敷に戻ったら《成長》させて下さい。これからとても大事なものになる筈ですので」


「…はい」


 キールは株分けしたばかりの小さな花の束を大事そうに持ち見つめていた。イアンは何も言わず来た道を戻ろうと背を向けた。


ーーグロオオオォ


 背後から突然の耳を劈く様な獣の鳴き声。

 イアンは咄嗟に振り向く。


「リーン!!!!」


 …少しの沈黙の後に倒れ落ちる大きな音が静かな森に響き渡る。


「珍しいですね。イアンが気付かないなんて」


「…そうゆう時もある。俺に対しての殺意には敏感だがな……お前にやらせてしまって悪かった」


「いえ、誰も傷ついていないですし、問題はありません。多分…ですが、この花を持ち去る者に襲いかかるようになっていた様です」


「…ハルト様、お洋服が…」


 ベットリとしたシミが身体から手に持つ剣にまで赤く染めている。肌に纏わりつく感覚がとても気持ち悪い。

 剣を軽く一振りし、赤を振り払うと鞘に収める。心地よい金属音が辺りに響いた。


 2人の反応に若干の戸惑いを持つリーン。

 武芸に学が全くなく、男とは言え線の細い体躯のリーンが目の前で凡そ3メートルはある巨大なクマをたった一振りで切り倒したのにも関わらず、気にするのは服の汚れと手を煩わせた事なのだから。

 この事態に此処にいる誰よりもリーンが1番驚いている。どうやってこんな巨体を切り倒したのか、どうやってこの細い体躯でこれだけの力を繰り出したのか、どうすれば巨体を一刀両断する程の妙技を繰り出せたのか…考えれば考える程堂々巡りで答えに辿り着く事はなかった。









 

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