世界樹
鬱蒼と生い茂る草木を掻き分けて進む。
その先に待っている美しい情景を思い浮かべながらでないとこの険しい道のりに挫折してしまうことだろう。
先の方に少しだけ見える光が気持ちを掻き立てる。この先がどれだけ美しい場所であるかはもう既に知っていたとしても実際に見るのでは0と100ほどの差がある。
それだけ美しい場所であると言うことだ。
「お待ちしておりました、我らの主人」
「お出迎えありがとう」
道なき道を歩き続け、最後の草を掻き分けると目の前には美しい女人が三つ指をついて待っていた。
その何とも奥ゆかしい彼女に少しだけ元の世界の事を思い出す。
「態々こんな奥地までお越し頂けるとは思ってもおりませんでした」
「来ようとは思っていたのですが、遅くなりすみません」
此処までの道のりが険しかったのは否定しない。ただ、彼らには彼らの生き方や縄張り、信仰、矜持があり、彼らは特にそれらを気にする。
「エルフは初めてで御座いますか」
「あ、そうですね」
そんなに見つめてしまっていたか、とリーンは視線を美しい景色の方に向ける。
「私はエイフリアと申します。族長のところまでご案内致します」
「はい」
腰を左右に揺らしながらスラリとした足を伸ばす彼女の歩き方はとても妖艶で美しい。長いブロンドの髪が風に靡き、リーンの元まで花の香りが届いてくる。
一度村を歩けば、もうリーンの事は周知済みなのか、あちらこちらから拝まれている。
皆一様に美しい容姿をしているが、それでもエイフリアが飛び抜けて麗しい女人なのは明らかだった。
「此方です」
「失礼します」
「…あぁ、女神様。態々こんな所まで…なのに御足労まで頂きまして申し訳御座いません…」
「いえ、突然の訪問申し訳ありません」
如何やら族長と呼ばれる目の前の老人は足を悪くしているようで立ち上がろうとするがその身を支える事も出来ていない。
そしてそれを言い訳するわけでもなく、必死になる様は自身の立場を理解させられる。
「そのままで結構です。少し世界樹の葉を分けて貰いに来ただけですので」
「世界樹の葉を。畏まりました、直ぐにご用意させて頂きます。エイフリア、直ぐに村の者たちに伝えてくるのだ」
「はい。族長様」
エイフリアがリーンに深々とお辞儀をして部屋から出ていく。美しい容姿も去ることながら、その微笑みは宝石よりも価値がある。
「アレは私の娘でして。親バカと思われるかもしれませんが村一番の器量のある女です」
「えぇ。確かにお美しいですね」
「宜しければ貰ってやって下さいませ。それが娘の一番の幸せになります」
「…それは」
「えぇ。妾でも愛人でも何でも」
リーンはフッと小さく笑う。
リーンを女神だと知っている様子、そして村の入り口まで迎えを寄越すタイミング。彼はエリザベスと同じなのだろう。
「わたくしは、【神子】を授かりました。もう何百年も前のことです。その時とは少々ご様子も違うようですが、その神々しさは愛も変わらず気持ちの良いものですな」
多分だが、彼は目も見えていないのだろう。
部屋は埃一つないほどに綺麗に片付けられているが、彼の手が届く範囲にはあらゆる物が所狭しと並べられている。
そこに何処に何があるのかを分かっているように迷わず近くの盃を手に取る。
手酌をしてリーンにその盃を差し出すと、本当に嬉しそうな笑みを浮かべる。
「再び貴方様に相見える事が叶うとは思ってもおりませんでした。世界樹の葉を手に入れたその後は如何なさるご予定でしたでしょうか」
「…少し、寄る場所があります」
「ほう…。では、旅の共にエイフリアをお連れ下さい。役に立ちます」
「お借りしてよろしいのですか」
「えぇ。手となり、足となりましょう」
「…後はご本人の意思を聞いてからにします」
族長と軽い会話をしながら軽くお酒を飲む。
族長の話しはお伽噺のような本当の話しばかりで思わず笑ってしまうほど面白かった。
「族長様、準備が整いました」
「では、女神様。お好きなだけお待ちくださいませ」
「ありがとうございます」
「エイフリア。女神様のお供につく気はないか」
「私でよろしいのですか…?」
「貴方さえ宜しければ」
「はっ…はい!心身共にお支えさせて頂きます」
腰の低い彼女の頬を染めて喜ぶ姿は万人を惑わせるほどの威力がありそうだ。
リーンは族長から預かったカゴいっぱいの世界樹の葉をエイフリアに持たせる。
「私の代わりにこれを届けてほしい。エリザベスという女帝がいますので、彼女を呼んで皆の治療に役立てるよう言ってください」
「畏まりました」
「そして、それが終わったら頃にエイフリアを呼び戻しますので」
コクリ、と頷いた彼女にリーン少しだけ笑って送り出す。パチン、と指を鳴らすとエイフリアが目の前から消え、それを見ていた世界樹の葉を運んできた村人たちは更に拝み倒す。
流石のエルフと言えども“転移”は珍しいらしい。
“物質移動”と神の御業に等しい高等魔法の更に上位互換である“余人転移”とを見せられたのだから態度としては仕方のない事の様に感じる。
「…【神子】は願いを叶えます」
「えぇ。【神子】は願いを叶えます。ただ、貴方様ほどではないのです。私が出来るのはほんの僅かな…世界に影響を及ばさない程度のささやかな願いだけなのです」
「これまで貴方は何の願いも願っていないのでは?」
「…えぇ。我々にはもう既に女神様から与えられた使命とこの世界樹からの恵みがありますから」
欲のない人だ。
普通なら出来る事を最大限に活かして自身の利益になる様に動く者の方が圧倒的に多いだろう。
「最近、この森を探っている輩が多い筈です。力を使えばこの森を、この場所を族から完全に隠す事もできる筈」
「…私は【神子】の力は使えない」
「何故…」
「…私はこの力を継承し損ねた…。それが私が犯した大罪です」
他、四つの力とは違い、【神子】を与えられるのはエルフのみ。そしてこれは神から与えられるのではなくその継承した【神子】本人が次の後継者を選び、【願い】継承する。
だが、彼は継承し損ねてしまった。
正しくは継承は済んでいる。だか、儀式を最後まで終える事が出来なかった、という事。
「継承式中に…前【神子】が亡くなったのです。私は例え自身が死んだとしても彼女を守らねばならなかった。なのに…私は…」
「族長様…」
「族長様は悪くありません」
「そうです。あれは事故、事故だったのです!」
ただの事故とは言えないものだった。
リーンの神示にもそう見えていた。
そして彼にそんなトラウマを植え付けたのは紛れもなく、ディアブロだ。
【神子】を何よりも恐れたディアブロは継承式を止めたかった。
恐れているのは力そのものではない。その力を使えば延々と【神子】を継承し続けられるという所だ。
「力はきちんと備わっています。継承はキチンと済んでいる。ただ貴方がその時の事を恐れて、悔やみ、悲しんでいるだけ」
「…はい」
慰める、なんて聞こえの良いものではない。
彼には頑張って貰わなければならないからだ。
ディアブロに対抗するためのピースとして彼の力は必要不可決。今はまだその時ではないとしても、いずれは彼が必要になる。
その時までに何としても力を使えら様になって貰わなければならない。
「エイフリアを戻します」
「次はアルエルムに向かうのですね」
「全てのお見通し、ですね」
「ふふふ。いつでも繋がっておりますので」
彼が力をうまく使えるようになるまで然程時間はかからなさそうなのにりは安心して、パチン、と指を鳴らした。




