理想
試したい事が出来た。
神の言う通り、身体や能力を自由に扱えるのなら今すぐにでも試してみたい。ただ、今の状況的にそれが難しいのも良くわかっている。
ただ船でのこともあってか、若干投げやりになっている事は否めないが。
レスターにそこそこと耳打ちするリーンに注目が集まる。リーンが話し出さない限り、この道を邪魔する大所帯の集団はお葬式のように沈黙し続けるからだ。
「何処か衣服の取り扱いがある店ありますか?」
レスターの問いに目を輝かせるのは勿論クロード達だけではない。ミモザもかなりウズウズとしている。この姿を見てからアレコレやりたい事が多過ぎて持て余して居たが、お金を集めていたリーンが初日に買ってきた服以外に買い足すはずもなく、更には外に出る予定もあまり無く。アリアが仕立てた物を気に入っている様子からリーンが屋敷内で堅苦しい物を着る事を嫌っていると察しいて、大好きなリーンに嫌な思いをさせてまで我を通すつもりも無いからだ。
そんなリーンが店で買うと言うのなら話は別だ。室内着なら今まで通りアリアのもので十分だし、リーンの性格上室内用を買い足し、アリアを傷つけるような事は避ける。なら外行き用を新調する筈、とミモザは推測できた。
「リーン様、衣服の事ならばこのミモザにお任せ下さい。完璧に仕上げて見せます」
持て余して居たとて、ミモザはやはり優秀なメイドだ。決して騒ぎ立てたり、興奮したりはしない。(人前では)落ち着いた声で見事なお辞儀を披露したミモザ。そんな逸材を見つけ出した自分を褒めたい所だ。
「リーン様に見合うお店をご案内させて頂きます。どうぞ此方へ」
目的地が決まり、港から出たところに止まっていた馬車に乗り込む。
街の人達がリーン達を見ないように心がけている事は明らかだ。視線はチラホラ感じているが、振り返ると決まって晒されている。
「此方まで御足労頂いて申し訳ありません。此方の勝手な都合で皆にリーン様のお姿を周知させる為、少しお時間を頂きました」
「リーン様のお姿を?何故そのような面倒な事を」
「リーン様がくる事はヴェルスダルム大陸中の周知の事実でございます。元々この世界に降り立った事は伝えられていましたから、隠し立てする方が面倒になると言う事で近づかない事、騒ぎ立てない事、いつも通り自然に過ごす事、その他ご迷惑になりそうな事、全81項目の箝口令をしいております。お姿を拝見させて頂く事で間違いが無いように呼びかけているのです」
(みんな81個も覚えられるのかな)
勿論、呑気なリーンのツッコミは斜め上を行ってるが、レスターはその項目の確認を始めるし、ミモザは先程からどんな物を買うかで上の空。流石に荷物を置く為に半数以上の使用人達がイアンと共に宿へ向かったとしても残り全員が乗れるような大きな馬車は無いので、別の馬車となった。
この馬車に乗り合わせているのはクロード、レスター、ミモザ、ラテだ。
「ポートガス伯爵、リーン様は明日にはアポロレイドール様からコートバルサドール様のお姿に変わられます。今日の周知には何の意味もないかと」
「レスター。今回はミモザに衣装を合わせてもらう為に一度全ての姿に変わる予定です。伯爵様にご要望が有れば其方にしますよ」
レスターは少し驚きつつも、少し悔しそうにしていたので、レスターに手を伸ばし慰める。間違いでは無いと言う事を頭を撫でながら伝える。
そう、今までならレスターの言う通りだった。(多分)ただ、今は興味本位で色んな姿を試したい気持ちが強い。
「どうぞ、リーン様のお好きなように。私達は本当にリーン様がこの街に来てくださったという事を周知する為に面通しさせて頂いたのであって、この大陸の者ならばどのお姿であっても幼子の頃から見ておりますので一目で分かります」
少し引っかかる言い方ではあるが、それを聞くと少し厄介な事が起こるような気がしたので、そこはあえて掘り下げない。
「では、こっちの方が楽なので、これでも良いですか?」
久しぶりに慣れ親しんだ姿、幼女に戻る。ただ単に総合的に考えて慣れ親しんでいる女性の方がやはり何かと便利だからだ。トイレ然り、着替え然り。前世然り。(ただコルセットは嫌いなので、大人はなし)
しかし、少々間違えたようだ。
ミモザが咄嗟にリーンを挟んで座っていたラテをリーンの膝の上に乗せる。勿論、一瞬の出来事ではあったが、男性陣の表情はとても硬いし、視線はまるで遥か遠くを見つめているかの様だった。
「汚いものをお見せしてすみませんでした」
と、頭を軽く下げたリーンに何も言わず、必死に首を振る男性2人にリーンは目が回りそう、と感想を呟いた。
失敗は付き物だが、リーンは服装を失念していたのだ。流石に幾ら男性物と言ってもスマートなアポロレイドール姿に似合うようにタイトに作られたシャツでは大人版ヴェルムナルドール姿のバストには小さすぎたようだ。
「…とんでも御座いません。大変、目の保養でございました」
慌てたレスターの発言は少し変態臭い。
ミモザとラテからの痛々しい視線にレスターはまた遠くを見つめる。クロードは余計な事を言わないようにと、口を噤んだ。勿論女性陣2人からの視線に耐えかねて下を向く。
当の本人は確かにデカイなぁ、と少し揉んでみたり、つついてみたり、で余計男性陣の目のやり場を困らせていた。
そんな一悶着ありながらも、何とか目的地に着いた。馬車から降りるや否や飛び掛かってきたのはセントフォールでリーンの手を取るや否や口付けしよう顔を寄せる所を周りに全力で止められていた。
「私にエスコートをさせて下さい、リーン様」
「レスターに任せます」
リーンは念願叶ってこの姿で歩き回れる嬉しさも合わさって、ウキウキでレスターに手を引かれながら店へ入る。勿論ミモザに渡されたストールをグルグルに巻き付けた状態だ。
当然の事ながら、そのウキウキが周りに伝わる事はない。淡々とした口調、吊り上がり気味の大きな金の瞳、血の気を感じさせない程の白さはまるで陶器のようで、ほんのり赤い頬だけがそれをカバーしている。濡れたような艶やかな髪、それでいて風にそよぐ柔らかな髪。突然の事だったので、当然化粧などはしていないが誰よりも美しい。
店に入るや否や固まり尽くした客と店員は口をあんぐりと開けたままで、勿論リーンは口が乾きそう、と呟いたのだった。
「リーン様、奥の部屋で…」
「ここで良いです。自分で見たいので」
もうこれは店側からしたらただの迷惑行為に近いのだが、リーンがそう言うなら誰も止める事はない。
仕方がないのかも知れない。此方に来た当時はリヒト達と毎週のようにバザールやらパン屋やら、その他諸々色んな所に買い物に行って居たのに、ダーナロでは屋敷から出る事は叶わず、旅行などはそれなりにしてきたが、リーン自身買い物は王都でのアクセサリーだけなのだ。(これもなんだかんだ強制的だった)こんな機会でもなければ買う気もないが。
リーンの接客についたカチカチに固まる店員は必死の形相でリーンは笑いこそしなかったが、面白いので凝視。それが余計に緊張させる悪循環で、買い物がなかなか進まない。
国から箝口令がしかれていようと、流石に店内にいた人達が店を突然出ていく事はない。自然な振る舞いも箝口令に入っているからだ。
「リーン様、此方なんか如何でしょう?コートバルサドール様の時は緑眼です。目の色と髪色を踏まえると黒より紺の方が素敵では無いでしょうか」
「貴方はどう思いますか?」
「わ!わたわたわたん…でにょうか…」
にこりと笑うリーン。
パンク寸前の彼は噛み倒しでとても意思疎通が出来そうにない。それでも視線を送り続けるリーンは最早楽しんでいるようにしか見えない。
「リーン様」
レスターに声をかけられて振り返る。
レスターの両手に抱えられた衣服の量はえげつない。勿論、男性物、女性物が混在していて全てリーン用なのは明らかだ。
「全部買うのですか?」
「はい。勿論私の自腹なので問題ありません」
「レスターが選んだのなら安心ですね」
「はい。何の問題もありません」
リーンはレスターのする事に疑問を持つ事はとっくに辞めた。このような暴走は時々あった。ただ、辞めたのは休みの日に一日中椅子に座っていた事をミモザに聞いてからだが。
寧ろ辞めてからはその行動の全てが面白くて、レスターの事を今まで以上に気に入った。
勿論、この会話も勝手知ったるミモザ達以外から見れば、寧ろ喧嘩のように見える程に冷たく感じる。
「じゃあ、ひとつ何か着てみます」
「はい。そうしましょう」
表情と声のトーンが合ってないミモザも少し怖いかも知れない。少々鼻息が荒い。メイドとしての性分と性格が若干ミスマッチになってしまっているが、勿論、完璧なメイドミモザのこんな姿はリーンの時以外には見れない貴重な姿と言える。そして、周りを凍りつかせるそんな姿すら気にならないリーンは相当呑気だと言える。
勿論可哀想なのは弄ばれている、接客についた店員だろう。




