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追いかける




 リーンの微笑みに相手の男は明らかな不快感を示す。


 美しく、上品で、儚げで…売ればかなりの値打ちになる女だ。だが、先ほどから一番鼻につく行動を取るのはその美しい女。


 絶対的な自信があるからこそ、思うようにならなず時間がかかりそうな煩わしい今の状況も明らかに此方を苛立たせようとわざとらしい煽りをされるのも男にとっては不愉快極まりなかった。


「そんな余裕を見せれるのも今のうちだぞ、お嬢さんよ。お前は中々の値になりそうだ。特別に娼館じゃなくて変態オヤジの方にしてやるよ。不特定多数よりも一人の方がマシだろう。その面なら妾も夢じゃないぜ?」


 どうにかしてあの余裕をみせる綺麗な顔を歪ませたい男は巧みにナイフを扱いながらリーンを脅すような言葉を並べ立てる。


「残念ですが、運命は貴方の死のまま変わっていないようです」


「運命だ?お前さんは占い師か何かか?」


 リーンは首を優雅にゆっくり振って微笑む。それが何とも美しくて思わず見惚れかけて男は叫ぶ。


「野郎ども…!遠慮はイラねぇ…売る前に楽しんでやれ!」


 この世のものとは思えないほど美しい女と高潔で滅多にお目にかかれない珍しいエルフ族、まだ幼顔ながらも発育の良い初物の少女、そして目当ての金になる女。

 燃え上がる男達の目はギラついていて、それを見て怯まない女などいない。そう、彼の経験上はいないはずなのだ。


「彼らは本当に面白いことを言いますね」


「お可哀想に…今更懺悔しても遅いですよ」


 明らかに期待していた反応ではない。

 淡々と哀れみのような視線を向けてくる女達にリーダーらしき男の沸点は振り切れてしまったようだ。


「…ヤれ。俺たちを馬鹿にしたんだ…生きていることすら許されねぇ。死んだ後に楽しんでやればいい」


 目は真っ赤に充血していて、こめかみに浮かび上がった青筋は今にも切れてしまいそうなほどで、歯は食いしばりすぎてギシギシと大きな音を立てている。

 そして、死への冒涜。最大限の侮辱を与えろと、男は静かに唸り声のように言う。


 もうここまで来れば不快とか侮辱とかそう言う次元の話ではない。神をも恐れぬ行動を取ることで相手は完全に拒絶感を持つ。

 勿論言った事は確実にやる。女どもを痛めつけながら殺して、そして死後の身体を犯して穢すつもりだ。

 ここまでして引かない者はいない。

 そう、これも彼の経験上男女問わずいないはずなのだ。


「まだでしょうか?」


「そろそろだと思われます」


「もう少し下がっておきましょうか?」


「ラテ、どうですか?」


「変わりありません」


 余りの余裕な様子に寧ろ此方が呆気に取られてしまいそうだった。何故彼女らはここまで余裕…いや、危機感を感じていないのか。相当舐められているのか、もしくは魔法が得意なエルフが仲間内にいることで問題ないと思っているのかもしれない。

 少し頭が回ってしまう男は少し焦り出し、何故と言う疑問から、もしも…やもしくは…を考え始める。


「…念のためアレの準備しておけ」


「ボ、ボス…!アレを使うんですか…?」


「…もしかしたらあのエルフ相当な使い手なのかも知れない。出なければあれ程の余裕を見せれるわけがないだろ」


「た、確かに可笑しいとは思うんですがね…それにしてもアレを使うのは…こっちも危険ですよ?」


「仕方がない。あんな馬鹿にされたまま逃したりでもしてみろ…。あの方がなんで言うか…」


「…そうでした。…準備してきます」


「急げよ」


 お互いの出方を見つつ、両者共に見合ったまま膠着状態が続く。そんな中一人、何やら準備を指示された男はそそくさと屋敷の裏手に周り、屋根裏へと続く梯子を登る。

 屋根裏の部屋には窓ひとつなく、足元も覚束無い。扉近くに用意されているランタンを手に男は恐る恐る極力音を立てないように、と足を進める。


「こんなのどうやって下まで連れてくんだ…?」


 不安に満ちた表情の男の目に写っているのは三つ頭の獣。大きく垂れ下がった耳、人などひと飲みしてしまいそうなほどに大きな口と牙、後ろに後退りしてしまう程の鼻息、男を見据えている黒く大きな目。

 世にも恐ろしい獣の姿に怯えながらも、男は檻に手をかける。


「…ナ、ナベリウス…そ、外に出たいだろう?お腹空いているだろう?…し、下に獲物が居るぞ…若い女だ、肉も柔らかくて美味しいはずだ…」


ーーーブルルル…


 男の言葉に返事をするかのように大量のよだれを垂らしながら身震いをする。

 男はナベリウスから決して目を離すことなく檻の鍵を開ける。男は檻の扉を勢いよく開け放ち、そそくさと近くの物陰に隠れる。


ーーーグヴォォォオッ


 開け放たれた扉が檻にぶつかり、大きな音を立てる。その音に反応したナベリウスは建物全体が軋むほどに大きな遠吠えをする。


「こ、こっちだぞ…!」


 男はナベリウスを誘導しようと、わざと音が立つように投げた小石を追ってナベリウスが大きく飛び跳ねた。


ーーーミシ…ミシ…


「…これ、やばいんじゃ…」


 地面に入ったヒビがゆっくりと広かって行く。男が身を隠していた場所までそのヒビが届き、額に馴染んだ汗が地面に落ちたその時…。


ーーードゴォーン


 地面が抜け、地から足が離れ、浮遊感を実感した時には彼は自身の運命を悟った。周りの風景がゆっくりに見える。そんな中、彼の目に写ったのは瓦礫に打たれ、埋まり、動かなくなってしまっている仲間達の姿。


ーーーキャンッ


 そして地面に叩きつけられ、その体躯には似合わない力無い可愛らしい鳴き声をあげるナベリウス。

 自身も地面に叩きつけられ、強い衝撃と共に薄れていく意識の中で聞こえてきた声に男は耳を澄ませていた。


「まさか…壊滅の原因が崩壊だなんて…」


「しかも、降ってきたのが悪魔ナベリウス…別名、ケルベロスとも言われる元々持っているマナの多い悪魔です」


「…此方も関係があったのですね」

 

 彼女らが何を話しているのか彼には全く分からない。ただ、完全に事切れる前に分かったのは彼女らは全員無傷で、そして自身の組織は壊滅したということだった。


「リブリー、如何ですか?」


「…確かに組織は壊滅に追い込み、母はこうして無事戻ってきました。ただ、今回の件だけでこれからも自信を持って能力を使えるかと聞かれたら難しいと思います…」


 リブリーの腕の中で眠る母を見つめながら、彼女は消え入りそうな声で呟く。

 それまでの事全部不思議な事だらけのはずなのに、全く何も考えていなかった素直で無垢なリブリーでも何の関わりもないリーン達が母親救出を手伝うのには何かある、という事ぐらいは察している。

 

 勿論助けてもらった事にも感謝しているし、短いながらも時間を共有してこの三人の独特な空気感を肌で感じて、その空気感に自身も混ざれていることにとても幸福な気持ちになった。

 だから、出来る事ならこのまま一緒にいたいし、その為の努力も勿論するし、そのために必要なら協力も惜しまない。

 ただ、出来ないことを出来ると言うわけにはいかないし、今は母のことも心配だ。自分の事だけを考えていられるわけではない。その為の言い訳だと思われても仕方がない。


「リブリーさんは真面目な方なのですね」


「そうですね。私はハルト様といられるのなら能力云々はさておいて縋ってしまうでしょう」


 真面目なトーンで語る二人にリブリーは思わず俯いてしまう。自身の言い訳を褒められて居た堪れない気持ちになってしまったのだ。


「わ、私なんか…」


「リブリーさん。これから貴方は自分自身で選び、求め、決めなければならない。誰かの言葉に怖がったり、惑わされたりする時もあるでしょう。それでも決して自分を卑下してはなりません。貴方にしかできないことがあることを忘れないで下さい」


 これから何が起こるのか、それを予言したかのようなリーンの言葉にリブリーはただ小さく頷き、歩いていく美しい後ろ姿を眺めていた。








 

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