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忠誠の誓い




「そこ!早くしろ!」


「「は、はい!」」


「酒の準備は?」


「先程キールが持っていきました!」


「ガンロ、最終調整は終わったか」


「あぁ、安心しろ。完璧だ」


 今日は我らの主人が帰ってくる。これほどに嬉しい日はないだろう。長い者だともう一月も会えていない。


「開発部門の奴は何処だ」


「アンティメイティア様達はお出迎えの為にワープゲートの確認に…」


「いいから今直ぐに連れて来い!」


「し、しかし…」


「出迎えする前に終わらせないと失望されるぞ、と言っておけ」


「は、はい!」


 ただ、帰ってくると言うことに色めきだし、仕事に遅れが出ている。あれだけ纏まりがあって完璧な集団だったのに、いざとなったらここまで纏まりが無くなるとは思っていなかった。

 気持ちは分かるが、リーンを失望させる気はさらさらない。もっと言えば、一緒に帰ってきたレスターにあれこれ言われるのがとにかく嫌だった。


「仕方ねえ…ローラ」


「お任せください、イアン様」


 ローラもイアン同様に相当頭に来てたらしい。

 気持ちもわかるし、色めきだつのも仕方のないとこだと思うが、それとリーンに失望されることは全く関係がない。

 身勝手な人達が勝手に見限られるのはライバルも減るし別に良い。でも、そのせいでリーンにガッカリされるのはもっとあり得ない。


「…ウォールロック」


 反り立つ壁が幾重にも重なり、イアンを導く階段のようになっている。突然現れた壁にも特に驚くこともなくこれから何が起こるのかよく分かっている彼らはただ静かに待っていた。

 イアンがその壁で出来た階段をゆっくりと上がる。


「ここに来たばかりの時もここから皆んなに言ったが、もう忘れたのか」


「「「「「…」」」」」


「この桃源郷は誰のためのものだと思ってるのか、と俺は皆んなに聞いたな。その答えがまだ分かってない奴が多いようだ」


「リーン様の為に頑張っております」


「…お前はそう受け取ったのだな、ハボック」


「え…」


 何が違うのか分からないと言う表情のハボック。そんな表情の者は一人や二人ではない。リーンの本当の意図を汲み取るのは至難の業だ。

 心を開かず、信用せず、手を伸ばしてこない、遠い高嶺の花。見ているだけ、眺めているだけで充分で、こちらに振り向かないのは当然だと殆どの者がそう思っている。

 でも、それは違う。

 心を開かないのも、信用しないのも、手を伸ばしてこないのも、リーンが自分自身を守る為にしていることであり、自分以外の者達を守る為でもある。


「ここはハルト様の為の国じゃない。この世界のための国。ハルト様が成し遂げようとしていることをサポートする為に僕達はいます」


「その通り。リーンがこの世界の為に成そうとしていることを実行する為の施設であり、国だ。全てはこの世界の為。神に憧れ、そばに居ることを幸せに思うのは勝手だが、使えない者はいらない」


 だからと言って、リーンの心内を彼らに教える気もない。自分で察さないのならそれまでだ。リーンの内側に入る資格はない。


「そうは言っても、今ここで出て行く気は誰も無いのだろう。ただ、このまま邪魔されるのも困る。適当に歩き回って邪魔するぐらいなら第二施設や第六施設に行ってくれ」


「「「「「…」」」」」

 

 こんなことでリーンが快適に過ごせるのならば、幾らでも前に出るし、嫌われても構わない。

 多分それが俺の出来ることだし、例えそれで今みたいに離れ離れになったとしてもそれが俺の立ち位置なだけ。

 何もしないで離れて行くよりはこうして繋がりがあるだけでマシだ。


「イアンさん、そろそろのようです」


「内密に来ること了承してくれたのか?」


「はい。ハルト様もその方が良いと」


「じゃあ、キールとローラ。お前達は予定通り第八に」


「了解しました。セオドアは如何しますか?彼はよく理解してましたし、問題ないと思いますが」


「セオドア…あぁ、施設管理者だったか。話しておけ」


 リーンが帰ってくる。自然と歩調が速くなる。

 多分、沢山泣いたと思う。涙を見ることも拭う事も出来なかったが、俺はそれでいい。リーンが友達だと言うのならそれを甘んじで受け入れる。

 俺はリーンの護衛であって、家族でも、恋人でもない。リーンが幸せならそれでいい。俺は決して欲張ってはいけない。

 それが忠誠心だと言うのならそれでいい。それで側に居られるならそれでいい。


 目を霞ませるほどの強い光。

 もう近くにいるのだと実感する。


「…おかえり、リーン」


「ただいま、イアン」


 黒髪黒目の見たことの無い姿だったとしても、それがリーンだと言う事は直ぐにわかる。


「帰ってきて早々に申し訳ないのだけど…」


「大丈夫。フレディにはキチンと事情を説明して、エマとベンは別の場所で待たせてる」


「ありがとう」


 フレディは正直辛かったと思うし、リーンから連絡があるまで相当不安だっただろう。

 頼みの綱のリーンは消えて、両親の為にと指示されてやってた事が寧ろ両親を追い込む結果になったからだ。例えそれがリーンの為だったとしても彼には受け入れ難い事だっただろう。


「フレディ」


「…ハルト様、おかえりなさいませ」


 それでも気丈に振る舞う少年の姿にレスターはしっかりと頭を下げた。


「すまなかった。決して許されると思っていない。ただ、私はリーン様の側を離れないと約束をしている。一方的な話しで申し訳ないが、“死”以外でお願いしたい。それ以外なら全ての罰を受け入れる」


「…僕にとって両親は神様よりも大切な存在です。レスター様にとってのハルト様のように。ただ、逆の立場だったのなら…それで両親が悪魔との契約を阻止出来るのだとしたら同じ事をしたと思います。だから、僕はレスター様の罰は望みません」


 落ち着いた雰囲気のフレディ。だが、その手は震えていて必死に感情を抑え、苦しみに耐えている。


「本当にすまない…」


「いえ…こんな事態に陥ったのは元はと言えば僕のせいですし、ハルト様に出会ってなかったら両親は何の望みもなく死を迎えていたでしょう。今ではこんなに幸せに暮らしています。自分自身を恨むことはあっても、レスター様を責める訳がありません」


 まだ幼いフレディがどんな気持ちで生きてきたのか。受け入れ難い事実にどうやって折り合いを付けてきたのか。

 それを想像するだけで心が締め付けられる。


「フレディ。私の考えが甘かったせいで、貴方を不安にさせてしまって申し訳ない」


「いえ、ハルト様。…私の我儘を聞いて下さりありがとうございました」


「今、エマとベンは第八にいて貰ってる。儀式にはかなり時間がかかるらしい。彼女は現在の【神子】の娘。儀式に一番詳しい。一緒に行って終わらせて来い。後はお前次第だ」


「イアンさん…どういう事ですか…?」


「フレディ。貴方を【神子】にします」


 【神子】…それは強く、強く願った事を叶える力を持つ神様の遣い。だからと言って何でもポンポン叶えられる訳ではない。叶えたいものの大きさに比例した対価(心の強さ)を【神子】には求められる。


「僕が【神子】に…?そ、そんな…だって…僕は…」


「フレディ…貴方との約束では神に愛された加護持ちの珍しい魂を持つ貴方の魂と引き換えに私がエマが契約した悪魔に契約を破棄させる、と言う話しでした。しかし、その悪魔はいなくなり契約だけが残ってしまった。もう、貴方の魂を媒介に契約を破棄させる方法はありません」


「僕が【神子】になると言うことはこのままエマとベンの息子でいられる事になります…」


「私は元々貴方を死なせる気はありませんでした。悪魔さえ死んでいなければ方法はあったのですが…結局貴方に負担をかける事になってしまい申し訳ありません」


 そんなことがある訳ない。信じられない。このまま大好きな両親と共に生きていられるだけでなく、【神子】という力もその身の力に出来る。その上神からもらった《幸運》の加護。一人の人間が持っていていい力をとうに超えている。


「幸運の加護は死を跳ね除けるだけじゃありません」


「お姉さんが…エルフの…」


「フレディ君、ご両親の為に頑張りましょう。【神子】になったからと言って確実にご両親が助かる訳じゃありません。彼が言っていた通り、貴方次第なのです」


「でも、【神子】はエルフの…」


「神の意志が私の意志です。力を受け継ぐ事だけが私の生きる意味ではありません」


 色んな話しが一度に飛び込んできて、まだ本当の事なのか頭が追いつかない。でも、両親を助けられる。それだけは今すぐに理解しないといけない。自分でやるしかない、いや、自分でやるチャンスを貰ったから。


「……ありがとうございます、ハルト様…」


「いってらっしゃい」


 強く地面を蹴って歩く。

 僕はもう何があっても彼女を裏切らない。僕の残りの人生全てをかける、フレディはそう強く心に誓った。








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