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王女の我儘





   あぁ、視線が痛い。

   またどうせ我儘姫様のせいで国税を

   無駄遣いしている、とでも

   思っているのだろう。

   そんな事はどうでも良い。

   私はこの国の唯一の姫なのだから。


「此処はもっと白いペンキでやってちょうだい」


「し、しかし…それでは予算が…」


「予算?そう、お父様に後で言っておいてあげるからよろしくね」


ーーヒソヒソ


   こんな噂はどうでも良い。

   ストレス発散なら次よ、次。

   そろそろ、被服師が来る頃だわ。


「姫様。そろそろお部屋の方に。被服師達が来ております」


「そう」


 クローテライトが扉を開ける。

 ツカツカ、当たり前のように席につき、手を揉むむさ苦しい男どもが視界に映る。

 ルルティアが何処か焦った様子の男達に溜め息が出てしまうのは仕方がない事かもしれない。


「今までの服は全部処分しました。ドレスも室内着も全て新しいものする、と伝えていた筈だけど?」


(今日まで国の流行りなど気にせず、自分の好きな服ばかり着ていた姫が何故今更こんな事を言い出したのか)


 戸惑う被服師達の中に1人、我関せずな態度の男。1人だけかなり浮いているのは目に見るより明らかだ。

 今日は普段から衣類関係全てを任せている宮廷被服師達の他に国で有名になっている全ての被服師達を集めた。その為見慣れない顔がちらほら混ざっている。


「ねぇ、貴方。ドレスが作れるのかしら」


「はい、姫様。私はデザイナーを目指しているまだ駆け出しの者ですが、デザインにはかなりの自信があります。私の工房の被服師達は腕が立つのでデザイン画の通りの物をお作りできます」


「見せなさい」


 差し出されてボロボロになっているスケッチブック。何度も何度も消しては書いて使い回している。

 見せられたデザインはどれも前衛的で見た事もない物ばかり。

 女性が肌を隠す習慣のあるこの国でこれ程背が空いた物は見た事もない。これなんかは鎖骨から肩まで大きく出している。


「見辛いわ。でも好きよ、こういう新しいデザインは。今までは令嬢という令嬢全員が同じ物の色違い。嫌でもブリブリした物を着てたの」


「私はミロと申します」


「いいわ、ミロ。クロこの子に部屋と紙を与えて10着分のデザインを描かせるわ。用意して」


「畏まりました、姫様」


 青褪める宮廷被服師達。

 まさか、彼が選ばれると思ってなかったようだ。


「あ、あれは、宮廷被服師ではありません。よく分からない者に姫様のドレスなど…」


「でも、貴方達は他の者が着ていない服という条件で出してきたのはあのブリブリの子供服だけ。貴方達に新しい発想が有るのなら見てあげるわ」


 それ以上は何も言えない。

 姫に逆らうなど王の逆鱗に触れる。この国で唯一何しても許される人、と言っても過言ではない。しかし、此処で引き下がる訳には行かない。宮廷被服師として財を為してきた家紋、バッハラップ家。此処でその肩書きが無くなれば没落もあり得る事だった。


「ひ、姫様!わ、私の工房のデザイナーが描いたドレスもご覧下さい!新しく発見された生地を仕入れられまして…きっと気に入ってくださる筈です!」


「貴方、お名前は?」


「ロシアンと申します!ブティック・メトバローナの被服師です!」


 肩をプルプルと震わせながらも差し出してきた紙を受け取る。此方はまだ貴族達のお陰で少しの売り上げがあるのか、しっかりした紙だ。

 デザインも面白い。薄いレースによって完全でないが肌が透けている。隠しつつも見せている、と言うなんとも新しい発想だ。更に細やかな刺繍により華やかさもある。


「ロシアン。気に入ったわ。貴方の工房のデザイナーを連れてきて頂戴」


「ありがとうございます!!」


「次は?他にいないかしら」


 足を組み威圧感を与える。

 それでも声を上げる覚悟のある、それ程に自信がある物を出さないのならば見る必要もない。


「…お願いします」


「貴方名前は?」


「わ、わわわわたたたた、わた、しはミュン、ラット…で…す、」


 慌てすぎだが、それでも名乗り出た勇気を買う。少し若い気もするが、良い物が作れるなら問題はない。

 ミュンラットのデザインは更に珍しい物だ。この国のドレスといえば腰を締め付け、ゴツゴツとしたパニエを履き、顔と手以外の部分を隠す物ばかり。

 しかし、このデザインは初めて見る。女性の体の曲線を見せつけるようなタイトな作りで、それでいて腕や首元は締め付けないようにボリュームがある。


「貴方のも面白いわ。少し大人っぽ過ぎるかも知れないけど、私に似合うように出来るのよね?」


「勿論で御座います!姫様!」


「では、貴方もデザイナーを呼んできてくれる?」


「こ、これは、私が描きました…」


「あら、そう。なら、クロ。この子にも同じく部屋と紙を用意して」


 クロとミュンラットが部屋を後にして、残ったのは宮廷被服師達だけだ。


「で、貴方達のデザインも見せて下さるかしら?」


「い、いえ。あ、明日!日を改めて入場します!必ず、良い物を…」


「もう良いわ。明日も来なくて良いわよ。彼らに任せるから」


 本当に使えない。

 こんなチャンスも掴めないようなクズばかりだったとは。何のために嫌な想いをしてまであんなドレスを着てたのかしら。

 頭を抱えて首を振る。


ーーコンコン


「姫様…。お客様が参りました…」


「あら、もうそんな時間?クロは使いにやってるから貴方つきて来て」


「…はぃ」


「…早く、案内してもらえる?」


「あ、はい!失礼致しました…」


 背中を丸めてとぼとぼと歩くメイドについて行く。城は本当に居心地が悪い。誰も何も知らない癖にヒソヒソと噂ばかり。

 私がやった仕打ちは私だけが悪いの?

 主人の噂をあれこれヒソヒソ話してる貴方達も可笑しいでしょ?私は主人なのよ?

 ほんの少し前のあの穏やかな日々に戻りたい。

 例え会えなくとも、あの方を追い上げていたあの2ヶ月は本当に幸せだった。


「此方です。姫様」


 あれこれ考え事をしているうちに目的地に着いたようだ。メイドに開けられた扉を潜り抜ける。


「姫様。これは一体?」


 宮廷料理人のソフマックが突然の事に戸惑っていたのか、ルルティアが入ってきたと同時に飛びついて来たのだ。

 

「ソフマック・ルーデンス。私に触れないでくださらない?不敬で罪に問われたいの?」


「し、失礼致しました…」


「着いてそうそう料理を、と無理を言ってごめんなさいね。私、王宮の料理に飽きたの。流石に王宮の料理人を勝手には変えられないから、採用になれば職場は王女宮の方になるけど頑張って頂戴」


「「「「…」」」」


 集められた4人の男、宮廷料理人ソフマック・ルーデンスとその下働き達。

 ルルティアの発言に返答をする事を忘れて暫く口をパクパクさせている。

 戸惑うのも無理はない。本当に突然の事なのだから。

 王女宮の庭に建てさせているガーデンハウスも私が着る全ての衣服関係もそして新しく呼び寄せた料理人達も1週間前に突然呼び寄せた。

 勿論王宮、後宮、王女宮全てをざわつかせた。

 王は1つ返事で全てを了承し、予算組をした。

 専ら噂は全て我儘な王女に対してだった。


ーー市井はあんなに廃れているのに

ーー強欲な王女だ

ーーあんなのを王女とは言わない


 散々な言われようだ。

 しかし、今更何を言われてもいつもの事なので何も感じない。言わせておけば良い、そう思うだけだった。


「できたら持って来て頂戴。味見するから。美味しければなんでも良いわ」


 今は何も聞こえてこない暮らしをするだけ。

 噂をされる事に苛立ちを収められない。

 それならいっそう静かな場所に引き篭もるのも一つの手だと知ったのだ。

 ガーデンハウスだって誰も近寄らせないために作らせて、料理人も王女宮に引き籠るために呼び寄せた。服だってこれ以上あんなブリブリは着たくなかった。肌を見せるな、と言う反発は辛いだろうが、それでもブリブリの色違いを着るより1000倍マシだ、と言うのがルルティアの本心だった。


「姫様、料理をお持ちしました」


 不安そうな顔で料理を運んできたのは先程のメイド。何故彼女が不安そうなのかは知らないが、噂の王女の近くに居たくないのだろうと推測し、黙って運ばれて来た料理を口にする。


「優しい味ね」


「き、気に入って下さいましたか…?」


 彼女の格好はメイドの中でも下の下。下働きの制服だ。階級ごとに制服も変わる。見分けやすいように、下の下は黒で上に上がるにつれて色鮮やかになって行く。


「そうね、いつものは脂っこいものばかりで口の中がドロドロしてたの。特にこれはスープに旨みがあるから味は薄くても気にならないし、余分な脂は落としてあってとても食べやすいわ」


「そうですか!良かったです!これは私の父が作ったのです!」


 斜め後ろに控える顎髭を綺麗に切りそろえたコック服の男がコック帽を取ってペコリとお辞儀をする。他の3人も揃ってお辞儀をする。


「父は、その、人見知りで実家でも母が接客していたのですが、この不景気に煽られ…店を、母は亡くなり…元々病弱だったので仕方がありませんが…。父は、そのー、接客が出来ませんし、不景気でお客様もいらっしゃらないので店が…なので私は此方に奉公に来ていたのです」


「そう、どれも美味しかったわ。ご苦労様。早速で悪いけど今日の夜から宜しく頼むわね」


「「「「畏まりました」」」」


 遠ざかって行くの5人の嬉しそうに盛り上がる声がいつまでも耳に残っていた。



 




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