コネクション
王宮主催のパーティー。いつもは肩身の狭い思いと陰口に苦しみながらも王家主催のパーティーを断る事は出来ず、必死に耐えながらも貴族としての務めを果たしてきた彼女達。
しかし、今日は違う。
彼女達が清々しい気持ちで此処に立つのはいつぶりなのだろうか。
リーンの肌には遠く及ばないながらも、今此処にいる全ての男女を集めても、彼女達の肌に勝る人はいない。
「私達は今日、此処にいる誰よりも美しいわ」
「はい。お母様」
会場内にアナウンスが流れる。
ーーランドマーク家 夫人ニフカ様 御令嬢ナターシャ様入場です
いつものように集まる視線も今日は寧ろ有難い。
どうぞ見てください。
「な、何んだ?ランドマーク家って…離反の…」
「お、お母様!あの方達…き、綺麗…ね…」
今、貴方が手を握っている絵画のような厚化粧の女にときめいているのはまやかしよ?
「…よく見ると、お前…」
「なッ!なによ!」
誰がどう言おうと今日1番美しいのは私達だ。
「あ、のお父様…あのお嬢様の…お名前は…」
「あぁ、あの方はランドマーク侯爵家のナターシャ様だ…いや、しかし…」
頬を染められようとも、跪かれようとも、全く興味はありません。
「…お美しい。此方を見てくれないだろうか…」
「本日のダンスの相手はお決まりですか?お嬢様」
美の秘訣?貴方達に誰が教えるものか。
「何をお使いになられてるのですか?」
「卵のように美しいお肌ですわね?」
ランドマーク侯爵はいつも言っていた。
この国民を大事にしない馬鹿馬鹿しい王国が生まれ変わる時が必ずくる、と。そんな強く、誰に屈しず、ブレることのない旦那を彼女は心から尊敬している。
そして、本当にその通りになった。
九節9年。誰がこの下剋上を想像しただろうか。
どんなに金を積もうとも手に出来るのは1部の選ばれし者だけ。リーンハルト様のお眼鏡に叶ったものだけ。こんなにも清々しい気分で此処に立てるとは思ってもいなかったのだ。
「国王陛下、並びに王妃殿下にニフカ・ランドマークナターシャ・ランドマークがご挨拶申し上げます」
「ご苦労」
「ニフカ、久しぶりね。なんだか雰囲気が変わったわ…。特にお肌とか」
此処は女の戦場。
誰にも話さなかったのはこの為。
この一瞬の大舞台で私達が勝つ為。
「王妃殿下にお褒め頂き、誠に光栄で御座います。とある商会から購入した“美容液”と“乳液”を使ったところこのように」
「ほう、聞き慣れない商品だな。近頃新しい商会が出来たとか。ブロッサムとか言うところかの?」
「流石、国王陛下で御座います」
見事に踊りなさい。リーンハルト様の手の上で…。
「お母様、お疲れ様でした」
「ナターシャも良くやったわ。ハルト様の御指示通り、王妃殿下に商会について流せました。楽しんでくださるかしら」
王宮のパーティー以降、その影響力はかなりのものだった。商会やレスター、シュミットとコンタクトを取りたがる貴族の群れが出来上がっていた。
彼らを更に奮い立たせる為、彼らの目の前で商会へ入って行く姿を見せたりもした。
案の定貢物は増えたが、本当に大金になる物は少なく、明らかに此方を馬鹿にした金を塗りつけただけのメッキ加工ですら無いブレスレットや気泡が入ったままの雑なガラスを嵌め込んだ指輪。王室からは寄越せ、と言わんばかりの催促状。これには流石に笑わずにはいられなかった。勿論心の中で。
そんな中でも此方を馬鹿せず、人としてもまともだった2家とコンタクトを取る事にした。この2家はシェアマス家側に着いていなかったので前回の選考には堕ちたが、所謂新興貴族で今の貴族社会に飽き飽きしているまともな家だ。どちらも男爵家ではあるが、領地は何とか維持している。
次の段階に行く時がきた。
「ニフカ様もお人が悪い。何も王妃に喧嘩を売らなくても…」
「しかし、効果は絶大です」
「そうですね。レスター、ハボックを呼んできてくれますか」
「畏まりました」
ハボックはブロッサム商会の従業員の1人。優秀なのは勿論、持ち前の美しさで奥様方をメロメロにしてきた、キールの師匠らしい。
ーーコンコンッ
「お呼びでしょうか、リーンハルト様」
「はい。《鑑定》になりましたよ」
「本当ですか!?」
商会の従業員として雇った彼らには重要な役割を課していた。それが《鑑定》スキルを習得する事。その為に仕事の他に無理のない範囲で勉学にも励んで貰っていた。
飢えに苦しんでいるのは何もこの街だけではない。王国中の国民が苦しんでいるのだ。全員を救う事が出来なくても、手の届く範囲は助けられるなら助けたい。
その為に彼らこれから出来る新たな支店の店長になってもらうのだ。流石に初めから《鑑識眼》を持っていたハボックは早かったようだ。
支店についてはハロルドの知り合い商人に口利きをしてもらい、商人ギルドに準備を一任した。ギルド側は仲介料を取れるので中々の仕事をしてくれた。
守りのイアンを何ヶ月も送り込む事は難しかったので従業員についても店長になった者に一任する事にした。
貴族の購入対応は本店でのみ行うので支店では安価な食料品と日用品のみの販売になる。店長の仕事は客の出入りをチェックと商品の管理、収支報告をするだけだ。
「次の街は此処から馬車で10日かかるミーナの街です。お願い出来ますか」
「お任せください、リーンハルト様」
「初めの1週間はアンティも付けますので安心して下さいください」
そして次、また次、と《鑑定》を習得する者が出れば立ち上げた支店に送った。こうして目標の支店10軒を達成したのはたった2ヶ月程の出来事だった。
急激に勢力を伸ばしたブロッサム商会。しかしその恩恵は貴族達には全く入って来なかった。
商品は買えないし、コネクションも繋がらない、支店は庶民向けの小売商店で商品は激安なので利益は少なく、税金として入ってくるのは微々たるものだった。
反感を買う事も予想には入っていたが、どうやらコネクションが欲しい王室側から商会に手を出す事を禁じているようだった。
こうした嬉しい誤算も有りつつ、ついにこの時が来た。
「本日はこちら側からの無理なお願いを聞いて頂き誠にありがとうございます」
「いえ、王太子殿下。此方の事情を汲んで出向いて頂きありがとうございます。それで、ご用件は?」
疲れた顔で優しく笑う。
彼の苦労が滲み出ている。
「お手紙は呼んで頂けましたでしょうか?私は今のこの国の惨状をどうにかしたい。しかし、私の味方はとても少ない。この状態でも貴族達の豊かな生活は変わらず、ただ国民だけが無理を強いられている」
「そうですね。それは同意見です」
「そして、如何やら貴方はこの国を乗っ取ろうとしている」
リーンはレスターに視線を送る。レスターは眉間に皺を寄せて怪訝そうに言う。
「如何言う意味でしょう」
「言葉のままですよ。国民にボランティアの如く利益のない商売をして裏では秘密裏に高価な物を売りつけて貴族達から巻き上げる。表では当然利益がないのだから税金は少ない。本当に頭がいい。この後は、そうですね…王室側に1人味方を作る、ですかね」
「それは楽しそうですね。参考にします」
お互い笑顔だが和やかな雰囲気ではない。見えない火花が散っている。どちらも譲る気はない。
「そう警戒しないで下さい。私は是非とも貴方にこの国を乗っ取って貰いたい。乗っ取って貰うために此処に来ました」
「お言葉ですが、王太子殿下。私達は貴方の立場も良く分かっています。貴方と手を組むと言うことは私共の作戦は実行出来ないと言う事になります。それで手を組むとでも?」
レスターの地響きのように低い声は萎縮させるには持ってこいだ。案の定、王太子の護衛達は背にゾクゾクと怖いものを感じているようだ。
王太子には全く効果はないが。
笑顔が崩れる気配は微塵もない。
「ルルティアは使わないで欲しいという事です」
如何やら此方の事を色々調べたようだ。
ルルティア姫がリーンにメロメロだと言う噂は誰でも知っている程に有名な話。
ルルティア姫がロビティーに居座り、商会に足繁く通っていて屋敷の周辺でも良く見かけられている。軽くストーカー状態だ。
元々は王室側に裏切らない味方が欲しかった時にこちら側としては適任者だと思っていた。しかし、如何言う訳かレスターを始め、子供達、職人達、従業員、あのイアンですら反対したので見送ったのだ。
王太子が代わりになりたいという申し出はルルティアの時よりはかなり扱い易いと思う。姫の為に裏切る事はないし、権力も申し分ない。しかし、ひとつだけ難点がある。
「彼女の言葉なら王も動く。貴方は如何ですか?」
流石にそこまで知られているとは思っていなかったようだ。悔しそうな表情がそれを物語っている。
「2つに1つ。どちらか選んで下さい。貴方共々王族の総崩れか。貴方だけが生き残るのか」
「私は…」
その答えを出す事を…優しい彼に出来るのだろうか。




