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謁見



「どういう事だ!もう一度言ってみろ!」


 ジャンから報告を受けたリヒトは珍しく人目も憚らず怒鳴り声を挙げる。


「リーン様から目を離した隙に何者かによって王城へ連れて行かれました」


 ジャンは苦虫を潰したような表情だ。

 リヒトは一度皇帝陛下からのリーンと共に登城をする様にと通達を受け取っていたが、リーンが行きたがらないと分かっていた為、普段なら皇帝の命を無視する事は出来ないが、手紙にも“無理無ければ”と書いていたので、丁寧に断りを入れていた。その後ポールからも報告の際に釘をさして置いたと聞き、その後再通達が無かったのでこの件は終わったものと思っていた。

 もしもの為にとジャン達に警護を強化するように伝え、トット検挙の後からの数日は実に平和な時間を過ごしていた。


「申し訳ありません。全て私の責任です」


「ジャシャール、もう良い。こんな話し合いは無駄だ。私はライセン様に手紙を送っておくから、お前は直ぐポール様の所へ行け」


 ハッ、と短い敬礼ののちジャンはミルを連れて執務室を飛び出して行った。

 リヒトも宣言通りライセンに殴り書きの手紙を書き、ベルを鳴らした。ライナが窓を開け手紙が飛んでいくのを見送るとリヒトもライナとゼルと共に執務室を後にする。


「ライナルド、ローゼル。お前達はレスターを呼んで来い。馬車も使っていい。王城の前で集合だ」


 ライナとゼルはそのまま馬小屋へ足早に向かう。リヒトがホールに出るとライセンからだろうか手紙が飛んでくる。




  あんたにリーンちゃんを任せた私が馬鹿だったわ

  今日はリーンちゃんをグランドールに連れて帰るから、

  あんたは来なくて結構よ         リリア




 その短い手紙を握りつぶし地面に投げつける。怒りは頂点に達し、とても自分を押さえ込むことが出来ない。

 リヒトがここまで感情を露わにする事は殆どない。いつも笑顔を絶やさず、何事もさらっとこなしてしまうリヒトのいつもとは違う怒りに満ちた表情にログスが声をかける。


「リヒト坊ちゃん。そんなお顔でリーン様をお迎えになるつもりですか?」


 リヒトはリーンと言うワードに少し冷静さを取り戻し、目を瞑り大きく息を吐いた。


「じぃ、申し訳ない。少し取り乱していた様だ」


「はい、坊ちゃん。また皆をフルネームで呼んでいらっしゃいましたよ」


 そうか、と苦笑いし、リヒトが扉を開ける。

 いってらっしゃいませ、とログスが言うと同時にリヒトは空を駆けて行った。




 王城の貴族門(貴族達専用の出入り口)の前にポール、ライセン、リヒト、レスター達が集まる。


「謁見の要請は出せてないけど、兄さんがいれば報告と称して直ぐ謁見出来るでしょう。ただ、直ぐにリーンちゃんを返してもらえるかは分かりません」


「まず、リーン様が王城に呼ばれる大義名分がないのにも関わらず、拒否する少女を力で脅し、連れ去るなどあり得ません」


 レスターも先程までのリヒトと同じように興奮気味だ。傍から見ると自分もこんな感じだったのか、とリヒトは苦笑いした。そして、ポールとライセンは流石だ、とても落ち着きはらっている。


「レスター、気持ちは分かるが少し落ち着け。陛下もただ女神を観たかっただけだ。アーデルハイドにも謁見の通達来てただろ?」


 はい、とリヒトが返答するとレスターは少し落ち着きを取り戻した。しかしギラギラさせていた目は怒りを抑え込んだだけで決して相手は許さないと語っている。


「とりあえず、陛下にお会いして、とっとと連れ帰るぞ」


 其々のリーン対する感情は違っているが、リーンを邪険に扱うような真似だけは…と言う思いは同じだった。



ーーーーーー



「陛下、御所望の少女連れてまいりました」


「アシュレイ、ご苦労だった。それで様子はどうだ」


「とても大人しくしております。準備が整い次第連れてまいります」


 アシュレイの返答に大変満足したのか、皇帝オーガスター・ロンド・エン・エルムは笑う。やっと会えるのだな、と言う皇帝にアシュレイは一礼して謁見の間から退出する。


「陛下、グランドール様が報告の為御目通り願いたいと申しております」


 アシュレイが退出しようと扉が開くのを待っていた時、謁見の間の中を守護している兵士が部屋の外からの報告を皇帝に伝える。アシュレイはその声をピクリと眉を吊った。


(思ってたより早かったな…)


 無理矢理連れてくれば彼らが取り戻しにくる事は目に見えていた。通常皇帝と謁見出来るのは何かしらの功績を挙げた者か登城通達された時、又は王命、報告。それか、事前に謁見の申し込みをした者のみである。

 相手が【オリハルコン】でなければ、城に登城する事すら叶わない。



「通せ」


 皇帝の了解が出て、中にいる兵士が外へ伝える。

直ぐに謁見の間が開かれ、4人の男が入ってくる。


「まだ報告が残っていたのか、ポール」


 他の3人の事は気にせず、ポールへ質問を投げかける。


「ハッ。今回の件で協力をしていた少女が連れ去られました」


「…連れ去られた、とは何が言いたい」


 ポールの発言にオーガスターは怪訝な表情を向ける。ポールはそんなオーガスターの表情を気にする事はなく、寧ろ鋭い目を向ける。

 それはポールだけではなく、普段から愛想の良いライセンやリヒトからも向けられるのだから、オーガスターも少し目を見開く。


「私は申し上げました。彼女はこのような事は望むような者ではないと。しかし、武力で脅してまで無理矢理連れて行かれるとは…」


 呆れ混じりの発言にオーガスターは言う。


「で、皇帝である私に何をしろと言っているのだ、ポール。私はその少女を知らない。会いたいとは言ったが、無理矢理連れ去るような真似はしておらん」


 皇帝の返答に一同唖然とする。白々しい嘘にも程がある。皇室の紋章が付いた馬車もパン屋の近くで目撃されていて、その馬車にリーンが乗り込むのも数人が証言している。

 元々目立つ容姿のリーンはあの近所ではかなり有名で直ぐに皆証言してくれた。

 会いたかっただけだったのなら直ぐ返してくれると踏んでいたが、どうやら事情が違う様だ。


「で、何のようかまだハッキリしていないのだが、言いたい事はそれだけか、報告と偽り謁見する行為は処罰の対象だと知ってて行ったのであろうな」


 一同押し黙る。皇帝が敵側である事がはっきりしたのだ。女神の力を利用したいと考えているのだろうか。女神を侮りすぎだ、と思うと同時にどのような扱いを受けているのか、と思慮する。


「陛下、では少女が利用していたパン屋の近くで皇室の紋章が入った馬車に乗る少女を観ていたものが居たのですが人違いという事でしょうか」


 リヒトは家紋を省みないような人間ではない。この発言でオーガスターがリーンを連れ去ったことを認めなければ不敬罪に問われる可能性があるにも関わらず発言した事にポールとライセンは驚く。

 リヒトにとってそれ程までにあの少女が大切なのだと改めて理解した。


「そして、周辺には第2王子の精神魔法の痕跡が残っていたのも何らかの間違いだという事でしょうか」


 謁見の間の入り口から出る事なく、様子を観察していたアシュレイが眉を顰める。


(この短時間でそこまで調べていたとは…)


 アシュレイは謁見の間を後にし、リーンを捕らえている牢へ向かった。優秀な彼らの行動力に驚かされつつも冷静だ。権力の前では誰も何も出来ない事をアシュレイが一番よく知っている。

 第2王子であるアシュレイは側室である母ユーシアに似て明るい金髪に深い緑の目の見目麗しい容姿と剣術を極め、学問にも精通し“クラス”シャドー(ユニーククラス)を賜ったとても優秀な王子だ。

 しかし、第2王子と言う通り王位継承権は2位でいつもヘラヘラしてのらりくらりで愛嬌だけが取り柄だと、第1王子をどんなに馬鹿にしても、どんなに足掻いたとしても勝てない事を思い知る。

 第1王子の母エリスは皇妃。母親の身分も公爵家と伯爵家で逆らうなど出来るわけもなく。更には実力ではどんなに上だとしても、馬鹿で扱い易そうな第1王子を皇帝に据えて操りたい貴族共の有力な後ろ盾があり、結局継承権1位を取る事は出来なかった。

 そう言う苦しい思いが募り続けるアシュレイは何かに縋るしか逃げ道が無かった。そして出会ったのが“ディアブロ”だった。アシュレイの気持ちを言い当て心の中に入り込んで来た“ディアブロ”はアシュレイも皇帝でさえも操り、思うがままに帝国を牛耳っていった。

 勿論、アシュレイも“ディアブロ”の狙いに気がついていたがそれはもう“ディアブロ”に陶酔し切った後だった。



 謁見の間を出てから真っ直ぐに牢へ向かう。鉄格子越しに中の様子を伺うと、ベッドに小さな膨らみを見つけ、地を這うような低い声で言う。


「おい、起きろ」


 暫く待つが返事がない。

 アシュレイは乱暴に牢の鍵を開ける。そしてそのままベッドの膨らみを引っ掴み乱雑に投げ捨てる。


(な、何故いないのだ…)


 そこにリーンの姿はなかった。













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