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お泊り計画


ーーサッ


 あのグランドール家での作戦会議から3日経った頃。

 夕食に向かう準備をしていたリーンの部屋の戸の隙間から紙が差し込まれる。慌てて戸を開いたがそこにはもう誰の姿も無かった。

 差出人はレスター。明後日トットの商会で司教ビビアンとの会合があるとの連絡だ。

 リーンは宿屋の女将に夕食は要らないと告げる。

 そして、宿を出てそのまま扉の直ぐ横で立ち止まった。


「…リーン様、こんなお時間からどちらに?」


 リーンを後ろから呼んだのはリヒトの私兵ジャンだ。ジャン達も相変わらず警護を続けており、同じ宿にずっと滞在していた。

 リーンも彼らの家族は何も言わないのか、と最初こそ気にしていたのだが、こんな高級宿にタダで泊まれるなら寧ろ役得です、と楽しそうに言うので何も言わなくなった。高級と言っても日本の物価の4分の1程度なのでリーンの感覚からすればそんなに高くない。実際には750イル(7500円)。貴族の屋敷には及ばないがかなり綺麗な所なのはすぐ分かった。後は食事さえ美味しければ文句も無いのだが…。


「あなたを待っていたのです」


「私を、ですか?」


 その為だけに宿を出たのかと不思議に思うジャンだったが、直接部屋に来て頂いても大丈夫など言えるはずもなくリーンが何か言い出すのを待った。


「あなたにポール様とリヒト様の所に連れて行って貰いたのです」


 そんなジャンを察してか、リーンは微笑みながら言う。

 ジャンは当然のようにリーンを抱え上げ、もちろんです、と嬉しそうに歩き出した。

 

 ポールの店について扉を開けると、そこにはポールの姿はなく代わりにカートがいた。

 カートはぴくりと眉を上げたがすぐにお待ち下さい、と言って裏へ姿を消した。入れ違いの様にポールが出てきたが騎士団の姿だった。

 いつもの格好の方がお似合いですよ、と皮肉を言ったら、デコピンで返されてしまった。

 女の子になんて事を…とカートが言ったのはリーン達には聞こえていなかった。


「…天使って、お前の事か」


「…?」


「何でもない…それで?いつだ」


「明後日、商会で昼頃だそうです」


「商会か…計画に変更は?」


 ありません、とリーンの返事を聞いたポールは裏にいるカートと何か話し始めたので、そのまま店を出てリヒトの元へ向かう。



 リヒトの別邸に着くと、何故か食事が用意されていてもう1人見知らぬ少年が席に着いていた。


「リーン様、これは弟のマロウです。この秋より学園に通うことになりましたので昨日から帝都の方に来ております」


 そう言いながらジャンからリーンを取り上げると、マロウが見える様に抱き抱える。

 マロウは目を輝かせながらリーンをジッと見つめる。正直言って可愛すぎる。


「アーデルハイド伯爵家次男のマロウです。リーン様に御目通り叶いました事大変嬉しく思います。今後も兄共々よろしくお願い致します」


 学園とは12歳になる子供達が国の発展のため色々な知識や技術を身につけるための学び舎として設立された帝都最大のマクシマム学園である。最大の学園と言う名を欲しいままに子供達は勿論、親からも信頼を受けている学園だ。

 学園長リュー・マキシマムはかなりのやり手で有名だ。入学には難関の試験と学科毎の定員があり、狭き門として君臨している。そこは階級社会と言う枠組みから外され、平民だろうが、王族だろうが合格せねば入る事は叶わない、

 何より、この学園を卒業した生徒は優秀な上に、徹底した教育のお陰で何処に出しても恥ずかしくないマナーを身につけているため、皇城のみならず引く手数多。その為、少しでも優秀な者を…と学園と対立を考える者などおらず、外部からの干渉も受け付けない独立した機関になっている。

 

 マロウの言葉遣いといい、学園の事といい、とても優秀な子なのは伺える。


「はじめまして、リーンです。それは素晴らしいですね。どちらの科にいかれるのですか?」


「私は、魔法科の方に行かせて頂きます」


 誇らしげに胸を張るマロウにリーンは頭を撫でる。何の疑問もなくマロウは嬉しそうにリーンの手に身を任せていた。


「リーン様、お食事といたしましょう。まだ召し上がられていないと聞いております」


 リヒトが動いたことによってマロウの頭から離れた手をリヒトが優しく握りしめる。訳がわからないリーンはリヒトが正面の椅子に座るまで顔をジーと見つめていた。


「リーン様、どうかなさいましたか?」


 少し機嫌が治ったリヒトは朗らかに笑っていて、リーンは首を傾げるしかなかった。


 今回は初めから椅子に意図的に分厚く作られた、この豪華な邸宅にはにつかわしくない薄ピンクの可愛らしいクッションが置かれていて、フォークやスプーンはリーン用に新調された物だった。更には切りづらいお肉はリーン用に小さなブロック状にカットされていて、それを綺麗に盛り付けられていた。流石に料理人の苦労が窺える。


 快適になった食事を3人で楽しんだ後、リヒトによって執務室へ運ばれ、明後日の事を伝えた。


「思ったより早かったですね。明後日…少し私達は変更が必要かも知れません」


 リヒトにはライセンと共にトットを捕まえに行ってもらう。リーンとポールは奴隷の解放が目的なのでリーンは目的地を伝えただけで準備は殆どポールに任せている。しかし、リヒトとライセンは教会の主を味方につける為、トットとの繋がりを暴く為の情報収集と証拠集めに奔走していた。確かに時間があまりないので多少の予定変更は仕方がないだろう。

 リヒトは変わった色の紙に何かを書いている。書き終わるとその紙を丁寧に封筒に入れると封蝋し、あの純金の煌びやかなベルを鳴らす。この部屋に似つかわしくない物はあの純金のベルと宝石が散りばめられたギラギラのペーパーナイフだけだ。


ーーチリンッ


 とても穏やかで綺麗な音が鳴る。リーンは風鈴を思い出し懐かしさに思いを馳せていた。

 立ち上がったリヒトが窓を開けると、その手紙はパタパタと鳥の様に飛び、開け放たれた窓から外へ飛び出していった。

 こんなに便利な魔法もあるのか、とリーンは感心していた。


「リーン様、宜しければ明日私にお付き合い願えませんか?」


「どちらに行かれるのでしょう」


 昼にパン屋に行く以外の予定はないが、パン屋から離れすぎてたり、国の外に出るなどの話なら断ざるを得ない。

 確かに皇室御用達になったパン屋は、例えトットがどんなに圧力を掛けようとしても客足が途絶える事はなくなり、最近では貴族もお忍びで訪れる程の人気店となった。

 でも、リーンはあの素敵な家族の様子をまだ見ておきたいと思っていた。


「明日は教会に探りを入れに参ります」


 リヒトの狙いは教会に悟られず探りを入れる事だろう。リーンは教会についてもかなり調べていて一つ気になる事があったので教会には行ってみたいと前々から思っていた。


「分かりました。私も教会には興味があります。ご一緒いたしましょう」


 明日の予定も決まったので、徐に席を立とうとすると、リヒトに呼び止められる。


「今、ジャンはライセン様の所へおつかいに行かせてますし、夜も更けてまいりました。うちには自慢のお風呂があります。是非入っていってください」


 お風呂…!確かに凛にはこの世界に対して思う所があった。それは大好きだった甘い物がないと言う事と日本食に近い物がない。(特にお米などの主食)そして、生前。忙しい日々を過ごしていた凛はシャワーばかりになっていて、ずっと湯船に浸かれていない。 

 あの高級宿屋ですらお湯で体を拭く程度で髪を洗う為の石鹸すら用意されていない。皆髪は水で濯ぐ事しかしていない。


(日本人の私には有難いな)


 いつも冷静で大人しいリーンでもこれはかなり嬉しい。

 帰ろうとしていたリーンがもう一度腰を下ろし、連れていかれるのを大人しく待っている。表情にこそ出てはいないが、その反応にリヒトは大満足の様ですぐにメイドを呼んでリーンを案内させた。

 流石、貴族のお風呂と言っておこうか。メイドに服を脱がされ、体を丁寧に謎の液体で洗われた後、湯船に浸かりながらまた謎の液体で髪を洗われた。人にやってもらうってこんなに気持ちいいのかとふわふわとした気持ちでお風呂を上ると、元々着ていた服は洗いに出したとの事で肌触りのいい肌着とペチコートの豪華版のような物を着せられた。


 執務室に戻るとリヒトは待っていたのかまたすぐ抱えられる。

 連れてこられたのは衣装部屋のようで可愛らしいドレスがたくさん並べられていた。どうやら全てリーン用にリヒトが用意させた物らしい。

 目をギラギラに輝かせたメイド達の視線に嫌な予感がする。その予想は的中であれこれ着せ替え人形の如くメイド達に遊ばれ、リヒトは悶絶を繰り返すばかり。

 疲れ果て助けを求める視線を見事にかわされたリーンは為す術なくされるがままだった。

 あれよあれよと時間が過ぎていき、今はリヒトとお茶を飲んでいた。それも自然にそうなっていた。完全にリヒトのペースに乗せられ、昼間の疲れも有りリーンはコクリッコクリッと頭を揺らしていた。


「リーン様、今日はお疲れでしょう。このまま当家にお泊まりください」


 はい…と消え入りそうな返事をやっとしてリヒトに抱えられ、そのままベッドに寝かせられた。

 リヒトのリーンを家に泊める作戦は成功を収めた。少し寝顔を眺めた後リヒト大満足で執務室に戻っていった。






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