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オリハルコン



 ある朝。いつも通りの時間に起きて、いつもと同じ軽い朝食を取り、いつも通り家を出る筈だった。

 いつもと違うのは1通の手紙が彼の部屋の扉の隙間から投げ入れられていた事だ。

 差出人欄は見た事の無い文字でSとだけ書かれていて不明。ただ手紙はこの世界だと上流階級の者しか扱わない上質すぎる紙が使われていて、自身に当てられた手紙である事を疑わざるを得ない。それを凝視している彼はその事を重々承知で宛名を見るが、勿論間違えではなく。とても綺麗な字で書かれている自身の名前が浮いて見えた。


 彼はその手紙を慎重にレターナイフで開けて、これまた慎重に中身を取り出す。

 内容はとても簡潔だ。

 彼の雇い主であるトット・チベットを裏切って、彼を捕まえる手助けをして欲しい、という事。

 それは彼自身も望んでいる事である。ただそれは危険である事は間違いなく、そしてそれを考慮した上で報酬もあるらしい。

 怪しいと言えば怪しすぎる手紙だ。ただ、この手紙の差出人が彼に頼んで来たという事は彼が協力する可能性がある事を知っていて、尚且つ、それが容易に出来る立場にいる事も良く分かっている、という事だけはよく分かる。それにもし自分が逆の立場でも絶対に自分を引き入れようとするだろう、と思う。


「では、この名前も知らない“?さん”の思惑になってみましょうか」


 彼はニヒルな笑みを浮かべつつも、かなり上機嫌で身支度を済ませて部屋を出る。


「いるのだろう?ひとつ仕事がある。終わったらいつもの場所で暫くは大人しくしている事。何かあったら連絡をくれ」


 彼の呟きに返事はない。

 しかし、ササッという足音がして、彼はそれが返事だと分かり職場へ向かう。


 この場所にはとにかく沢山の人間の気配がある。彼はそれがとにかく息苦しくて堪らなかった。

 それと同時に自分だけが浮いた存在なのも分かっている。


「おー、お坊ちゃんが出勤されたぞ〜」


「「「ハハハハハハ!!!」」」


 汚い笑い声、薄暗く酒臭い室内、とにかく息苦しくて堪らなく、自身の仕事部屋に早足で飛び込むと大きく一息つく。彼はここに来るまで呼吸を止めていたのだ。

 そして、直ぐに机に直ると机の上に置いてあった資料を捨てて、手紙に同封されていた資料を新しく書き写す。

 これからこれを見せる相手は大商会の商人でありながら使っている紙の違いなどに気付きもしないただの馬鹿だろうが、そんな小さな隙をも無くしておきたい。

 スラスラと書き写せるのは彼が優秀であるのと同じぐらいに元の字が綺麗だからだ。

 差出人欄の見た事の無い“S”という字以外は彼自身も慣れ親しんだエンダ文字。

 エンダ文字はこの世界で最も多く使われている文字でこの国の公用語でもある。だからそこ“S”という見た事の無い字が彼の頭から離れてくれない。


 ササッと写し終えて立ち上がると、目的の場所にいつもより少し早足で向かう。

 そこは大商会と名高いチベット商会の一室。

 豪華絢爛と言うべきか…嫌味ったらしいと言うべきか…悪趣味と言うべきか…とにかくギラついた物で溢れかえっている。


「報告書をお持ちしました」


「いつもより遅いでは無いか」


「少し困った事がありまして、此方をご覧ください」


 淡々と話す彼をひと睨みし、少しの沈黙の後でその部屋で大きな怒鳴り声が響く。


「おい、これはどう言う事だ!どうなってる!!」


 そのだだっ広い部屋には報告書と書かれた紙をビリビリに破り捨てながら大声で怒鳴り散らかしている男トット・チベットと辺りに散らばる残骸を見てまたか、と心の中でため息をつく男の2人だけがいる。


「全て報告書通りです。何時、何処から、何故、情報が漏れたのかは現在確認中ですが、もうあそこは使えないかと。新たな場所は目下検討中でございます」


 相変わらずトット・チベットは怒りでワナワナと巨体を震わせているが、彼の目の前の人物はとても冷静で、スッとしゃがみ込んで散らばった残骸を拾い集めながら言う。

 拾い終わり、屑籠へそれらを捨てる。一連の動きを見ていたトットの怒りは更に跳ね上がる。

 

「どーにかしろぉ!!レスター!!!お前は優秀なんだろ!一体お前如きにワシがいくら出してると思っているっ!!」


「お言葉ですが、流石にこの状況では私の全力を持ってしても手の施しようがありません。今回の調査隊はあの皇帝直属部隊【オリハルコン】なのですから…」


「あ、あの…皇帝…直属…の…?」


 消え入るような声で漏らしたトットの顔は蒼ざめている。流石の彼も相手が相手なだけにこの事態はどうすることもできないと分かっている様だ。


 【オリハルコン】その名前を知らない者は帝国国民では無いと言われるほど有名な組織。子供達にはヒーローとして遊びの主役にもなるほどの人気がある。

 しかし、誰も知らないのだ。誰がその【オリハルコン】なのか、何処にいるか、何をしているのかも。分かっているのは皇帝陛下の直属組織である事。解決した事件の数々。隊長が残した逸話などの眉唾物の噂話程度だ。

 皇帝自ら報告される事件の数々にそんな事件があった事すら知らない者もいるほどに速やかに解決していく【オリハルコン】は国民的ヒーローとなっていた。

 その実態は隊長から部下まで3名1組、6つの小隊、総勢18名の隊員のみで構成、組織されており、一応所属は皆、騎士団になっている。ただ、【オリハルコン】のメンバーだとバレない様、普段はそれぞれ他の団に所属していて、そちらの任務もこなす。

 主に3人1組で行動しているが、諜報、策略、実行、全てを1人1人が行えるほどの実力者の集まりだ。もちろん入隊出来る条件は厳しい。志願が出来るものではなく、全て団長による推薦のみ。なので勿論入隊に当たっての不正は出来ない。しかも、陰で動く彼らを同じ騎士団の者ですら知らず、国民には【オリハルコン】が本当に存在するのかを疑う者もいるが自分達が命を受けていない事件や問題が解決しているので騎士団員たちは信じざる終えなかった。

 そんな極秘組織が【オリハルコン】なのである。


「くそっ、使えない奴らだ、トレースのやつめ…」


 何が起きたのか分からないような状況。混乱する頭で何とか絞り出した声はとても弱々しい。

 敵の全貌が見えてこないと言うのは相手が【オリハルコン】ならではの問題である。


「それと、もう一つご報告がございます」


「まだ何かあるのかぁっ!?」


「先程入った情報でまだ私の方では確認が取れていませんが、ハーベスター領にもあのグランドール家の当主ライセン様が向かわれているとの事。ですが、これは確認しなくとも事実でしょう」


 トットは聞き終わるか否か、机を思い切り殴った。悪くなっていくだけの報告に言葉も出ないのだろう。自由に使える領が無くなるのは惜しいが相手も悪過ぎるのだ。とても簡単に手が出せる相手ではない事を馬鹿なトットですら理解できる。【オリハルコン】はそんな相手なのだ。

 トットは殴って痛めた手を摩りながらぶつぶつと悪態を突いていたが、すぐニヤリと笑った。


「何故バレた。何処から漏れた。いや…大丈夫だ、焦る事はない。あの領を調べられても私の情報は何も出てきやしない。とにかく…あの土地さえ手に入れば良い、もうすぐなのだろう?また噂を流して客が寄り付かないようにしておけ」


「畏まりました。蓄えがついている今、あと半月ほどで納品分の支払いと土地の賃貸料に建物の建築費の分割払い分。小金貨3枚はとても払えないでしょう」


 レスターの返事に満足したのかニヤリと笑い、やっと手に入る、と楽しそうに言った。

 報告を早めに切り上げ早々にトットの執務室から出たレスターはこんな所に居たくないと言わんばかりに足早に去っていく。

 レスターは秘書兼交渉役としてとても忙しいのだが、そんな事お構いなしにトットは何もかもを丸投げする。またやる事が増えた、と文句も言いたいくらいだが、レスターの他にまともに仕事ができる者がここにいるわけもなく、喧嘩だけは得意そうな脳筋共め、と近くで楽しそうに次の襲撃について話す野郎共に悪態を突きながら、自分の仕事部屋に入る。


(こんな奴直ぐにでも畑の肥料にしてやりたいが…今はそのときではない。今は約束を果たさねば…)


 

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