06
「えー…先ほどは大変失礼しました。初対面の女性にあのように詰め寄るなど紳士としてあるまじき行為でした。すみません…」
ようやく興奮が抜けたのか、先ほどとは打って変わって、しぼんだ風船のようにしゅんとしたケインは、心底申し訳なさそうに頭を下げた。
なんだったのかよくわからないが、とりあえず落ち着いたようなので、大丈夫だと首を振る。
横で必死に笑いを噛み殺していたグレイも一段落ついたようでソファにどさりと座り込んだ。
「ケインは魔女オタクなんだ。死ぬ前に一目でいいから高位魔女に会いたいと常々願ってたような男だからお前に会えてネジが飛んだんだろうよ」
「そ、そうだったんですか…」
「いやぁ…お恥ずかしながらグレイの言うとおりでして…。折角会えた高位魔女様に失礼な態度をとってしまうとは…」
照れたように頭を掻くケインになるほど、と頷く。
要は自分のアイドルが突然目の前に現われた時の熱狂的なファンの心理状況みたくなっていたのだろう。
まさか自分がそんな目で見られる日がくるとは思いもよらなかったよ…。
「ちなみにこいつは熟女趣味だ。気ぃつけろよ、サラ。高位魔女で守備範囲内の年頃のお前は理想の相手だぞ」
「えっ」
「グレイ!!!」
唐突に自分の性癖を暴露され、ケインは鋭くグレイの名を叫んだ。
一気に顔を赤く染めたケインは余計なことを、といった感じで睨みつけるが、グレイはにやにやと相変わらずの笑みを浮かべるだけで意に介さない。
というかグレイが変なことを言いうから私が反応に困るじゃないか。
フードの中身は熟女どころか幼女だというのに。
「…あ、あの!グレイの言った事はどうかお気になさらずに!ええもう!こいつは人をからかって遊ぶことが生き甲斐みたいな男なので!」
「え、ええ。…そうですね。なんとなくわかります」
「オイ」
出会ってまだ数時間も経っていないが、二度も爆笑された上に私の黒歴史を暴露された恨みは忘れない。
なんとなく苦労していそうなケインに思わず同情の視線を送ってしまう。
……グレイの言葉を否定しなかったことについては触れないことにしよう…。
ごほん、と誤魔化すように一つ咳払いしたケインは私もソファへ座るよう勧めると本題に入る。
「ところでサラ様は何故こちらに…?」
一連の出来事でグレイが迷子の魔女、と報告していたことが頭から飛んでしまったのか、ケインは不思議そうに私を見つめた。
グレイに茶々を入れられる前に私は手早く事情を説明することにする。
「実は今日から修行の旅にでたのですが、お師匠様の転移陣で飛ばされた場所がこの街の外れにある森だったのです。そこで迷っているうちに範囲結界に触れてしまったらしく、グレイがやってきてこちらに連れて来てくれたんです」
「ああ、そういうことでしたか。では魔物が侵攻してきたわけではなかったのですね」
私の説明に合点がいったように安堵の表情を浮かべてケインは頷く。
「はい…あの、お騒がせしてしまったみたいで…申し訳ありませんでした」
「大丈夫ですよ。領主様には私のほうから報告しておきますから、特に咎められることもないと思うので安心してください」
そう言って朗らかに笑うケインにようやく私は人心地ついた。
よかった…。しょっぱなから権力者と揉めることになるのかと内心冷や汗ものだったんだ。
「それにしても、その証から察するにサラ様はノースエルドの方ではありませんか?随分遠くまで飛ばされたんですね」
「ええ、私は今までノースエルドからでたことがなかったので、いきなりメアマーレンに飛ばされて困惑している所だったんです…」
「困惑した結果があれか…」
何か言っているグレイはさておいて。
てっきりノースエルドのどこかだと思っていたから、ここがメアマーレンだと聞いたときは本当にびっくりした。
まあ、出身国であるノースエルドも私にはほとんど馴染みのないところだったから、どちらにしろ結果は変わらないのだが、なんとなく母国と外国では精神的にくるものが違う。
これからどうしようかと思案していると、ケインが何か閃いたように手を叩いた。
「そうだ!よければ冒険者ギルドに登録しませんか?ギルドカードはランクに応じて制限されている地区への通行証にもなりますし、色々と便利ですよ。今なら支部長の私の推薦状もつけます!」
大変お得ですよ!と続きそうなノリでギルドへの加入を勧めるケインにグレイが呆れたような眼差しを送った。
「職権乱用じゃねえか。というかお前の目的は折角会えた高位魔女であるサラと繋がりを持っておきたいだけだろ」
「そ、そんなことは…」
何故そこで口ごもる。
グレイに突っ込まれたケインは図星だったのか少し頬染めてちらちらと私を窺ってくる。
…やめて!そんな目で見られても期待には応えられないよ!
妙にアプローチをかけてくるケインに、私はふと守護者の存在を思い出した。
まさかとは思うがケインが私の守護者なんてことはないよね…?
印が反応している様子はないのだが、もしかしたら好きになる効果だけ漏れていて、ケインに働きかけているのかもしれない。
そう思いついてケインの左手を見てみるが、彼は手袋をしているため印の有無がわからなかった。
ちなみにグレイも指穴の開いた革のグローブを両手につけている。
冒険者は武器の滑り止め用に大抵こういうタイプのグローブを着用しているものなので特におかしなところはない。
手袋を透視できないかな……無理か…。
まあ、旅立った初日にいきなりピンポイントで出会うわけもないだろうし、違うとは思うが…。
魔女オタクである彼がただ、ファンの心理で高位魔女に興奮しているだけだと願いたい。
…それもちょっと嫌だけど。
などと私が考え込んでいたら、いつの間にか話が進んでいたらしく、ギルドに登録する流れになっていた。
元々冒険者ギルドか商人ギルドに登録して生活費を稼ぐつもりだったため、ケインが推薦登録を申し出てくれたことは正直とても有難かったので素直にご厚意に甘えることにする。
「登録した直後は最低ランクのFランクになる。まあ、今回はケインが推薦という形で登録するから多少は上げるられるが…そもそもお前は戦えるのか?」
自分が斬りかかったときに反撃してこなかったことを思い出したのか、グレイは訝しげな視線を寄越す。
「ええまあ…。お師匠様にしごかれましたから。そりゃもう見えるはずのない花畑が見えるぐらいには…」
「そ、そうか…」
あの壮絶な特訓を思い出した私はきっと死んだ魚の目をしていたと思う。
それを雰囲気で感じとったのか、若干憐れんだ眼差しを送られた。
そんな私たちを尻目にケインはふむ、と何かを考えている様子で顎に手を当てている。
たぶん、ランクをどうするか考えているんだろう。
「そうですね、高位魔女様なら上位魔法も使えるでしょうし、Bランクぐらいまで上げちゃいますか」
「え!?そんな簡単に!?」
まるで2階に上がりますかというような軽い口調で凄いことを言い出したケインに度肝を抜かれた。
それ多少じゃないから!
FからBに上げるってとんでもない暴挙だよ!
欲張ってDぐらいまで上げてくれないかな、とか思っていた私は予想外の事態にうろたえる。
「上位魔法が使えるような方は大抵高ランクになりますから、大丈夫だと思いますけど…。不安ならもう少し下げますが、サラ様はご自身でどの程度の強さだと思いますか?」
ケインの言葉に自分の戦闘能力を分析してみる。
魔法のほうはお師匠様に魔力を扱う特訓と称してSランクの魔物の巣に放り込まれることが多々あったため、まさしくチートと呼ぶに相応しいレベルに達しているが、体術は元々素質がないせいでそこまででもない。せいぜいEランク止まりだ。
それを身体強化の魔法で補助しているだけなので肉弾戦は向いていない。
「うーん…確かに魔法はSランクの魔物を串刺しにできるぐらいの強さはあります。でも、体術が護身程度なので、差し引きを考えるとよくてCランクくらいかなぁ…」
基本的に魔法でどうにかならない相手には転移魔法を使って即効で逃げるので、Cランクぐらいならやっていけるはずだ。
そう考えて自己申告すると、グレイが若干引いたような目で私を見てきた。
「串刺しって…お前見かけによらずえげつねえな」
「失礼な!一番安全で確実な方法なのに!」
グレイがどんな想像しているのかわからないが、実際戦闘してみるとこれが一番私に合っていたのだ。
かまいたちみたいなもので攻撃すると血飛沫が酷いし、炎や雷などで攻撃すると周囲に被害が及ぶため使える場所が限られる。
氷柱や針山のようなものを魔力で作って攻撃すれば仕留め切れなくても貫通して地面に縫いとめることができるし、刺さった状態で感電させれば麻痺させたり内部から破壊できたりするのですごく便利なのだ。
私がそう反論すると、若干引き気味のグレイとは対照的に、ケインは目を輝かせて頷いた。
「さすが高位魔女様、素晴らしいです。…でも、体術がそれですと少し不安ですね。魔法でどのくらいカバーできるかでCランクになるかBランクになるか考えないといけませんが…」
「実際にそのSランクの魔物との戦いぶりがわかれば一番いいんだけどな。Sランクの魔物なんて、そうそう見つからねえし…」
そう言って二人は困ったように眉を寄せた。
Cランクでも十分なんだけどなぁ…。
昇級してもらえるだけで有難い私は、彼らにそう伝えようと口を開こうとする。
が、ちょうどその時、ケインが何か思いついたようにぽんっと手を叩いた。
「…そうです。グレイ、貴方がいるじゃないですか」
「は?」
ケインに突然名指しされたグレイはわけがわからないといった表情を浮かべる。
そんなグレイにかまわず、ケインは続けた。
「Sランクの魔物はいませんが、ちょうどここにSランク冒険者であるグレイがいるので、彼をSランクの魔物に見立てて模擬戦闘を行いましょう。それを昇級試験ということにすれば周りも納得するはずです」
「なんでだよ!?オレが納得できねえよ!」
「高ランク冒険者の試験官を務めるのもSランク冒険者の役割の一つですよ」
反論したものの、ケインにそう諭されてしまうと何も言えなくなってしまったのか、グレイは渋々了承した。
「っぐ……仕方ねえな…」
「今日はもう遅いですから、また明日にしましょう。ご都合のつく時間でいいので、ギルドまでいらしてください」
私を置いてとんとん拍子に決まってしまった話に、唖然としながら頷いた。
…どうしてこうなった。