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心地よい眠り


 再び石畳の硬さを感じるとカートが近寄ってくる。リーンが戻って来ると分かっていたようだ。カートに抱えられるのを甘んじて受け入れ、ジャンに押さえ込まれているトットを見下ろす。

 騎士が後ろに回ったトットの腕と腹部に縄をかけ、連行して行く。


「わ、ワシは貴族になる男だぞ!離せっ!ワシに触るな!平民め!くそーーっ、何故バレた。何処から漏れたのだ!!何故ワシが捕まるのだー!」


 トットの叫びに哀れみしか無い。目の前でギャーギャーと喚く男をリーンは涼しい目で見ていた。

 そのまま辺りをよく見るとリヒトやライセン達の綺麗に磨かれた銀色に輝く鎧が真っ赤に染まっている。返り血なのは明らかなので心配はしていないが、戦いの激しさを感じずには居られなかった。

 リヒトも一瞬リーンに近づこうとしたが、返り血を思い出して動きを止めた。

 それに気づいたリーンはリヒトに近づくようカートにお願いしたが、カートは動こうとせず、リヒトも大丈夫ですよ、と少し苦笑いして断りを入れた。


「ポール様、トットはどうなるのでしょう」


「まぁ、死刑だろうな」


 薄々気づいてはいたが、肯定する返答をポールから貰い、やっぱり死刑か、と思うもののやはり冷ややかな気持ちだった。


「もう少し子供らしい顔は出来ないのか」


 死刑と聞いたのに表情の崩れないリーンにポールは嫌味を言ったが、その問いには答えず無視して話を続ける。


「安心しました」


「まだ、完全に終わったとは言えないが色々助かった」


「素性も分からない娘に【オリハルコン】の隊長がお礼なんて言って良いのですか?」


 ポールはクックックと楽しげに笑う。何がそんなに面白いのかとリーンは首を傾げる。確かに少し意地悪な顔はしてたとは思うが、声を出して笑うほど面白い表情なのかは疑問だ。

 ポールが何故急にそんな笑い方をしたのかは分からないが普段から想像も付かないその笑い声はリーンとカートにしか聞こえてなかった。少しずつ信頼して気を許してくれ初めているのだろう。

 リーンがカートに目を向ける。反応を確認する為だ。カートはリーンと目が合うと無表情の顔をほんの少し微笑ませるだけでポールの行動に反応している様子はなく、リーンは更に何が面白かったのだろうかと理解に苦しんだ。


「カートはリヒトに抱っこされてるお前を見てずっと自分も抱っこしたかったみたいだ。なかなか解放してもらえないぞ」


 悪戯が成功した子供のようにポールがまた笑った。小声で話すためにリーンの耳元に顔を寄せていたポールの頬に手を添える。その行動にポールは目を見開いた。


「貴方はこんな状況で子供らしい表情しか出来ないのですか?」


 リーンは皮肉と笑顔を向けながら言う。ポールは呆気に取られていたがすぐに背中を向け、それ以上は何も言わなかった。


「リーン様、そんな事していたらいつか刺されますよ」


 耳と首を赤くしているポールを見てカートが困ったように言う。ポールの反応は松明とライトの魔法のみで照らさた石畳の空間のせいか分かりづらい。しかし、周りで見ていた騎士達も頬を赤らめ同じ反応をしていたので、皆リーンから目を逸らし顔を隠していたのだった。


「そんなに酷い事言ってませんよ。寧ろいつもポール様の方が私を酷い扱いしています」


 リーンの返答にその場にいた全員がポールに非難轟々な視線を向けたのは言うまでもない。慌てるポールを他所にカートに私は刺されませんよ、と呑気にリーンは続けた。カートは決して、酷い扱いや言葉で刺されると言った訳ではなかったのだが、リーンにその意味ががきちんと伝わる事はなかった。


「そう言えば、何故トットが此方に逃げて来たのでしょう」


「確かに、地下は逃げ込まないように人員を割く手はずでしたね」


 カートがライセンやリヒト達トット組に対して怪訝そうな目を向ける。勿論カートは非難しているのだが、リーンからすればただの疑問だった。


「大変申し訳ない。実は1人厄介な猛者がいてね。奴は元々騎士団に所属していた者なのだが、素行が悪く除隊させられていて、トットへの忠誠心では無く純粋に騎士団に対して怨みがあった様だ。リヒト君とレスター君が押さえ込んでくれてたんだけど、私達の一瞬の隙を着いて魔法陣で飛ばれたんだ。申し訳ない、これは僕の責任だ」


 そう、転移魔法は魔法陣さえあれば誰でも使える。さっきリーンが使って見せたように。ただ、使用者が教皇一族の血筋のものではない場合は血筋の者の血を使って書いた魔法陣でなければ他の者は使えない。トットはその血塗りの魔法陣を隠し持っていたようだ。

 ビビアンに借りた魔法陣はかなりの大きさがある。これを作るためには相当な量の血が必要だろう。


「あ、申し訳ありません。その事を伝えるの忘れてました。頑張って起きたのに」


 俯き落ち込むリーン。しかし、その表情からは落ち込みも申し訳なさも感じない。無だ。

 ライセンは話の流れでチャンスとばかりに続く。


「リーン様、他にも言い忘れはないですか?」


「他…ですか?具体的にお願いしたいです」


「そうですね、トットに不可侵領域の写しを渡した人物についてとか」


 ライセン以外が突然の問いに身体を強張らせる。


「そうですね、その者についてはまだ話せません。しかし、皆様も知っている筈です。ディアブロという名前を」


 リーンの答えを聞き、体を強張らせていた全員の背筋に冷たい物が走る。


 リーンがその者については話すのに間を置いたのは神示を覗いた際に驚いてしまったからだ。全てを繋ぐピースのようなその人物についてもう少しきちんと整理してから話さないと更なる混乱を招くからだ。



ーーーーーー



 トットを捕まえた後からが更に大変だった。トットの連行のため騎士団の屯所へ行くと、解放された少女達の体調検査、治療処置、身支度が終わっており、一部の体調不良者を除いて、異常がない者だけを家族の元へ連れて行く事になった。幸い結界のお陰か他領から連れ去られて来た子は少なかった。

 極秘裏に少女達を送るつもりだったのだが、何処からか噂を聞きつけた被害者の親達が騎士達に娘の返還を求め、その多くは戻る事がなく、噴水広場は泣き崩れる人で溢れかえっていた。

 屯所で尋問を受けるトットから有力な情報が出てくる事は無く、寧ろよく分からない妄言が多く取り調べはかなり難航していた。

 悪事については奴隷問題以外にも数々の余罪があり、叩けば叩くほど沢山出てきたので処分が下るまでには10日間も要した。

 追々分かった事だが、トットは自分の商会について殆ど知っておらず、唯一真面に関わっていた奴隷事業に関しても知っている事は下っ端レベルだったそう。

 時間は掛かったがレスターやビビアンのお陰で証拠は出揃い、トットの処分が正式に死刑と決まった。そのまま犯罪の温床になっていたチベット商会は取り潰しになり、中でも犯罪に関わっていなかった者にだけ新しい職を斡旋し、その他の者には其々処分が言い渡された。


 

 

 その後、ビビアンに借りていた転移魔法陣も返却を済ませ、色々なお礼として転移魔法が施された貴重な転移結晶を加工したペンダントと石を頂いた。その石がある所にペンダントの所有者が転移出来る物らしい。門外不出の物を渡された時はどうしようかと戸惑いこそしたが、この後の聖王国との戦いに向けての賄賂だと笑顔で話すビビアンに返す訳にも行かず有り難くいただく事にした。

 貰ったからには活用しよう、と石をジャンに渡そうとしたら、リヒト様にお渡しした方が良いのでは、と言われ、うんうん、と唸るリーンを見てリヒトは切ない表情をしたので迷惑でなければ、と大人しくリヒトに渡す事にした。

 正直偉い立場の人であるリヒトが持っていたら騎士団の屯所や会議中などに出会すのでは?と思っていたのだが、寝室に置いておきます、とリヒトが言っていたのでリーンの部屋と化したあの可愛らしい快適部屋にすぐ行けるのならいいかと納得しつつも極力使わない方向で考えるしかなかった。


 


 リーンは初めてアーデルハイド邸に泊まったあの日から結局ずっとお世話になっていた。

 リーンの専属メイドになったサンミッシェルや相変わらず着せ替え人形にするメイド達、色々気にかけてくれる執事のログス、料理番達、フットマン、庭師…沢山の人達に囲まれて忙しい毎日を過ごしていた。

 忙しい時間は良い。今みたいに天蓋付きの大きなベッドで眠る直前にはだだっ広い空間に1人になったせいか、帰らぬ娘に泣く親達の姿を思い出す。

 焼け焦げになったトットの傭兵達や泣き喚くトットを見ても冷ややかな気持ちしか生まれなかったが、涙に濡れるあの親達の姿を忘れる事は出来なかった。

 もっと早くこの世界に来ていれば…もっと早く行動を起こしていれば…と後悔は多かった。言い始めたら仕方がないのだが、こればっかりは頭から消し去る事は出来なかった。

 だからこそ、自分の力で出来ることはどんな小さな事でも協力しようと心地よい疲れで微睡みながらリーンは思ったのだった。


 






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