変身
試着室は大衆用だからか、木製の箱状の小部屋に布をかけただけの簡素なものだった。と言うのも店内はシャンデリアのように沢山の魔法石で作られた照明器具やとても高い代表格の染料をふんだんに使用した真っ赤な絨毯に施された手作業であろう金の刺繍など、お金が掛かっているのは手に取る様に分かる。これはハーニアム公爵のブティックよりも絢爛だ。だからこそ試着室が簡素に見えるのだ。
この街に来てからと言うもの布自体が貴重なエルムダークとは違い、先程の巨大帆船から始まり、ガラス窓や瓶、植物紙など比べ物にならないくらい発展を遂げている。よってリーンが試着室を簡素に感じたのは仕方がない事なのかもしれない。
勿論それにハラハラしていたのは使用人達で、当たり前のように周囲を固める。
「着替えました。どうでしょう?」
「「「「大変お似合いです」」」」
突然少年姿に成れば驚くかと思ったのだが、ポートガス一行や使用人達からは特に驚くような反応はなく。寧ろ良く店員が言いそうな殺し文句が聞こえてきた。
店員なら誰にでも同じ言葉を言うのだろう、といつも思っていたリーンからすればそれはあまり褒め言葉では無い。
「そうですか。他のにしましょうか」
「いえ!リーンハルト様!これは絶対に買いましょう!麗しく透き通るような翡翠眼に紺色が良く生えていますし、ジャケットなので外行きでも問題ありません。短パンが子供の愛らしさを出してますし、スベスベの御足が何とも言えません…。絶対に買うべきです!」
「…ミモザがそこまで言うのなら、これにします」
「では、次はこちらを!」
みんなの反応はミモザの意見に賛同したか、兎に角頭を大きく縦に振るだけ。本当に良いのか不安だ。
「ミモザ、ひとつだけで良いのですが」
「いえ!リーンハルト様!これはミモザが買うので、もう一つ!リーンハルト様が気に入った物を買いましょう!」
「そうですか?じゃあ、アレはどうですか?」
リーンが指差す先を使用人一同だけでは無く、ポートガス親子ないしその連れの護衛や従者、そしてお客達までもが視線を揃える。
神が自ら欲した物。それだけで価値は上がる。そしてお客達もそれを欲しがる。勿論今来ている物やレスターが抱えている物も望まれるであろうがその比ではない。
「…アレは…なんと言うかシンプルで…確実にお似合いには成られますが、室内着になると思われます…」
「も、勿論、リーンハルト様が身に付けるのなら全て完璧に着こなされるのは承知しておりますが…アレは少し普通過ぎる…と思われます…」
リーンが選んだ物に対して余り反応が良くない。と言うのもリーンが選んだのは平民が着るような麻色で無地のシンプルなワンピース。リーンからすれば涼しそうで楽そうな物だし、勿論その辺の店の物よりは上質な物だがリーンが着る、となると少し服の方が浮くくらい普通過ぎるのだ。
「…そうですか。じゃあ、やっぱり選んで下さい」
「…室内着としてお持ちになるのでしたら、あちらも宜しいかと思われますが!」
「室内着はアリアの物がありますし、必要ないですね」
そうして使用人一同自身が選んだ物に目を向ける。当然全てリーンに似合うと思って選んだ物なのだが、レスター以外は幼女だった時の服装を知らない。なのでどれも煌びやかな物ばかりだった。
すすすーっ、と何着かみんなが商品を返しに行く中レスターだけは自信満々で不動を貫く。リーンはそれが可笑しかった。
「ミモザ。これは謁見の時に着ることにします。後は大人の女性用の物をひとつ見繕って貰えますか?」
「かしこまりました。お任せください」
興奮して冷静さを失っていたミモザは見ている分には面白かったが、流石に騒がしいのは他のお客に対してもあまりよろしくない。
リーンの一言で落ち着きを取り戻したミモザはしっかりとしたお辞儀をして婦人物の売り場へ向かって行った。
「リーン様、此方は如何でしょう」
「…?」
リーンはレスターに差し出されて物をひとつひとつ確認する。まずその多さに驚いたが、レスターのセンスの良さも知っているし、止める手立てを考えるのが面倒だったリーンはニッコリと笑って誤魔化したのだった。
「取り敢えず、これで行きます」
色は少し派手めでお菓子を連想させるようなカラーリングだが、裾に少しだけフリルをあしらった割とシンプル目な形のワンピース。何より動きやすい。色形にこだわりが無いので選ぶポイントは専ら動きやすさだ。
(((((可愛い!!!)))))
そして勿論皆の心の叫びがリーンに届くことはなかった。声に出す事で先程のような事態に陥るのは避けたいからだ。
「おーい、確認終わったぞ」
「イアン。これどうですか?」
「んー、ちょっとスカートが短い気もするがいんじゃね?幼女スタイルで行くなら抱っこだろ?」
幼女スタイル、と言う響きは少し嫌だがヴェルムナルドール子供バージョンが一番違和感なく街に溶け込んでいた気がするリーンは我慢を決め込む。
なんだかんだで男性だと慣れてきたとは言え不便もまだあるし、ヴェルムナルドール大人バージョンは馬車での失態もあり却下。よって2択となり、レスターの要望もありこの姿に決定した。
因みにそれ以外の服はミモザに頼んだので着てもいない。何となく白っぽい物だったと認識している程度だった。
「着替えでお疲れでしょう。夕食の準備も整っておりますので、暫しのご休憩は如何でしょうか」
「イアン」
「はいよ!」
リーンはクロードの提案に賛同し、イアンに抱っこされながら宿屋へ向かった。
勿論レスターからの睨みを屁でもないように片手で軽々持ち上げたイアンは満面の笑みだ。
「まあまあ良いところだったぞ?」
「まあまあですか?」
「あぁ、ロビティーの屋敷の方が警備がしやすかった」
「警備は彼らに任せては如何ですか?イアンは今日の朝まで寝込んでいたのですから」
「いーや、休んでたからやるの!このままだとレスターに殺されるぞ?仕事しろって」
リーンは首を傾げる。確かにイアンにはお願いしてついてきてもらっているし、御礼を兼ねてお小遣いもあげてあるが、決して給料ではない。護衛に関してはダーナロに居た間は頼りきりになっていたかも知れないが、決して雇っていると言う感覚ではなかった。
その為にスイなどを雇っていたのだ。
「どうしたのですか?」
「イアンはお仕事なんですか?私はイアンはお友達と思ってたのですが…」
「「…?」」
「イアンはお菓子を食べに行ったり、一緒にご飯を食べたり、遊びに行ったりするお友達で…お友達だから助けたり、助けられたりしてるのだと…」
「お友達…でしたか」
「はい。だってダーナロまで連れ立って貰うのはお願いしましたが、その後は自由だとお約束しましたから」
言われてみればそうだった、と2人が顔を見合わせて納得しているとその会話に混ざりたいとばかりに身を乗り出すのはセントフォールだ。
「リーン様!私は!私もお友達ですよね!?」
「セントフォール様は案内人ではなかったのですか?」
「い、いえ!案内人ですが…お友達でもあります!」
「おい、お前が決めるな。案内人だと言われただろ」
悲しそうにショボくれるセントフォール。
リーンはどうでもよさそうにイアンに視線を向けたままだ。
「では、イアンは友人、と言う事で…」
「俺が貰ってた金は?友人なら可笑しいだろ」
「御礼です。お友達でもそう言う所はキチンとしないとなりません」
これに首を傾げる2人の意見は一致しているだろう。助け合いなら御礼はないはずだから。
何はともあれ、2人にとってリーンの言う事は絶対なので突っ込む事は愚か、正そうともしないのでこの話は此処までである。
「レスターは自身で秘書になると言ったので…従者?的な立場で良いんですよね?」
「はい、勿論で御座います」
リーンは自身と周りとの認識の違いをひとつひとつ確認するようにレスターに質問攻めを繰り返し、レスターは嬉しそうにその質問の返答をする、と言う何とも不思議な車内状態で宿屋へ向かったのだった。




