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ハロルドの涙



 何よりリヒトの貴族っぷりに感心していた。あれだけ警戒心剥き出しだった相手に対して表情にも出さずに親しげに会話している。懸念事項が無くなったのでリーンも優雅に食事を楽しむ。


「じゃあ、マスティス卿はダーナロの方にも行かれた事があるのですね」


「いやはや、仕事で1年程滞在した程度ですよ!あの国は本当に楽しかったですな!お国柄と言うのでしょうか?小国ながら国民はみんなハツラツとしていて、毎日がお祭りの様な国でしたなぁ」


「私も、師団の任務で周辺には何度か行った事があったのですが、流石に遊ぶ暇はなく。一度プライベートで行ってみたいと思っていたのです」


 当たり前だが、リヒトがアーデルハイド伯爵家の長男で次期伯爵だとしても、現段階ではただの貴族の子息で、一番家格の低い男爵であったとしても今はハロルドより下になる。


「マスティス卿はダーナロで1年何をされていたのですか?」


「主にダーナロ地方で栽培されている薬草類や薬関係、後は珍しいと言われている物なら何でも取り扱ってまして、ある時モコと言われる実を探してた時にアロイセスと言う女性と出会いまして…いやはや、一目惚れでした…それはそれは美しい女性でして、1ヶ月の滞在の予定を1年も伸ばしてしまいましてね!何度も何度もアプローチしたのです!それが実りお付き合いを始めたのですが…ある日突然彼女が居なくなってしまいまして…こりゃ、失礼。私のこんな話にはご興味無いでしょうなぁ…ついつい話しすぎました…」


 饒舌に話してたかと思えば、一転してとても落ち込んでる。ハロルドは方々手を尽くして探し続けたのだが、とうとうアロイセスは見つからなかったそうだ。

 この時知り合った人達との縁でハロルドは今の成功を収めている。


「いいえ、私はとても興味がございます」


「いやはや、16年も前の話です。私も歳を取りましたなぁ」


 リーンの返事に恐縮したようにハロルドは返す。


「その方はどんな方だったのですか?」


「彼女は、とても明るい女性でした。それでいて誰であっても手を差し伸べて助けるような情の深さと自分より他人の為に尽くす芯のある女性でした。今の自分がいるのは彼女と出会えたからです。一体どこで何をしているのか。それだけでも知れたらと思うのですが…」


 今回は交渉はせず友好関係をアピールする事に徹する。彼の交友、取引関係はかなり広く、商業ギルドの幹部であり、更には1年間のダーナロ王国という他国での商売経験を持つハロルドの存在は作戦実行の為にとても重要なので慎重に進めたい。

 今回の作戦で最も重要な人物だ。

 彼に頼むのは主に3つ。

 1.ダーナロ王国でそれなりに名の通った商会の人物との橋渡し。

 2.計画の為に必要な水晶鏡や魔法石などの必要な素材の手配と職人達の手配。

 3.直接教皇を迎え入れる為の窓口。


 今回の作戦の中で1番労力や負担のかかる立ち回りが要求されるので普通に考えれば断る可能性は大きい。


 今のところかなり友好的な関係を築けていると思うが、感情に左右されない取引をするのが商人と言う生き物だ。

 そして、その商人を動かすのに1番有効なのはその者が欲するものを提供出来るか。それが最も効率的で可能性が高い方法だ。


 ハロルドの1番の願いはアロイセスを見つける事。その対価として此方がお願いする事が釣り合うと判断されれば直ぐにでも返事をくれるだろう。

 ハロルドは今で彼女を見つけるの為にお金を稼ぎ、貴族にまで漕ぎ着けた。そんな彼が探し人の情報を全く得て無い訳がない。

 情報を得たからこそ貴族になろうと決めたはずだ。


 なのでこの切り札は先に切って置きたかった。


「きっと見つかります。ハロルド卿」


 何故見つかると言い切ったのか。それはもうリーンが見つけているからだ。ただ、これは一種のかけでもある。ハロルドにはとても酷な話でもあるからだ。


 ハロルドの反応を確かめるように顔色を伺う。


 ハロルドはリーンの発言の意図を理解しようとリーンの顔をまじまじと見つめるが百戦錬磨の商人のハロルドにもその表情は読み取る事が出来ない。

 何故リーンがハロルドと呼んだのか、何故見つかると言い切ったのか。ハロルドには何も分からなかった。


「マスティス卿。少し遅くなりましたが、お祝いの品物がありまして受け取って頂けますか?」


「これはこれはリーン様。お心遣い感謝致します」


「中身はご自宅にお戻りになってからご確認下さい。沢山有りますから」

 

 ハロルドは先程の2人の登場シーンを思い出し、あの馬車達に一体何が詰まっているのかは考えたく無いと言わんばかりに苦笑いをする。

 そして、思い出したかのようにハロルドはリーンをさり気なく屋敷に誘う。面会の手紙の返事だと理解したリーンはアリスに予定をあえて聞く。

 これで密会ではなく正式な訪問として交渉に臨めるだろう。

 


「ありがとうございます。リーン様。今度は是非うちにいらして下さい。お見せしたい物がございますので」


 ハロルドはこれからこれに慣れていかなければならないのか、と頭を悩ませる。今はあの馬車達に一体何が詰まっているのかは考えたく無い問題だった。


「お招き頂きとても光栄に存じます。是非、お邪魔させて頂きたいと思います。…アリス、私の予定はいつ空いてたかしら」


 とりあえず、貴族として簡単に返事をしない、という面倒な体裁を整えるが、勿論初めからハロルドの予定に合わせるつもりだったので予定など皆無。

 リーンのいつもと違う話し方に心の中でクスリと笑う。貴族の振る舞いをしているリーンを見るのは初めてだったからだ。


「リーン様。明々後日でしたらお昼以降お時間が空いてます」


「マスティス卿。明々後日のご予定は空いていらっしゃいますか?」


「勿論でございます、リーン様!空いてなくても開けるのがこのハロルドで御座いますよ!」


 半分冗談混じりで言うハロルドにリヒトは少しだけ微笑みを向ける。ハロルドも少し余裕が出てきた様だ。


「では、その様に致します。本日は私共の為にお時間を頂き感謝致します。マスティス卿」


「では、また明々後日お会いしましょう。リヒト殿、リーン嬢」


 幾ら席が離れていて会話が聞こえないと言っても、帰り際の挨拶は聞かれてしまうし、視線も集めてしまう。

 一番丁寧な挨拶をお互い交わしリーンはリヒトに抱かれてレストランの2階にある特等室から退出した。


 ハロルドは2人を見送ると、やっと肩を撫で下ろした。


「マスティス卿。ご機嫌如何かな?」


「おぉ、これはこれは、セガール卿。ご無沙汰しておりました!」


「今日のお席はアーデルハイド家の子息と見かけないお嬢様だったが、どなたかな?」


 メイシェント・セガール。かつてハロルドが取り引きをしていた男爵だ。ハロルドを下に見る傾向が昔からあり、足元を見た取り引きを繰り返すので、十数年前に手を切った人物だ。

 見下していたハロルドが男爵となった事で家格が並びさらには貴族界屈指の権力と財力がある、中立派筆頭のアーデルハイド伯爵家との交流があると分かり、探りを入れにきたのだ。極力親しげに振る舞う。探りを何を隠す事なく平然と入れてくる当たり当然のように此方を見下している。


 しかし、そんな時間が来る事は無かった。


「マスティス卿と言ったかな?私はロベルト・ハーニアムだ。よろしく。アーデルハイドの子息と仲が良いのかい?」


「これはこれは、公爵様。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。一緒にいたお嬢様と仲良くさせて頂いてまして、リヒト殿とは嬢を通して最近知り合いました」


「それはそれは。あの子はそれ程の手だれだったか。まぁ、これも何かの縁だと言う事にしておこうかな。それに私も彼女ともっと仲良くなって置きたいので少し協力しよう」

 

 このレストランを予約したのはライセンで、実はロベルトの経営する店の一つだ。ライセンの思惑に乗っかりハーニアムがハロルドを助けたなんて勿論知らないリーンは呑気にリヒトの膝の上でウトウトしていた。

 

 ロベルトがリーン達が帰った後に声をかけてきたのは繋がりを隠す為。ハロルドはリーンの頼みかと思っていたが、ロベルトの好意だったと分かり恐縮する。

 当たり前に周りの群がりそうになっていた貴族達は公爵の存在に一歩引く形になる。


「君へのプレゼントは何だったかな?」


「いやはや、それがまだ見ておりませんで…」


「それは残念だ。君が泣いて喜ぶ姿が見れないなんてね」


 一緒にレストランを後にし、手を振りながら楽しそうに去っていくロベルトにハロルドは深く頭を下げ見送る。お陰で他の貴族達に声をかけられなかった。リーン達と別れた後の心配事が無事解決された事で軽い気持ちで馬車に乗り込んだ。

 勿論メイシェントと話していてもその更に格上からの挨拶は避けられない。ましてや皇族の親戚にあたる公爵に逆らう者はいない。

 馬車の中でメイシェントの悔しそうな顔を思い出し、すっきりした帰宅につけたのは言うまでもなく。


 帰宅後、重い腰を上げてハロルドは部下で第1秘書を務めるメイビスと共にリーンからのプレゼントを開封していた。


「ハロルド様、お祝いプレゼントに混ざってお手紙が御座いますが」


「いやはや、リーン様からかい?読もうか」


 ハロルドは高級感のある素材で出来たリーンからの手紙の封蝋を破るなどあり得ないとばかりに丁寧に開ける。

 そして、内容を目で追っていたハロルドが確認し終わった途端にピクリとも動かず、見開いたその目が潤んでいる。

 メイビスは慌てて駆け寄り、ハロルド目に溜まった涙を布で押さえる。


「ハロルド様…?」


「…そうか、やっとこの日が来たか…」


 メイビスは差し出された手紙を受け取り目を通す。


「歳を取ると涙腺はどうも緩くなるようですね」


 唯一ハロルドの事情を知るメイビスと共に涙を流した。


 


 


 


 メイビスはハロルドより2回り位年上。この国の年的には引退する頃合いだが、とても有能でハロルドはとても信頼を寄せている。

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