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出会い



 とある山奥にひっそりと立っている一軒の家。木の香りと温もり、綺麗な木目に癒されること間違いなしだ。


「お嬢さん、これも食べなさい。身体が温まりますよ」


「…ありがとう」


 ボロボロの衣服を全て剥がされて真っ白な綺麗な布で包まれる。薪を焚べながらニコニコと笑いかけているお婆さんと目が合うと直ぐに晒す。


「どうして、こんな寒い日に山なんかに登っちまったんだい?ここいらには何も無いのだがね」


「…何も無いから来たのよ」


「…そうかい。そんな綺麗な顔なら良いとこの奥さんにもなれただろうに」


「そう、私は良いとこの奥さんだったの。ただ…それは仮初だったのよ」


 何故こんな事を話しているのか、本人にも分からなかった。ただ弱音や本音が口をついて出てくる。


「ほらほら、もう寝なさいな。明日には山を降りるんだろう?」


 用意された布団に素直に横になる。

 暫くぶりに暖かい屋根のある場所で静かに寝れる幸せを噛み締める。暖炉の火がパチパチと小気味良く音を奏でる。その音色に荒れ果てた心が解かれていく感覚はとても心地よかった。

 気絶したように眠りについた彼女にお婆さんが送る視線は何処か悲しそうで嬉しそうだった。


 翌朝。

 コンコンコン、とリズミカルな音で目が覚める。同時に立ち込めてきた香りで腹の虫が鳴る。


「起きたのかい?顔を洗っといで」


「…うん」


 昨日、森の中で倒れていた彼女を助けてくれたお婆さん。見ず知らずの素性の知れぬ女を家に泊めただけでは無く、世話まで焼いてくれるのはどうしてなのだろうか。


「ねぇ、どうしてお婆さんはなんでこんな山奥に住んでいるの?」


 単なる興味本意だった。


「山は良いわ。静かだし、誰にも迷惑は掛けないし、沢山の恵みを貰って、時には返して…私に答えてくれるから」


「…私は最近まで沢山の人に囲まれていたの。誰もが羨ましいと言ったし、私に取り入るために色んなものを貢いでくれたし、チヤホヤされていたの。それでも、与えられた仕事も妥協しないで慎重に行動して、主人様の指示を全うしたの。なのに…今はこの有様よ」


「…あらあら。人との関わりはいつも裏切りが付き物よ。でもね、信じられなくなったらそこで終わりなの。どうしてそうなったのかを常に考え続けなければ行けないの。考える事を辞めれば自分が自分では無くなってしまう。まだ若いのだから大丈夫、間に合うわ」


 そして何かを思い出したかのようにそっと俯く。


「…私、まだ暫く山に篭るつもりよ。私はこれから外国に行くの。誰も私を知らない土地へ行って、このお金で1からやり直すの」


「そうかい、そうかい。体力が戻るまではもう暫くここに居なさい。きっとやり直せるわよ」


 それから毎日、他愛も無い話で盛り上がり、お婆さんの手伝いをして、炊事洗濯、料理、山菜採り、時には罠を仕掛けて狩りをした。


「本当に手際の良いことだわ」


「昔はメイドの仕事をしていたの。随分と久しぶりだったけど、やれば出来るものね」


 何故あんなにも王妃になりたかったのだろうか。メイドだって初めは楽しかった筈だ。誰よりも優遇されて、給料も高く、主人の2人は優しかった。

 欲を掻いた。国を操れれば問題なかった。王妃になる必要は元々無かった。欲さえ掻かなければ、私はもっと上手く出来ていた筈なのだ。


「だいぶ、ふっくらして来たわね」


「…ふっくら…?嫌よ、太ってなんか…」


「そうね、太ってなんか無いわ。痩せすぎてたのよ…」


 差し出された鏡に映る久しぶりに見た自分の顔はとても綺麗とは言えなかった。痩せこけた顔は頬や目元に深い皺を作り、鮮やかな金髪は傷んで艶はなくバサバサで黒ずんでいる。腕や足には沢山の傷が残っていて殆ど皮となっていたのかハリがない。


「これが…私…?」


「前はもっと酷かったのよ。良くなってきたわ…」


 とても信じられなかった。見るも無惨な自身の姿。隣国に逃げて、今までのように男を騙しながら自由に生きていく筈だった。


(このままじゃ…仕事がないわ…)


 それからは身体を元に戻す為に力仕事も進んで手伝った。薪割りや狩った獣の解体、薪でのお風呂沸かしは顔に煤が付いてもお構い無しに頑張った。


「いつもありがとうね、貴方が居たらとても助かるわ」


「…ここに…いえ、明日も私がやるわ」


 此処にずっといたい、そんな気持ちを言いそうになった。お婆さんが此処に居て良いと言ってくれたら…。とそんな虫のいい話があるわけが無い。

 今の今まで事情も聞かずに家に置いてくれてたのは出て行くと思っているからで、残るからにはきっと話さなくてはならない。

 嘘をつく事は出来る。簡単だ。ただ、お婆さんにはすぐに嘘だとバレる。そして、お婆さんは知らないフリをするだろう。

 嘘は彼女の得意分野だ。なのに、それでもそれが分かっていながらお婆さんに嘘をつく自信、嘘を突き通す自信が無かった。


「今日は、ツノウザキが取れたわ!」


「そうね…じゃあ、今日はツノウザキの煮込みを作ろうかしらね」


「それ、私好きだわ!お城のりょう…り…あの、あ!そうだ!私解体してくるわね!」


「お願いね」


 これまでも何度か口を滑らせたことはある。でも特定されそうな内容ではなかった。メイドをしてた話はしてるし、何とか取り繕える範囲だった。

 でも、今のは不味い。しくじった。

 お城、それを意味するのは王城だけ。

 バレたかも…。いや、これはバレたに違いない。逃げるか。逃げるなら今しかない。荷物は無いけれど、今を逃したら確実に捕まる。


「解体は終わった?」


「…もう、終わるわ!持っていくわね」


 お婆さんの変わらない態度にホッとする。それに一緒に居て通報のしようがない。家を出て行ったら私も逃げれば良いだけ。何も問題はない。


「味はどう?」


「とても美味しいわ!」


「そう、良かった」


 ふふふ、と笑い合いながらの楽しい食事の時間。とても好きな時間だ。


「私の娘も…もうお嬢さんくらいの歳かしらね。突然家を飛び出して行ってとても久しいのだけれども、娘の事を1日たりとも忘れた事はないわ」


 とても寂しそうに言うお婆さんに視線を向ける。


「娘ともこうして楽しく食事をしたかった」


「…娘さんが居たのね」


「えぇ、もう10年も前に流行病で死んでしまったのだけれど。娘が死んで…私は心を病んでしまってね。自殺未遂を犯して…主人に此処に連れて来られたの。自然って凄いわね。心が落ち着いて行ったわ。でも、その主人も去年亡くなったの」


「…流行り病…?」


 10年前の、流行り病。良く知っている話だ。寧ろ経緯も病の原因も…全て良く知っている。


「娘はその数週間後に結婚する予定だったの。幸せそうな顔をして彼を紹介してくれてね…あんな事が起こらなければ…娘は…」


「…」


「あら、やだ。年ね…涙もろくなって。こんな話するつもりじゃなかったのに…貴方が娘だったら…って嫌よね、こんなオババにそんな事言われても」


「…嫌じゃないわ!とっても嬉しいわ!私も此処にずっと居たいと思っていたの」


 お婆さんは嬉しそうに泣いていた。

 そうだ。こんな山奥に住んでいるのは寂しいに決まっている。娘さんもご主人も亡くなって、ついこないだまで1人で暮らしてた。

 私が1人にした。私がして来たことでこんなに心優しい人が山奥でひっそりと暮らして…。

 どうしたらいい。お婆さんを1人にしないためにはどうすればいいのか。

 一緒に居たい。居てあげたい。でも、私の正体を知ったら…。私がお婆さんを1人にしたのに。私が…。


「お嬢さん、ありがとう。こんなオババの話を聞いてくれて。願いを聞いてくれて。私は幸せ者だね」


「…いいえ、お礼を言うのは私の方だわ。あの日ボロボロだった私を助けてくれてありがとう。本当に感謝しているわ。…そして、私に本当の幸せを教えてくれてありがとう」


 こぼれ落ちそうな涙を隠す為に後ろを向く。


「そう言えば、とても良い紅茶があるの。不思議な香りがするのだけど、とても美味しいのよ。一緒に飲みましょう?」


「えぇ。楽しみだわ」


 いつものようにふふふ、と笑い合いながら楽しそうにお茶を楽しんだ。夜が更けるのも忘れてお互いの話を話して聞いた。


「おやおや、話疲れちゃったかい?もう、おやすみ。明日もお嬢さんの好きなツノウザキの煮込みを作るよ」


「…ありがとう。お婆さん、おやすみなさい」


「はい、おやすみ」


 スヤスヤ、眠る彼女にそっと布団をかけて、お婆さんは部屋を出て行った。






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