05
あれからしばらくして、ようやく落ち着いたグレイに色々話を聞いてみたところ、どうやらお師匠様が選んだ街は南の国の辺境にある街のようで、私が飛ばされた森は奥へ行くと稀にSランクの魔物がでるため高ランクの冒険者以外は立ち入り禁止になっていたらしい。
私は今まで西の国に居たのにいきなりの外国である。
お師匠様、飛ばしすぎです…。
実はこの世界には大陸が一つしか存在せず、その唯一つの大陸には4つしか国がない。
しかも柱の魔女に合わせて中央から東西南北に4等分にしているという、素晴らしく覚えやすい地理となっている。
4カ国の名前は東西南北で順に言うと、
東の国グラナート。
西の国ノースエルド。
南の国メアマーレン。
北の国シュレネーゼ。
となり、各国の特徴は追々わかると思うので割愛させていただく。
この4国は数百年前の魔王の出現の際に同盟を結んでおり、それが友好的な状態で現在まで続いているため戦争なども起きずに実に平和な世界となっている。
まあ、そのおかげで祝福持ちを捜索する政策が作られてしまったのだが…。
当時は魔王のせいで著しく人口が減ってしまい、人口を増やすことは各国の優先事項の一つだったから理解はできるものの気持ちは追いついていかない。
それまでは祝福持ちが現われても二人とも存在する国が違う場合があり、探すのが困難とされ、出会うも出会わないもまた運命という感じでほとんど放置されていたのだが、同盟を組んだことによって情報網が結ばれ、大陸全土で探すことが可能になったため、4国合同で法を定め、政策が施行されたのだ。
せめて拒否権があればいいのだが、基本的に番である女性の意思は無視されるため拒否権はない。
相思相愛ならば別に問題はないが、女神の祝福は番が守護者を愛するようにはしていなかったため、他に想い人がいるのに無理矢理婚姻させられるというケースもいくつかあったようだ。
本来、女神の祝福は番が幸せになれるようにと与えられるはずなのだが、こうなると祝福が逆効果となり、呪いといってもあながち間違っていないような状態に陥ってしまう。
それ故に私は運命の女神様が気に入っているのは実は番ではなく守護者のほうでないのかと考えてしまう時がある。
だって守護者は番が見つかっても見つからなくても幸せになれるのだ。
おかしいではないか。
番を幸せにするための守護者なのに、これではまるで守護者となる男を幸せにするために番が現われるようなものだ。
全くもって女神様の御心が計り知れなさ過ぎて泣けてくるよ…。
…話を戻そう。
冒頭で少し触れたが、辺境とは強い魔物が多く居て危険なことで知られている。
この森も例外ではなく、奥に進めば進むほど強い魔物がでてくるらしい。
私は彷徨っているうちに街とは反対の森の奥のほうへ進んでいっていたようで、私がグレイと出会ったのは中間より少し奥のあたりだった。
そのため、街の安全を確保するために敷いている範囲結界の境界線に触れてしまったらしく、この地を管理している辺境伯が様子を見てくるよう冒険者ギルドへ依頼を出し、もしSランクなどの危険な魔物が現われても大丈夫なように対処のできるグレイが派遣されたのだという。
そう、この爆笑失礼男グレイは世界に5人もいないと言われているSランク冒険者の一人だったのだ。
普段は利便性の高い王都で過ごしているらしいが、ギルドカードにSランク冒険者への依頼が通達されたため、ここの街へ転移魔法で飛んできたそうだ。
結構危険度の高い依頼内容だったので、真剣に警戒して対象を探していたところ、暢気にもふもふと戯れながら日向ぼっこしている私を発見したため余計怪しく見えたらしい。
……いやはや、お騒がせ致しました。
とりあえず依頼完了の報告をするからと、街へ着くなり冒険者ギルドへと連行された。
そういえばギルドに来るのは初めてだ。
ファンタジーの定番といえば冒険者ギルドというイメージがある私は中に入るなりきょろきょろと周りを見渡す。
…なんだかちょっとイメージと違う。
白系統の壁紙に灰色のタイルが敷かれた室内は清潔で、簡素な丸いテーブルがいくつか置かれている。
受付と思われる窓口の横にはクエストボードらしきものに何枚か紙が張られていた。
ボードの横には本棚のようなものがあり、中にはぎっしりとファイルが詰まっていて、時折それを手に取り、テーブルで中を見ている者がいた。
想像していたよりも静かな室内は、やはり男性よりも女性の姿のほうが多く見られる。
なんだろう…なんでかわからないけどなんとなく居心地が悪い。
微妙に嫌な感じがして落ち着かない。
何かこう、精神的に来るものがあり、何故だろうと首を捻り、思い至る。
ここ、ハローワークそっくりじゃないか!
就職浪人だった前世の事を思い出して、精神的ダメージを負った私は項垂れた。
「…さっきから何してんだお前」
「いえ…ちょっと世知辛い世の中を思い出しまして…」
「なんでだよ。まあ、見てるほうは面白いからいいけどな…」
背後で不審な行動を取る私が気になったのか、グレイは右手で後頭部を掻きながら、呆れたような、面白そうな感情が入り混じった微妙な表情を浮かべていた。
いつまでも入り口で突っ立っているわけにもいかないので、グレイは「こっちだ」というとクエストボードとは反対の位置にある扉へ向かう。
中に入ると階段があり、それを上りきると二階の通路に出る。
廊下に面していくつか扉があり、グレイは一番奥にある扉へ向かった。
取っ手の部分にカードを通すような線が引かれ、グレイはそこへギルドカードを通すと扉を開けた。
セキュリティ万全だな!
ファンタジーな世界なのに妙に前世と似てハイテクな部分があり、すごく違和感を感じる。
全部魔法だからハイテクではないんだけどね…。
中に入ると、執務室のような造りになっており、奥の机で眼鏡の男性が書類を片付けていた。
男性は中に入ってきた私たちに気づくと顔を上げてその手を止めた。
「グレイ!もう依頼は終わったんですか?」
「ああ、特に問題はなかった。迷子の魔女が日向ぼっこしてたぐらいで…」
「…は?日向ぼっこ…?」
今ここでそれ言う!?
いらない!日向ぼっこの件いらないから!人の黒歴史を拡散しないで!
にやにやと楽しそうに報告するグレイに男性はわけがわからないといった表情でグレイの背後にいた私を見遣る。
胸に高位魔女のブローチをつけているのに気づいたのか、目を見開くと興奮したように物凄い勢いで詰め寄ってきた。
「高位魔女様!?うわ、初めて見た!あ、あの、私はこの冒険者ギルドの支部長をしておりますケインです!ああ、どうしよう…高位魔女様に直接出会えるなんて、夢みたいだ…」
「は、はあ。あの、高位魔女のサラと申します。ど、どうぞよろしく…」
ケインと名乗った彼は、勢いのまま私の手を取ると感激したように両手で握り締めた。
いや、あの…ち、近すぎやしませんかね…。
何故か激しく興奮して近づいてくる彼に思わず後ずさる。
「サラ様!お声を聞く限り、随分お若いんですね!?よ、よろしければお顔も拝見したい…」
「…ぶふぉっ!」
「いえ!それはちょっとご勘弁を!」
なんだかよくわからないが、フードの中を見られるのだけは断固拒否である。
というか、私の顔が見たいというケインの台詞から、あの命乞いを連想して思い出したのかグレイが思い切り噴出していた。
カオスだよ!