08
「いやあ、お待ちしていましたよ。昨日ぶりですねぇサラ様!」
「ケインさん、遅くなってすみません…。少し人と話し込んでしまって」
結局もうしばらくヴィオレと話し込んでしまった私は思ったよりも遅くなったことに慌てて、同じ街の中だというのに転移魔法で冒険者ギルドへ移動した。
転移魔法は一度行った事のある場所ならどこでも転移できるためすごく便利だ。
ただ、上位魔法に属するので魔力の構築が凄く難しいのと発動するのにかなり魔力が必要な上、距離に応じて追加で魔力が持っていかれるので、普通は同じ街中の移動で使おうとする者はいない。
「いつでもいいと言ったのは私ですから、そんなに慌てていらっしゃらなくてもよかったんですよ?」
私がわざわざ転移で飛んできたことに気づいたのか、苦笑いを零すケインに首を振る。
「いえ、私のために試験をしてくれるんですからそういうわけには…」
それにあまり遅いと約一名うるさそうなのがいるので…、と口には出さず心の中で追加する。
後に続きそうな言葉の含みをなんとなく察したらしいケインは「グレイならまだ来てませんよ」と安心させるように笑った。
ケインに案内され、冒険者ギルドに付属されている演習場へ到着した私は、グレイが来るまでおやつでも食べようとアイテムボックスに仕舞っていたフルーツサンドを取り出す。
おやつと言うにはだいぶしっかりしたものだが、ヴィオレと入ったカフェでは紅茶と軽いクッキーしか食べていなかったので実はお腹が空いていたのだ。
入り口から少し横へずれたあたりに座り込み、もそもそとフルーツサンドを食べながら思っていたよりも広い演習場を眺める。
前世でいうところの体育館のような造りだが、丸い円形をしていて床はむきだしの地面だ。
円を描いている壁に沿って非常ベルのような石が均等な感覚で埋め込まれていて、壁から5歩ほど離れた位置の地面にも円柱が均等な感覚で埋め込まれている。
恐らく周囲に被害を及ぼさないために張られる結界の魔法具だろう。
壁から距離をとって内側にも結界を張れるようになっているのは試験官や観客の安全を確保するためのようで、Sランクのグレイが試験相手をやることが噂になったのか冒険者と思われる女性達や街娘のような少女達が、内側の結界には入らず外側をうろついていた。
…こんな中で試験をやるというのか…なんという公開処刑…。
人に注目されることに慣れていない私はもう帰りたい気持ちでいっぱいだ。
心なしか胃がきりきりしてきたような気がする…。と小さく溜息を吐くが、生憎と食欲は減退しなかったので二個目のフルーツサンドを食べようと膝に乗せてあるランチボックスへ手を伸ばす。
だが、愛しい私のフルーツサンドは後ろから伸びてきた男の手に奪われてしまった。
「あ!」
「うまそうなもん食ってんじゃねえか」
いつのまに来ていたのか、気配もなく背後から手を伸ばしたグレイはひょいっと私のフルーツサンドを一つ奪うと何のためらいもなく口へ運んだ。
「グレイ!!」
「うおっ。なんだこれ…まじでうめェ…」
豪快に二口で食べきったグレイを、私はフードで見えないとわかっていても睨まずにはいられなかった。
よくも私のフルーツサンドを…おのれグレイ許すまじィイ!!
そんな私の心の叫びに気づかないグレイはもう一つ残っているフルーツサンドへ手を伸ばそうとするので咄嗟に奪われまいとお腹に抱えて隠す。
「何するんですか!!これは私のフルーツサンドですよ!!」
「それお前が作ったのか?…うまいからくれ」
「嫌に決まってるじゃないですか!」
「なんだと!」
ぐぬぬぬ…。
合わない視線でばちばちと火花を散らしていると準備ができたらしいケインがやってきた。
「…貴方達は何をしているんですか…。特にグレイ、嫌がる女性に迫るとは何事ですか!」
「っち…オレに望まれて嫌がる女なんかいねえっつうのに…」
ケインに文字通り魔法で雷を落とされたグレイはふてくされたように私を睨みつける。
「申し訳ありませんでした、サラ様。グレイはこんな見てくれですがまだ成人前なので中身はクソガキ…げふん、子供っぽいところがありまして…」
「え!?グレイはまだ未成年だったんですか!?」
心底申し訳なさそうに眉を下げて謝るケインの言葉に私は驚きを隠せなかった。
長身にがっちりとした体格で戦闘の経験をつんでいるためか精悍な顔立ちをしているグレイはどうみても20歳を過ぎているようにしか見えなかったのだ。
この世界では成人は男女共に18歳で、魔法のおかげで医療が充実しているため結婚適齢期は前世とあまり変わらず20歳ぐらいからだ。
ちなみに婚姻可能年齢は男女共に15歳からになっている。
「と言っても、今年の夏に成人を迎えるので今は17歳ですね」
「……17歳でこれか」
「なんだよ!!」
思わずぼそりと呟いた私の言葉に激しく反応したグレイに溜息を吐く。
確かに子供といえば子供だけど…一応今の私より7歳年上なのか…。
私と同じようにやれやれといった感じで眼鏡を上げたケインは更に続けた。
「10歳の時に最年少でSランクに上がったものですから余計周りにちやほやされて…。今でも女性たちがあれこれ甘やかすせいで、時々酷く子供染みた行動をとってしまうんです…。あ、ちなみに私は今が食べごろの25歳ですよ!」
ケインが最後に何かほざいていたのは無視して、なるほど、と私は頷いた。
男性が少ないため元々優遇されるのに加えて輪をかけて可愛がられたのであれば、あの行動も納得できる。
まあ、普段はそこまででもないのでただ単に食い意地が張っているだけっぽいが。
「アー……飯取っちまって悪かったな。見たことねえもん食ってたからつい手が伸びたんだ」
反省したのかぽりぽりと頬を人差し指でかきながら、グレイはばつが悪そうに視線を逸らした。
「もういいですよ、まだアイテムボックスにありますし…」
こんな人目のつくところで生クリームを使ったフルーツサンドなんて食べてた私も悪いのだ。
そう思って素直に謝罪を受け入れると、グレイがきらりと目を光らせた。
「…ソレ、まだあるのか?」
「え、ええまあ、作り置きが少し。…わざわざ試験相手をしてもらうので、お礼にいくつかあげましょうか?」
そういえばグレイには迷惑をかけっぱなしだなと思い出した私はフルーツサンドが気に入った様子のグレイにそう提案すると、グレイはしめた、とでも言う様に、にやりと笑った。
「じゃあ、オレが勝ったらあるだけ貰うからな!」
これから登録試験を受ける人間がSランク冒険者に勝てると思ってんのか!!