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命の契約



 やっぱり子供、と言うものはどうにも動きずらいと思う。それは身体的な不便も勿論そうなのだがそれだけではなくて、単純に1人で動きづらいという事。

 僕はまだ4歳だからそれが顕著で。

 手は短く剣なんか持てない。せいぜい短剣だが、それすら重くて持てないものもある。指も短く、それ以前にあまり器用には動かない。足も短いので歩いて行動するには範囲が狭い。そして何より体力がない。


「こんにちは!」


「あら、坊やこんなところまで1人でどうしたんだい?」


「みちにまよいました」


「それはまあ。でも大丈夫だよ。何処に行きたいのか分かるかい?」


「うん!わかるよ!」


「ヨシヨシ、良い子だ。…あんたちょっと出掛けてくるから店番頼むよ」


「なんだい、おかみさん。今日初めて店に立つって言うのに置いて行くんはないっすよ!何ならその坊主俺が送って行きますよ」


「そうかい?じゃあ頼もうかね?…坊やもそれでいいかい?」


「うん!ありがとう、おばさん!おにぃさん!」


 ただこんな時ばかりは子供で良かったと思う。

 子供だと大概の人は油断して掛かるし、もしこの人が居なくなったとしても僕を疑う事はない。子供が大の大人をどうこうできるなんて誰も思わないからだ。

 男は一つも嫌な顔をせず近づいて来た。

 店番にするには勿体ない程に体格の良い男で余程この店が狙われやすいの出なければとても不自然な程だ。

 これが息子とかならまだわかる。

 でも、会話的にも彼が息子ではない事は明確だ。


「んで、坊主何処行きたいんだ?」


「あのね、いろのおおぐまていっていうおやどのちかくのところにいきたいの」


「白の大熊亭か。なんだとんだボンボンじゃねぇーか」


「ボンボンってなぁーに?」


「ん?金持ちって意味だよ」


「かねもち?きんかほしいの?」


「ん、まぁ。欲しくねぇ奴はいねぇよな」


 こうやって子供っぽく振る舞うのも極々普通の会話をするのも全ては作戦のためだし、引いては僕の為になる。


「本当に凄いなぁ」


「ん?なんか言ったか坊主」


「なんにもいってないよ?それよりぼくピカピカもってる!」


「おうおう、流石ボンボンだな?ちょいお兄さんに見せてみろ」


 ポケットをゴソゴソと漁る。

 そして小さな身体を器用にくねくねと捩る。


「んだ?急にくねくねなんかしてどーしたんだ」


「…お…」


「お?」


「お、おしっこ!」


「おい!まて、坊主!…チッ。しかたねぇなぁ」


 路地の方に駆け出して行く僕をお兄さんはゆっくり歩いて追ってくる。

 路地奥の少し薄暗い所まで進む。後ろからの足音は相変わらずで安定したゆっくりのペースだ。


「こんな奥まで来るこたぁ、ねぇだろうが。男なんだからその辺でしろ」


「でも、本当はダメなんでしょ?お外でおしっこしたら」


「そんな事平民なら誰だってやってるさ」


「そうなの?」


「おしっこ終わったか?終わったなら行くぞ」


「うん」


 それでも僕はやり遂げなくてはならない事がある。必ず成功させてお父さんもお母さんも護らないと行けない。まぁ、理由はそれだけじゃないんだけど。


「それで坊主…白のおおぐ…ぐうぉ…な、何だ」


「銀だよ銀、それも君達の退治用に特別に打った奴」


「ぎ…ん」


 路地を抜ける為に背を向けた男は顔だけを此方に向けて消えいるような声で言う。

 不意打ちでも一瞬では片がつかないようだ。

 背後からにして正解だった。

 更に短剣を深く差し込む為に男に寄り掛かるようにして全体重をかける。

 本物の人間を刺したことも攻撃したことも無いが、多分、いや、やはりと言った方が良いだろうか、感触が、手応えがあまり無い。

 まるで空虚に剣を突き立てているような、切れ味の良いナイフでなんの抵抗もなくパンを切ったような不思議な感覚。


「そう、ガンロ爺ちゃんの最高傑作の銀の短剣だよ。良かったね?所詮下級悪魔のくせに爺ちゃんの最高傑作で死ねるなんて」


「…クソッ。直ぐに食っとくんだったか…」


「じゃあね、あくまさん」


 サラサラに風に乗って散る灰を眺める。

 此処が暗がりだからか風に乗って散っていく灰が街の明かりに照らされてキラキラと揺らめいている。

 幻想的な光景だが、やはり灰は灰だ。口に入れば苦いだろうし、ザラザラするだろう。絶対に入れたくはないが。


「次、行きますか」


 逆光のように街の灯りで影が伸びる。


「フレディ」


「あ、パパ!来ちゃったの?」


「路地に男と入って行くところが見えたからな」


 少し罰の悪そうな表情で見下げるベンウィックスはフレディを尾行していたのだろう。フレディが練習と称してエマを先に帰して何をしていたのかを理解しているようだ。


「お前は昔から不思議な子だった。赤ん坊の時から俺とエマの会話を理解している節があったし、とても早くに話だして、掴まり立ちを飛び越えていきなり立った。でも俺らの子供である事は間違いない。成長が早いのも良い事だ。でもな、危険な目に遭わせたい訳ではないのだ。いくらハルト様の命令だったとしても」


「ごめんね。やっぱりパパは分かっていたんだね。ママに黙っててくれてありがとう。でもね、これは僕が志願したんだ。やらせて欲しいって」


「…何故そんな事を…」


「一番は僕が安心したいからかな。僕はパパとママの子供に産まれてくる前に神様と会ったんだ。前の生のことは忘れてしまってるけど、僕はとても良い行いをしたみたい。だから特別な存在として産まれたんだ」


「特別な存在…」


「僕はね、2つ選択肢を与えられた。とても裕福で快適だけど悪いパパとママか裕福ではないけど立派で勇敢で優しいパパとママ。そして僕はベンウィックスとエマを選んで産まれて来た」


 ベンウィックスは泣きそうな表情だが、とても優しい顔で彼を見つめている。


「どちらも苦しい生活なのは分かっていたんだよね。裕福でも愛されない。愛されるけど貧しい。でもどっちも僕が頑張れば大丈夫だと神様は言ってた。お金はどうにでもなるけど愛される事は何よりも難しい事だから。だから僕は頑張るんだ」


「フレディ…パパとママが手伝える事はあるか?」


「パパ。ごめんね、ハルト様との交渉で何も言えないことになってる。ただ僕は神様に10歳までは何があっても死なない《幸運》の加護を貰ってるから心配しないで?」


「…それでも怪我をしない訳ではないのだろう」


「…流石だねパパ。その通りだよ。僕らが幸せになる為にはハルト様の側にずっといるのが一番なんだ。だから少し危険な事をしてでもしがみつきたい。じゃなきゃ…ママは来月…死んじゃうから」


 ベンウィックスは意外にも冷静だ。

 彼がエマの異常に気がつかない訳がない。分かっていながら誰にも話さず黙っていた。

 リーンに頼む事も出来ただろう。

 でもそれをしなかったのはもう十分過ぎるほどに与えられていたからだ。多くを望めば身を滅ぼす。諦めたかった訳ではない。これはエマと話して決めた事だった。


「フレディ…いつ知ったんだ?」


「産まれてくる前に」


「…そうか」


「だからハルト様に出会えた事は奇跡なんだ。ママを助けるチャンスがあるんだから」


「フレディ…エマは…ママはもう何をしたって多分治らない。ハルト様でも無理だ」


 フレディは俯く。

 それも分かっていた事なのだ。


「大丈夫…約束したから。ハルト様は絶対に“呪い”を解くって約束してくれたんだ」


「…あれは俺らの罪だ。悪魔に命を引き換えに願いを叶えて貰ったのだから」


 ベンウィックスとエマは赤ん坊を授かる事を強く望んでいたが、3度の流産を経験した。そしてエマは3度目の流産と共に妊娠できない身体になった。

 日に日に落ち込み、弱々しくなっていく妻を何とか励まそうと頑張ったベンウィックスだったが、強く強く赤子を望んだエマは知らず知らずのうちに悪魔にその身を委ねてしまった。

 ベンウィックスが気づいた時にはもう手遅れで、赤子を授かる代わりに30歳となる日に命を差し出す契約をしてしまっていた。

 エマはそれでも大層喜び命など惜しくないと後悔すらしていなかった。

 ベンウィックスは子よりもエマを愛した人を、と望んだが一度悪魔と契約を交わしてしまった後ではどうにもならなかった。


「パパが僕よりもママを選ぶ気持ちはよく分かっているよ。それでも産まれて来た僕をとても大切にしてくれた。本当に有り難う」


「ハルト様はどうやってエマを…助けるつもりなんだ…」


「…どうするのかな?」


 僕は分かっている。

 どうすればママを助けられるのか。でもそれを話せば2人はどんな反応をするだろうか。どんなに頑張ってもこれだけはどうにもならなかった。立てるようになってからたくさんの本を読み、悪魔についてや契約魔法や薬、魔道具など色んなものを試した。

 でも効果は全くなかった。

 一つ可能性があるとすればその対価をもっと価値のあるものと交換する事だけ。


「…フレディ。もう辞めなさい。確かに…俺はお前よりもエマが生きる事を望んだ。でも今はもうこの3人での幸せな生活を思い出にお前と2人生きていくとエマと約束したんだ。お願いだ。もう…辞めてくれ」


 ベンウィックスは本当に聡い人だ。

 フレディがエマの代わりになろうとしている事も理解しているようだ。


「パパ、ありがとう。僕を愛してくれて。それだけで僕はもう充分だから。ママと2人幸せに生きて欲しい。ママは多分直ぐには許してくれないだろうけど、でも大丈夫。パパがいるから」


 エマの想いとフレディの想い。

 どちらも大切だからこそベンウィックスは声を殺して静かに目に光るものを浮かべた。







 


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