玉砕……しませんでした。
ギャグしかありませんご注意下さい
「好きです、結婚を前提に結婚してください!!」
「わかった」
「そうですよね駄目ですよねわかりまし……今何つった??」
「了承したんだが」
……え??
見慣れた会社のオフィス、いつもの事かと目の前の光景を無視する同僚と、苦笑して見つめる先輩方。ついでに今日新しく搬入されたのであろうかき氷機……いやこれは必要ないな。
いつも通りのはずなのに、彼の言葉だけがいつもと違う。仕事場の一角で私は呆然と目の前の美青年を見つめていた。
* * *
と、いうことで。
どうも皆さんおはこんばんにちは、会社員という名の恋する少女、野崎彩乃です。最近のマイブームは格ゲーで無駄に決めポーズをとって相手を煽る事です。
正直最初からクライマックスすぎて何言ってんのこいつと思っている方もいるんだろうなぁとは思いますが、まぁ落ち着いてください、私も現状把握ができていませんから。
予想外すぎる展開にえ、か、は、ということしか出来ません。つまり語彙力ゼロ状態でござります。
働かない頭を無理やり動かし、今までに至る経緯を思い出します。好きな人との会話は全部覚えてるタチの人だからね、忘れていることはないはずだ。きっと。
さてさて思い返してみると……。驚くほどに何もない。嘘やろ。
金曜までは何も対応は変わらなかったし、それ以降は会ってもいない。LIMEで連絡を送ったが、既読すらつかなかったしなぁ。あれ、目から汗が。
と、そんな悲しい過去を思い浮かべている暇はないのです。
今日はエイプリルフールでもないし……。一体どんな心境の変化が先輩に起こったんでしょうか、真に受けたらそれもそれでめっちゃ怖い。
後から『嘘に決まってるだろ』とか言われたら立ち直れない、死んじゃうむしろ今もう死にそう。
虫の息状態で今までの思い出をさらうが、それでも何もない。
フラグとかあったっけ?先輩に受け止めてもらおうとしたら避けられて地面とキスしちゃったし、ココアを奢ったらめちゃくちゃ嫌がられた。
その代わりに、いつもドンマイです!と言って笑ってくれる後輩くんとのフラグが順調に立った気がする。今度一緒に水族館行くんだもんね、楽しみにしてるよ後輩くん。
って違う。後輩くんとのラブコメを始めたいわけではない、先輩とのラブコメを始めたいんだ。
あぁ、なのになのに!!
どうしてあそこで拒否してしまったのか……。
あの時の自分を全力で殴りたい。助走二十五メートルぐらいつけてからドロップキック決めたい。
なんっで向こうが建ててくれたフラグを早々にへし折ってしまったんだ。
先ほどの私が、混乱状態で言った台詞。
「あっ結構です」
「……は?」
「いや結構ですほんと結構です押し売りはやめてください」
「理不尽すぎないか」
いやまぁ自分でも理不尽なことを言った自覚はある。
何をしても靡かない硬派な先輩に対し、今まではこちらが恋の押し売りみたいなことをしていたのだ、それをちょっと了承されただけでこの扱いは酷い。でも事前告知もせずいきなり告白受ける方がいけないと思うんだ、ツイッターとかで一ヶ月前に呟いてもらわないと。
「ということでお断りします」
「すまんな、俺は心を読める能力があるわけじゃねぇからお前の言っていることがわからねぇ」
「えっそんなこともわからないんですか」
「じゃあ俺が今何思ってるか当ててみろ」
「かき氷食べたい」
「それはお前だ」
今日でたかき氷機を見つめながら言ったら心読まれた。なぜだし。
そんなこんなでその場を濁し、そのまま業務に突入。
今日の分の仕事をやり、明日の分もやり、明後日のも終わらせてしまった。入社して三年。出世間近と言われている私は、今の仕事をやり慣れているということもあり、すぐに終わってしまった。隣の同僚の分も手伝おうとしたが、これは私(俺)の仕事だから、お前は休んでろと言われた。
いつもなら絶対に「えっマジで?!頼むわ!」と言いながら半分も書類を渡してくる輩なのに。
「全く、どうしてこういう時ばかり皆気遣うわけ……」
「それはお前が朝からポカを続けてるからだろう」
「仕事でミスしたことはありませんよ」
「仕事じゃなくて、な。かき氷十杯食べて腹冷やしてたし、書類を運ぶ時階段から落ちそうになってただろ」
「あれは、先輩が悪くてっ……!って、え?」
「ほう、俺の所為か」
愚痴を呟いていると返事が聞こえた。恐る恐る椅子ごと右後ろを向くと、そこには涼しげな顔をして立っている先輩が。
短い髪をピンで止め、腕をまくり、第一ボタンを開けた完全な夏装備だ。肌の露出が多くて正直興奮した。
ただ立っているだけなのに、優雅に佇んでいるなんて思わせてしまうのは本当にすごいと思う。そして狡い。そんなの好きになるやん。
ということで、いつも通り全身全霊で褒め称える。
「先輩、今日も素敵ですね!髪を止めていてうなじが見えているのがめっちゃエロいですし、腕を捲っているところが格好いいです!!」
「そうか、お前は第二ボタンを閉めろ。それから、一度告白を返されただけで顔が赤くなるところが可愛いぞ」
「やめてください死んでしまいます」
思わず真顔になった。なんて爆弾を落としてくれるんだこの人は。
いつもなら私の賛辞なんぞ無視して、前半のような注意だけするというのに。そんな先輩もクール!先輩大好き!
情緒不安定なことを考えていると、先輩が進捗はどうだ、と聞いてきた。
見たとおり暇です、と答えると、ボーナスは出すから新人教育をしてくれ、とのこと。
やった、仕事ができた!これでまた無心になれる!
「わかりました!んじゃ先輩、応援してますので頑張ってください!!」
「おう、お前に応援されたからな、気合い入れてやってくる。後でな」
「だから!!不意打ちぃぃぃぃ!!」
思わず絶叫。いやこれは酷いって、態度変わりすぎだもん。
私が叫んでいる間に、当の本人は向こうへ行ってしまった。自由かよ。そんなとこも好き。
正直話しているだけで先ほどの話をぶり返さないかとドキドキしていたので、そんな話が出なくてよかった。
もしかしたらあれは本当に私の幻覚かもしれないし、気にしないことにしよう。うん。
さぁてと、後輩くんの教育行きますか!!
そう思ってデスクの上のパソコンを閉じ、立ち上がって椅子をしまう。
いつも愚痴を聞いてくれる後輩くんはとても貴重な存在だ。同期に惚気たり愚痴を言ったりしてもハイハイまたねで流されてしまう。私の扱い雑すぎやしないだろうか。
「こーはいくん、進捗はどうだね?」
パソコンに向き合い、眉をひそめている後輩くんの元へ行き、聞く。
見た通り困っていたらしく、私が近づくとパァッと顔を輝かせた。可愛いかよ。
「すみません、ここの部分が凄く難しくて……。前もやったことは覚えてるんですけど、複雑すぎてごちゃごちゃになってしまったんです」
「あ〜、ここは難しいよね……。躓いちゃう子多いもん。でも、ショートカットできる方法があってだね……」
どうやらプログラミングの最後の方がわからなかったらしい。ここ前私が教えた記憶もないし……多分先輩の誰かが教えたんだろうなぁ。
そんなこんなで後輩ちゃんたちの見回りをして、三時間。
17:50ぴったり。よっしゃ、これでで家帰れる!!
伸びをして、今日も一日頑張ったなぁと思い、会社を出ようとすると、声をかけられた。
「ね〜彩乃ちゃん、女子三人で飲みにいくんだけどさ、行かない?」
いや唐突やなおい。別に用はないんだけど、今日かぁ。行ってもいいんだけど、格ゲーあるし、仕事五倍速ぐらいで回してたから疲れてるし……。何より他部署の先輩もいて気使いそうだし、ちょっとなぁ。
断りをいれようとし、口を開くと、他部署の先輩から思いっ切り腹パンを食らった。
「ぐはぁ!?」
「キャ、彩乃ちゃん大丈夫!?急いで帰らないと!」
「いや、やったの貴方で、いっつぅ?!」
「あれ、足でも挫いちゃった?歩いてないのに、もー彩乃ちゃんったらドジっ娘☆」
殺意が芽生えた。
正直先輩とか忘れてぶん殴り返したい。星が物凄くうざい。
というかこの先輩、前部署見学行った時は優しい先輩だったのに……。何が彼女を変えてしまったのか……。
「恋バナよ……」
私を支えるためという名目でそっとしゃがんだ先輩に、耳元で言われる。
「女子ってのはね、総じて恋に興味があるものなの。そしてね、今回の恋バナの餌食は、貴方よ……彩乃」
ゾッと背筋が凍った。慌てて前も見ると、獲物を見るかのような目で見下ろしてくる先輩。同期たち。
後ろに助けを求めようと必死にもがくも、後ろの同僚たちも、「後で参加しま〜す(笑)」なんて言っているため、助けは諦めた方がいい。おいお前ら、後で覚えてろよ。
孤立無援の中、私はよく頑張ったと思う。
頑張って立たないようにして、全体重を先輩にかけ、首を落とそうともがく。
ぐっ…?!っと先輩が首を下げた瞬間、右足に全体重をかけて左足を前へ出す。
勝った!と思った。もう社内を走るのはやめましょうとか言ってる場合ではない。そのまま前に–––––!!
ぐきっ。
「……あ?」
はい終わりました、思いっきり足首捻りましたー。スローモーションの様に落ちていく体と共に、今までの思い出が駆け巡る。あぁ、これが走馬灯か。いや死なんけど。
アホなことを考えながら私の体は床に転が、
「おい、大丈夫か」
らなかったーーー!!
野崎彩乃、奇跡の生還!!しかも好きな人に腰を抱かれてというシチュエーション!こんなベタな展開今時少女漫画でもない!
と実況を頭に巡らせたところで浮かんだ言葉はただ一つ。
「イケメンかよ……」
「よし大丈夫だな」
「いっだぁ!?」
落とされた?!いや床に近かったから被害なかったけどそれでも落とされた!?文句を言おうと口を開く。
「大丈夫じゃないなら姫抱きして送っていくが?」
「すみませんでした」
口を閉じる。ついでにその場で綺麗に土下座。足なんて痛くないさ、ハハッ。
「彩乃ちゃ〜ん、怪我なかったぁ?」
ニコニコ笑顔で見てくるのは他部署の先輩。まじ覚えててくださいよ、と思いながら向き直ると、今度は逃さないとばかりにがっしりと腕を掴まれる。
ついでに反対側の腕は同期に取られた。おい待て、首は、首はいかんって。締まるから。
「じゃあ、私たち彩乃ちゃんの怪我治してから帰りまーす。お先です〜」
「クッソォォォォォ」
その日、部署内に私の断末魔が響き渡った……。