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王子の手紙


 彼の朝は憂鬱だ。

 姫様の我儘に常に頭を抱えている。

 幼い時はただただ可愛らしく、その存在だけで周りを癒していたのに、今では我儘から暴虐に変わり果ててしまい、その影響は王宮だけではなく、後宮にも尾を引いている。


 こんな事になってしまったのは、あの10年前の出来事のせいだ。


 当時まだ10歳だった姫はランドマーク侯爵家の子息ファンデット様に想いを馳せていた。目をキラキラ輝かせながら、楽しそうに彼の話をしていた可愛らしい少女だった。


 それは突然起きてしまった。


ーーー9年前


 この日は朝から晴々とした晴天だったが、1年前に起きた流行病のせいで沈み切った王都には出歩く者も疎らだった。そんな中、王宮はいつも通りの朝を迎えて彼はメイドのナナリーと共に姫様の支度を整えていた。


「ナナ!クロ!今日はランドマーク様にお会いできるの!楽しみだわー!」


「姫様は今日と言う日を本当に楽しみにしてらっしゃっいましたものね」


「そうだ!ナナ!今日はコレをつけてちょうだい!キング兄様に頂いたの!」


「これは素敵な髪飾りですね。それに御子息様の髪と目の色になっておりますね!」


 後宮では第1子の王子が産まれて以降、何故か男児ばかり立て続けに4人産まれた。王国としては後継が多い事はとても喜ばしいことなのだが、王は兎に角姫を欲しがった。その後3年子宝に恵まれず、その後当時の王妃様からようやっと産まれたのが第1王女ルルティアだった。

 待望の女児が産まれた事もあり、それはそれはかなり甘やかされて育った姫が放漫になると誰もが思った。しかし、聡明な王妃様に似てか、お転婆ではあったもののとても愛嬌のある優しい姫だった。


 そう、確かにこの時までは少しお転婆くらいで可愛らしい姫様だったのだ。

 この日もそんな普通の日常を送る筈だった。


ーーーコンコンッ…ソコソコ


「クロ?何の話だったの?」


 突然の悲報だった。


「…ラ、ランドマーク侯爵家が王室に対して離反し…していた、そうです。…ですので本日、ファンデット様は此方にいらっしゃらない、との事でした…」


「…そんな…それは…何かの間違えよ、それに…もしランドマーク家が離反しても、ファンデット様は関係ないわ…そう、関係ないのよ…」


 顔面蒼白の姫様の気を何とか落ち着かせようと必死に言葉をかけ続けた。

 その後、暫くは調査のため処分は先延ばしになり、お忍びではあるもののファンデットにも会うことが出来た事もあって徐々に回復していた。


「私が父上を説得して見せます!ポーションを民に配ったのはとても良い事ですわ!これでも王女ですから任せてください!!」


 しかし、ルルティアは知らなかった。

 父のして来た事も国民から愚王と罵られている事も。

 何も知らず、姫は王に温情を図る様説得し続けた。


 しかし、そんな姫様の思いは届くことはなかった。

 姫様の懇願と直接の実行者ではなかったと言う事を考慮して、罪は離反の首謀者シェアマス家にのみ与えられ、当主は1年後に斬首刑に処され、娘は逃げ出したと聞いたが指名手配書まで出された。しかし、流石に全くのお咎めなしとは行かずランドマーク家を始めとする離反疑いの貴族の屋敷は徹底監視が付いた。

 その結果、当然だが姫様との婚約は白紙に戻り、そこから姫ルルティアは壊れていった。

 沢山の子息達を侍らせて、足で使い、言葉遣いも荒れて、メイド達に手が出る様になった。辞めていった者は数知れず、王宮内からも後宮内からも厄介者扱いになっていた。


 皆んな姫様の本当の姿を知らない。

 あの事件さえ無ければ元のお優しく、聡明で明るい姫様だった筈だ。

 それもこれも全て10年前の大流行の際に国王が国民を顧みず、王太子の意見を押し退けてポーションを囲い込み、自身の理だけを考えた結果が引き起こした事。

 王太子のキングストンが王であったならばこんな事にはならなかった筈だ。彼ならきっといい王国に導いてくれた筈なのだ。

 それを優秀すぎる息子に嫉妬して、他の王子を寵愛し、その座すら渡さないときた。

 この国の未来が目に見える。

 今では薬草が取れなくなっているだけではなく、エンダの森の魔物の数が増え続け、小さな村々は廃村になっている。

 このままもしも、他の王子が国王になろうものならば、確実に5年も持たずに経済崩壊、魔物の蹂躙、人口減少、やがては滅亡するだろう。


「クロッ!!何処へ行ってたの!?私を待たせる程に重要な用があるとでも言いたいのかしら!?」


「大変申し訳ございません、姫様。国王陛下と少々お話しをしておりました」


「あら、お父様と?一体何を話してたのかしら?それより、あの方の様子どう?王城に興味のない殿方はいらっしゃらないわよね?いつ来てくださるかしら…」


 国王の話などどうでも良いとばかりにうっとりとした表情で天を仰ぐ。

 ケバケバしい化粧。艶のない肌。似合わない縦ロール。幼稚なショッキングピンクのドレス。見苦しい程に開けられた胸元。目に痛い程に輝く宝石。


「毎日手紙を出しては居るのですが、お返事が御座いません。つい最近にご自身の商会を立ち上げたそうですのでお忙しいのかと…」


「まぁ!商会を?流石だわ。それならば、お祝いを送らなければ。いえ、直接持っていきましょう!!」


 こんな姫の顔はランドマーク家子息に夢中だった7歳の時以来だ。

 しかし、あの時と違うのは国の状況を顧みず湯水の様にお金を使い、我儘し放題。逆らえば即刻クビにし、鞭打ちの刑も厭わない。


「では、準備して参ります。少々お待ちくださいませ」


 麗しの殿方に夢現の間はマシかも知れない。

 部屋を後にして1つ溜息をつく。


「クローテライト。苦労をかけるな」


「キングストン王太子様!なぜ此方に!?」


「お前に頼みがある。ルルティアと共にその商会行き、主人にこの手紙を必ず読んでもらって欲しい」


「お手紙…ですか」


「…頼む」


 彼はこの方の味方で有りたいと切に思う。

 この国が滅びない未来を望むのなら、もうキングストン以外に救える者はいないだろう。


「必ず。お約束します」


 クローテライトの返事を聞いて静かに頷き去っていく。その去って行く背中に誓いを立てて、クローティライトは準備のため歩き出した。



ーーーーーー



「ここが…あの方の商会…」


 この国で今これだけの商会を立てれる者は居ないだろう。その前に建てようと思う者も居ないだろうが。

 それにしても客で賑わっている。こんなに賑わっている街を見たのはいつぶりだろうか。


 ここは王都から2日の所にある今は寂れた街。


 主人に事前の連絡もせずに来るのは流石に失礼だと先触れは出していたが、届いたのは先程だろう。準備もあるだろうが、姫にはそんな事は関係ない。


「行ってくるわ!」


 意気揚々と馬車を降りて駆け足で飛び込む。


「私は王女ルルティア、こちらの主人は……え?」


 彼女の目の前に見えるのは馬車と御者と従者のクローティライト。


「姫様!!」


「どう言うことよ!何が起こったの?!」


 すると、突然横に男が現れた。


「チッ、またかよ。何でだよ!」


 どうやら同じ現象が起こっている様だ。


「貴方、確かバーハの所の…」


「ぇえ!ルルティア姫!何故こんなところに!?」


 バーハラップ家の1番下の子息のセフラッシュによると、ここはとても質の良い食料品や生活用品が10分の1程度で販売されているらしく、バーハラップも交渉しようと足を運んだらしい。

 初めは使者を送り、門から戻されるこの状態が続いたのでとうとう息子を送り込んだらしい。

 貴族の格好をしても、平民の格好をしても、路上生活者の様な格好をしても結果は変わらず目の前の道に戻される。

 その後何度繰り返しも同じで等々機嫌を悪くした姫は馬車に乗り込んでしまった。御者に八つ当たり、メイドに八つ当たり。


(どうしたものか、王太子のからの手紙だけは何としてもお渡ししなければ…)


 そして八つ当たりはクローティライトへ。

 背に足蹴を喰らい、前へよろめく。


「大丈夫ですか?」


「は、はい」


 見覚えのある美しい顔。


「お久しぶりですね、クローティライト」


 言葉が出ない。その美しい姿を見てではなく、純粋に彼女が生きていた事に色んな感情が込み上げてきて言葉に詰まる。


「主人がお待ちです。立てますか?」


 手を引かれるままに立ち上がり、案内されるまま小さな部屋に入る。驚く事に床が競り上がりひとつ階を飛ばして少し質素な階に降り立つ。


「これは主人が考え作られた物で“エレベーター”と言う物です。いつもは主人だけが使われるのですが、今日は特別だそうです」


 彼女は一体何を言っているのだろうか。“えれべーたー”とは何なのか。自動で動く乗り物?人力なのだろうか…。色んな事が頭を巡る。

 そんな彼はこの瞬間だけ姫な事を思い出す事はなかった。


 入った部屋には見た事も無い美しい人。美しく伸びる指先。陶器のように白い肌。少し伏せている目は濡れているかのように淑やか。水を含んだように光る髪を耳に掛ける仕草は妖艶だ。


「王太子からのお手紙はお預かりいたします。姫様の見張りはお願いしますね?」


 彼は気づかずうちに頷いてしまった事に後悔もなかった。

 

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