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魔女は祝福から逃れたい。  作者: しろいくま
8/11

07

翌日、いつものくせで早めに目が覚めてしまった私は、ギルドには昼ごろに行こうと決めてそれまでは街の観光をすることにした。


宿から外に出ると時間のせいかまだ人通りが少ない。


ここ南の国であるメアマーレンは、前世で私が抱いていた南国のイメージとほぼ同じ特徴をしている。

年中温暖な気候のためか明るく開放的な性格の人々が多く、日差しのせいなのか遺伝なのかわからないが、褐色の肌を持つ人がほとんどで私にとっては見慣れない肌色のせいか、すごく外国にいるという感覚が湧く。


冬である今の季節でも暑いくらいの気温のせいで皆薄着で過ごしており、特に女性達は非常にセクシーな格好をしているため、すれ違う度につい胸の谷間に目を奪われてしまう。


い、いいじゃないか、見たって…同性なんだもの!


大きな胸を羨ましいと思ったことはないが、ああいう抜群のプロポーションは同性の私でも色気を感じでちょっとどきどきしてしまう。


べ、別に、はあはあしたりしないから変態じゃないからね!?


誰に言っているのかわからない謎の言い訳を脳内で繰り広げながら、まだ開店前の店が並ぶ大通りを進んでいく。

ファンタジーならではの武器や防具などを売っている鍛冶屋や魔法具や薬を売っている雑貨屋などが目に入り、前世では絶対にありえないそれらの店は外から眺めるだけでも楽しい。



しばらくうろついていると徐々に人通りが増え、次第にカフェや食堂からおいしそうないい匂いが漂い始める。

その匂いにつられて小腹が空いたのを感じ、どこかの店に入ろうかと悩んでいると背後から声をかけられた。



「ちょっと、そこのローブの人。こんな暑いところでそんな格好してると倒れるわよ」


「…私?」


ローブの人、というくだりで恐らく自分を指しているんだと気づいた私は後ろを振り返る。


…凄まじい美女が立っていた。


薄い青紫色の長い髪は緩やかなウェーブが掛かっており毛先に進むにつれて綺麗な巻き毛となり、その派手な顔立ちに良く似合っている。

白い肌によく映える菫色の目は少し垂れていて妙な色気を放ち、背後には薔薇が咲き誇っているような錯覚に陥った。


周囲の女性達とは違い、シンプルな白いシャツに黒いズボンを履き、その上から白衣を羽織った姿の彼女はどうみても前世でいうところの女教師か女医にしか見えない。


思わず見蕩れてしまった私に、彼女は何かに気づいたように目を見開いた。



「…あら?そのブローチ…高位魔女様だったのね。ごめんなさい、てっきり新米の魔女か魔術師かと思ったものですから…」


余計なお世話でしたね、と彼女は軽く頭を下げた。

色んな魔法が掛かっているので忘れていたが、こんな暑い国でローブなんて着ていたら普通は体調を崩してしまう。

それに皆が薄着でいる中、一人こんな暑苦しい格好をしていると凄く目立つ。

通りでさっきからちょこちょこ視線を感じると思ったわけだ。


ようやく理由が判明した私は心配して声をかけてくれたらしい彼女に慌てて首を振る。


「紛らわしい格好をしていた私も悪いんです。すみません、ご心配をおかけしたみたいで…」


「いいえ…私、医師をしているものですから職業柄気になってしまって…。でも、高位魔女様だったら要らぬ心配でしたわね」


そう言って少し困ったように頬に手を当てた彼女はすぐに美しい微笑みを浮かべて私をお茶に誘ってきた。


「よろしければ少しお茶でもいかがかしら?滅多に出会えない高位魔女様ですもの、ぜひお話を伺いたいわ」


「え、ええ。私でよければ…」


もうすぐ食事を取ってギルドに向かおうと思っていたのだが、その美貌に誘われるがまま了承してしまった私は近くのカフェに入ることにした。


だって仕方ないじゃないか…こんな美女に誘われたら男じゃなくてもホイホイついていきたくなるって!








「自己紹介がまだでしたわね。私はヴィオレ・ハイデローゼと申します。普段は王都の病院で医師をしているのですけど、今日はたまたまこの街へ薬草を採りに。まさか高位魔女様に出会えるなんて思っても見なかったので本当に驚きましたのよ」


そう言いながら優雅に紅茶を飲むヴィオレの姿はまるで一枚の絵画のように様になっており、突き抜けたその美貌はどこかお師匠様を連想させるため、そんな彼女に敬語を使われると本来年下である私はすごくいたたまれなく感じて、落ち着かない気分になる。


「そうだったんですか…。私は昨日この街についたばかりだったので凄い偶然ですね。あ、すみません。私はサラと言います」


「まあ!それは幸運でしたわ。今日サラ様に出会えた奇跡を運命の女神様に感謝しなくては」


嬉しそうに手を合わせてうっとりするような眩い微笑を浮かべる彼女に私も同意するように頷いた。

時折前に流れてくる髪が邪魔なのか、右手で後ろへ払うたびに薔薇の花ようないい香りが漂ってきて妙に胸がどきどきする。


さっきからあまりの美貌に頭がくらくらしてきた…ちょっと人外に片足つっこんでるレベルだよこれ。


平凡顔の私が横に並ぶことすらおこがましく感じるような彼女に敬意を払われるのが耐え切れなくなった私はつい普段なら決して言わないことを口にしてしまった。


「……あの、いきなりで失礼なんですが、よければ普段通りに話していただけないでしょうか?その…貴女のような美しい人に敬意を払われると、とてもいたたまれなくなってしまうんです。それに貴女はどこか私のお師匠様に似ているので敬語を使われると落ち着かなくて…」


私がそう告げるとヴィオレはきょとんとした表情を浮かべて首を傾げた。


「サラ様のお師匠様と言われると…西の柱の魔女様ではなくて?そんな方と私が似ていますの?」


「ええ…どこが似ているかと聞かれると困るんですが、その、雰囲気といいますか…。二人とも凄く美人ってことは共通しています」


そう、お師匠様もヴィオレも顔立ちは似ていないのだが妙に色気のある、妖艶な美貌とでもいえばいいのか…とにかく凄い美女であることに違いはない。


「あら…うふふ。それじゃあお言葉に甘えさせてもらおうかしら」


「ありがとうございます。精神的にすごく助かります」


いきなりした不躾なお願いを快く了承してくれたヴィオレに頭が下がる。

医者であるためか物腰も柔らかで思わずお姉様と呼びたくなるような人だ。


そんなことを思っていると、ヴィオレが急に浮かべていた微笑を消してすっと真顔になった。


「だめよ」


「え…?」


「サラも普通に喋ってちょうだい。…折角出会えたのだし、お友達になりましょ?」


唇に人差し指を添えて、茶目っ気たっぷりに片目を閉じてウィンクするヴィオレに、はうっと心臓を鷲掴みにされた気がして私は咄嗟に胸を押さえた。

自分の美貌をよく理解していなければできないようなその仕草に少し悪女の匂いを感じるがそれさえも似合っていてもはやどうしようもない。


きっと私が男だったら喜んで手玉に取られているよ!


「はい!是非お願いしま…す、するね!」


興奮したように少し早口で喋る私にヴィオレは面白そうに目を細めた。


「うふふ。なんだかサラって私より年上って感じがしないわね…何故かしら?」


ヴィオレの言葉に思わずびくりと肩が揺れる。

しまった、と思った。

お師匠様に散々気を抜くなと言われていたのに、ヴィオレのあまりの美貌に興奮してついボロが出てしまった。

元々私は女性に弱いので、余計美女や美少女にノックアウトされやすいのだ。


…っく、こんなところで対人スキルを磨いてこなかった弊害が…!



「な、長いこと魔女の領域にいたものですから、あまり人と接する機会がなくて!唯一接するお師匠様は柱の魔女ですからとんでもなく年上ですし、私が弟子入りしたのが幼い頃だったこともあってずっと子供扱いされ続けたので年相応の威厳が備わっていないんです!」


う、嘘は言っていないぞ…。


咄嗟にでた言い訳にしてはまともなことが言えたとほっと胸をなでおろす。

そんな私を見てぱちぱちと目を瞬いたヴィオレは耐え切れないといったように口を手で押さえておかしそうに笑い出した。


「あははっ…そ、そんなに必死にならなくてもいいわよ。…それにほら、口調戻ってるわよ」


「あっ…ご、ごめん」


「ふふ。高位魔女様ってとっつきにくいイメージがあったから、サラみたいな人のほうが親しみやすくて私は好きよ」


「…ありがとう」


思わず照れてしまった私は誤魔化すように紅茶を口に運ぶ。

だいぶ冷めてしまった紅茶にずいぶんと時間が過ぎていることに気づき、そろそろギルドに向かわねばと思い立った私はヴィオレにお開きにしようと告げるため彼女を見遣る。


そこで初めてカップのソーサーに触れている彼女の左手に包帯が巻かれているのに気がついた。



「ヴィオレ?その左手どうしたの?」


「え?ああ、これ?魔法薬の元になる薬草に触ったからただれちゃって…」


「素手で触ったの?薬草や毒草は異常をきたすことが多いから手袋したほうがいいのに」


「いつもはそうしているんだけど…この地方でしか採れない特殊な薬草でしかも素手じゃなきゃ触れないものだったから仕方なく利き手と反対の左手で採ったってわけ」


まったく、嫌になるわ…と溜息をつくヴィオレにふむ、と私は脳内の知識を検索してみる。


確かこの周辺で取れる薬草で特徴が似ているのは…。


「もしかして、メランリヴァリー?」


思いついた薬草の名を口にするとヴィオレは驚いたように目を見開く。


「そうよ…すごいわ。宮廷魔女でさえ知らない人が多いのに…さすが高位魔女様ね」


感心したように頷くヴィオレにやっぱりか、と私はその左手を見つめる。


メランリヴァリーとはこの周辺にしか生息しない黒い鈴蘭のような薬草だ。

芳しい香りと魔力で生物を誘って自分に触れさせ生気を吸う花で、岩などに押しつぶされないように自分で結界を張る特性をもっている。

その結界は生気を持っているものしか通さないので手袋を嵌めていると触れることができないのだ。

直接触ると一気に生気を吸い取られるせいで触れた部分の皮膚が焼けただれ、しかもその傷は魔力を弾くので回復魔法も魔法薬も使えず、普通の薬を塗って自然治癒に任せるしかないというかなり厄介な代物だ。

しかし、メランリヴァリーを用いた魔法薬は万能薬と呼べるほど凄まじい効果を持っており、その高度な技術から現在は失われた製法の一つに数えられ、材料であるメランリヴァリーの存在も知っている者はほとんどいない。


そんな薬草を知っていてわざわざ採りに来たということは恐らくヴィオレは製法も知っているのだろう。

まだ20代前半ぐらいに見える彼女が相当優秀なことを知り、思わず感嘆の声をあげる。


「ヴィオレこそすごいよ!いっぱい勉強したんでしょう?自分から望んで努力しなきゃ普通はそんなことまで覚えられないもの…。ヴィオレみたいな優しくて優秀なお医者さんがいる王都の人達は幸せ者だね」


「…ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいわ」


手放しで褒める私に照れたのか少し目元を赤く染めて花がほころぶように笑ったヴィオレは素晴らしく美しかった。





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