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どM

作者: 綾川えみ


その衝動は、あたしの思いとは裏腹に、脳の中枢からふつふつと湧き上がる。湧き上がった衝動は昇華されて、あたしの脳を覆い尽くす。

ほら、積分を解いてる今だって、あたしの体は衝動に夢中だ。

衝動にかられて、あたしはシャーペンの先で指の皮を剥がす。上手くシャーペンにひっかかった皮は、ぺりぺりと色んな思いと一緒に死んでいく。

細胞が死んでいるというのに、ちょっぴり痛くて気持ちいいこの感覚は、あたしを駆り立てる。

もっと、もっと。

あたしは皮を剥いだ後の剥き出しの肉に、シャーペンを突き立てた。

瞬間、頭が覚醒。脳のもやもやした蒸気が体中の穴と言う穴から溢れ出す。

そうそう、これこれ。もう、最高。

あたしはうっとりと目を細めた。

真っ白なノートに血でにこちゃんマークを付け、ぎょろぎょろと周りの席を見渡し、にこちゃんマークを両手で隠す。暇と衝動の副産物。心身的に、かなり不健康。それでも、あたしの衝動は、こんな問1の積分を解いてる間にも達成出来るほど容易いものなのだ。容易いからこそ、脳の奥から付き上がる熱所を、あたしは止められない。

あたしはノートを閉じて席を立った。

ギギギと響いたその音に、前の席の人があたしを振り返った。一番後ろの席は、こういう時に便利じゃない。授業妨害した邪魔者への、視線が痛い。

あたしは気づかないふりして、色んな視線を突っ切って、つかつかと黒板に歩み寄った。

積分を解き続ける背中に言葉を投げつける。

「せんせー、ノートで手ぇ切っちゃったんで、保健室行ってきまーす」

先生はこちらを振り向こうともせずに、おう、と一言だけ残して、あとはひたすら新しい積分を解き続けた。

そんな先生に、一番前の席の凛ちゃんが眉をひそめる。あたしはおどけながら肩をすくめて、教室を出た。邪魔者が退散する場面。さっき立った時とは違う視線を感じる。優越感と、劣等感。あたしは耐えきれずに教室のドアを早足で開けた。

廊下に出て、じんじんと血が脈打つ指を見ながら、あたしは快感に打ち震えていた。

やっぱりあの数学の先生、最高。積分に夢中な、無機質な背中を思い出して、あたしは血の吹き出る指に歯を突き立てた。

瞬間、覚醒。興奮、たまんない。

もっとあたしを傷つけて。ひどいこと、して。痛いことなんか、大歓迎。

誰もあたしを傷付けてくれないのだ。自分で自分を痛めつけるほど、みんなは誰も傷つけない。積りに積もった不安はいつも、あたしの細胞を殺す。それに、割とお金になる。18歳女子高生の指の皮、落札価格 1枚 1000円。この世はどうも満月に思える。いや、満月ではない。

あたしの心にはぽっかりと穴があいている。あたしにとって最も大切で、それから最も弄ばしている心のパーツ。いじめてほしいっていう、思いっきし不健全なパーツ。

あたしはまた右手をぎゅっと、握りしめた。手渡されたばかりのプリントが、指にやわらかい。

7月、ドM、シカト、陰鬱。

たまんない、我慢出来ない。あたしはぐっとこらえて、しんとした廊下をずんずん歩いた。冷たい静寂を、あたしの熱情が溶かしていくのを感じる。

殴ってほしい、傷つけてほしい、無視してほしい、ずたずたに切り裂いて欲しい。

あたしの脳はこんな考えを張りめぐらせながら、今日も激情を送り込む。

あたしはドMである。しかも、筋金入りの。

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