ショートケーキ
「今日もお手伝いありがとうね、レーネちゃん」
「いえいえ、私はこのハスィロに惹かれてしまって」
「そうかい!そうかい!いやー、嬉しいねぇ!大切に育てた甲斐があるってもんだ!」
ガハハ!と豪快に笑う彼はこの農園兼牧場の主ハスィロさん。
彼は少し変わっていて、幾ら温厚で真っ白でのっぺり顔だとしても大型な魔獣に自らの名前をつけた飼い主で、更にあのレストランで出されていた“ロギア”も飼っている超が付く有名人。
“ロギア”はこの大陸では割と広く飼育されている動物だそうで色んなところで食べられているのだが、ハスィロに関してはこの地域限定で、あの“マグナロギア”が有名になったのも実はこのハスィロが使われている事が大きい。
マグナロギアの調理法はハルト様曰く“煮込み“という奴で、さまざまな香草や薬草を使って風味豊かな味わいと、兎に角時間をかけて煮込まれた事によりホロホロにとろける食感を味わえる至極の逸品。そして彩として添えられた真っ白な線。何故かその色を混ぜ合わせるとその風味豊かは味わいを濃厚で重厚感を持たせたワンランク上に押し上げてくれる。
ただ、ハルト様に出会う前だったらこのマグナロギアにめ大層驚き感動しただろうが、既にこれ以上のものを食べている私としては余り納得がいっていない。
やはりハルト様の発想力は完璧でそれを実際に作り上げるアースさんはやっぱり凄い人だ。
だからこそ今回の仕事をやり遂げなくてはならない。ハスィロを使ったお菓子、私が絶対に完成させてやるんだ!
「レーネ!お昼持ってきたよ!」
「レーネおねぇちゃん!もってきたよ!」
「エマさん!フレディく〜ん!」
愛らしいフレディくんにメロメロのおばさんを許してね。フレディくんを見れば疲れなんて飛んで行っちゃうよ!
「相変わらず酷い顔よ?気持ちは分かるけど」
「そうです!しょうがないのです!フレディくんをこんなに可愛く産んだエマさんが悪いのです!」
「あらあら、そっちの意味じゃないのだけれども」
「レーネおねぇちゃんはフレディがすきなの?」
「そうなのです!だ〜いすきなのです!」
「ぼくもね、レーネおねえちゃんのことだいすきだよ!」
「あぁ、溶ける〜、レーネは溶けちゃうよ〜」
くりくりで大きなおめめはエマさんと同じ金にも見える薄茶でベンさんに似たふわっふわの癖毛が私の鼻をくすぐってくる。はち切れんばかりの頬は思わず連打したくなるし、ちっちゃなおててに握ってもらいたくてついつい指を差し出してしまう。フレディくんが欲しがるものなら何でもあげたいし、やりたい事はやらせてあげたい。だから髪の毛を引っ張られようが、鼻の穴に指を突っ込まれようがどうでも良い。そして嫌がることからは全力で遠ざけてみせる!
それをエマさんベンさんに過保護すぎ、と怒られるのは日常茶飯事だが、もうそれで良いのだ!
可愛いのが悪い!
「ぼくね、4さいになったの。ハルトさまがね、れんしゅうするね、やつくれてね、きのうはもっと、もーっとおっきなあなになったよ!」
「…何と…4歳にしてもう!!!素晴らしい!素晴らしすぎます!フレディくん!可愛いだけではなく天才なんて完璧じゃないですかっ!!」
「もう、毎回毎回レーネったらやめなさいって。フレディが調子に乗ってしまうじゃない。まだ数回しか出来ないのよ?しかもお預かりした魔石をもう10個もダメにしちゃったし…あれ一体いくらするのかしら…怖いわ」
「何言ってるのですか!エマさん!フレディくんは天才なのですから投資するのは当たり前ですよ!ハルト様もそう思っているのです!出なければ一個5000イルはくだらない魔法石をホイホイ渡したりしませんって!」
「え、あれそんなにするの?5000…イル…平均年収よりも高いとは…困ったわ…ベンになんて言おうかしら」
明らかにテンションの可笑しい2人をキャキャと楽しそうに見ているフレディの構図はなんとも愉快だ。
「そうだ!今日はお祝いをしましょう!フレディくん!今日はケーキを作りましょう!」
「ほんと!?やったー!レーネおねぇちゃんだいすき〜っ!」
「きゃーーー!フレディくん、私を殺しにかからないでーーー!」
うん、何とも愉快だ。
その日の夜。
「ん?昨日は何のパーティーだ?」
「あら、ベンさん聞いてませんでしたか?何でもフレディくんが《ポータル》を成功させたそうです。そのお祝いだ!とレーネが騒いでおりましてね。カレーやら、ドリアやらせがまれましたよ」
「またあの子か。本当に可愛がってくれるのはありがたいけどあの子の反応は異常だよ」
「私も気持ちは分かるんですがね、あれは異常ですね。仕方がないのかも知れませんが…」
「…?」
ベンとアースが来ていることに気付かないほどに浮かれているレーネは通常運転でフレディとワイワイ遊んでいる。
「ベン、どうだった?そっちが終わったのなら早めにガンロ様達のところに合流した方がいいと思うのだけれど」
「ん?急にどうしたんだ?そんな急ぐことないだろ。レーネもレシピ完成したのか?」
「それがこの子フレディと遊ぶために寝ないで仕上げたんですって。だから早めに向こうに行ってライガさんに叱ってもらわないとと思って。それに魔石の消費も怖いし」
「ん?何でライガ?魔石?」
「…貴方はそう言う人でした」
「え?アース分かるか?」
「流石に分かりますよ。今のレーネはフレディくんに異様に固執してますしね。フレディくんは魔力がまだ足りないので補助で魔石のマナを借りての《ポータル》を開いています。魔石無くなったら私ら徒歩でアルドに向かわなければならなくなりますよ」
首を傾げるベンウィックを置いておいて2人はフレディとレーネを引き剥がす。
泣いて嫌がるレーネを無理矢理席に座らせた。
「ねぇ、レーネおねぇちゃん!ケーキは?」
「ふふふ!もっちろん完璧です!」
「ハルト様のヒントによればハスィロの乳を、ぶんり?してそれをお砂糖を混ぜながら泡立てるんです」
「え、そのぶんり?はどうやったの?」
ふふふ、と不気味に笑ったレーネは何かを前に置く。
「んあ、魔法陣か」
「はーい!そうなのです!私の【パティシエ】の技能にですね《天秤》と言うのがありまして、私はそれで何が何グラムなのか持っただけで分かるのですね!それにこのハルト様からお預かりした魔法陣を組み合わせて使うと!何故か分かりませんが2種類の液体が産まれるのです!」
「「「…へぇ」」」
「それでも流石にこれがどっちがどっちなのか分からないのでどっちもかき混ぜてみまして…それで固まったのがコチラ!もう一方は全く固まりませんでしたね、ハイ」
「「「へぇ〜」」」
「それで此方が、ハイ!“ショートケーキ”と言うそうですね!甘くて美味しいですよ〜。さぁさぁ、フレディくん!召し上がれ〜」
「ケーキ、ってくりすますとかに食べやつよね?あれってお砂糖で固まってる奴じゃなかったかしら?」
「確かにそうでしたな、これはなんだがふわふわ、ツヤツヤしてますね?」
「雪みたいだなぁ?」
「そうでしょ!そうでしょ!感動でしょ!!!塗るのがとても大変で夜通し5日も練習についやしました!!」
興奮冷めやまないレーネは鼻高々にケーキを掲げる。
「でも、ハルト様のレシピだとなんか赤い果物を載せるみたいなんですよねー。モニーに似た赤い果実…チーゴって言うそうです」
「…それ、完成してなくないか?」
「たぶん、何にも分かってないんじゃないかしら」
「未完成ですねぇ」
「そ、そうとも言いますが、ハスィロを使ったケーキになのは間違いありません!ちゃんと形になりましたし!」
完全に可笑しくなっている。
彼女は割と理性的な人だったはずなのだから、本当に可笑しい。これにはもう一刻の猶予もないのかもしれない。
「…あー、エマ。今日この後ちょっと出てくるよ」
「えぇ、そうね。その方がいいわ」
「エマさん、私らもちょっと出てきますね」
「アースもみんなも宜しくね?」
「「「はい、エマさん」」」
料理人見習い達も流石に察した様だ。
皆んなで2人の様子を少し眺めて一様にため息を吐いたのは致し方がないことだ。




