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魔女は祝福から逃れたい。  作者: しろいくま
5/11

04

翌朝、目が覚めた私は忘れ物がないか最後の確認をしていた。


旅に必要なものは全てアイテムボックスに入っているため、着替えや小物などがなくなった部屋は随分と広く、寂しく見える。


私はリーヴァからもらった魔女服一式に着替えると、外していた魔法具を取り付けていく。

下から覗かれてもフードの中が見えないようになる闇魔法はイヤリングの形をした紫色の魔石に刻んであるため、万が一城に行くことになっても大丈夫だ。

続いて変声魔法具であるペンダントをつける。

これは皮ひもで結んでいるだけなので引っ張られたりすると解けてしまう危険があり、ローブの外に出ないよう、魔女服の胸ポケットへ魔石部分を入れて留めた。

それにこのペンダントは魔術師が見れば一目で変声魔法を使っていることがばれる。

変声魔法は常時使っておくような魔法ではないため、下手をすれば犯罪者か暗殺者が変装しているのだと思われるので、絶対に隠しておかなければいけない。


最後に、一番重要な魔法具を左手首に付ける。

お師匠様に脅かされてから、必死で開発した封印魔法が込められた腕輪だ。

認識阻害魔法をベースに結界や時魔法、空間魔法といった他にも様々な魔法を組み合わせて作ったオリジナルの魔法で、守護者達の持つ印への共鳴を防ぐというものなのだが、ちゃんと効果があるのか実証するには実際に守護者に会わなければいけないため、実は未だにこれでいいのかわかっていない。

お師匠様は大丈夫だと言ってくれたが、かなり不安だ。


実は作用していなくてうっかり出会って反応なんてされたら、私に待っているのは暗黒の未来だ…。

恐ろしすぎる…。


これからその守護者がどこかにいるであろう外の世界へ旅立つというのに、旅立つ前から不吉なことを考えるようでは先行きが悪くなる気がして、慌てて嫌な想像を振り払う。


黒い手袋の上で美しく光る銀色の腕輪を祈るような気持ちで見つめると、私はその上から認識阻害魔法を幾重にも掛ける。

本当であればこの魔法具も手袋の下に嵌めて隠してしまいたいのだが、素肌を見せないよう肘まで隠れるタイプの手袋のため、下に嵌めるとその部分が浮き出て不自然に見えてしまう。

装飾品をわざわざ手袋の下に嵌めているなんて何かあるのだと告げているようなものなので、仕方なく普通の装飾品のように上から嵌めるしかなかった。

手首はローブで隠せないため、魔法具が剥き出しの状態になる。

魔術師が見れば特殊な魔法が込められていることがわかってしまうため、封印魔法に気づかれないようダミーとして認識阻害魔法を上から多重にかけて誤魔化さねばならなかった。

ローブ全体にもかけるので詳しく分析されない限りは、この腕輪は認識阻害魔法が刻まれた魔法具だと思われるだろう。


いささか不安が残るものの、しっかりと最終確認を終えた私は、ローブを上から被ると部屋をあとにした。










外に出ると、既にお師匠様とリーヴァが待っていて、お師匠様はローブ姿の私に気づくと「準備はいいわね?」と私がつけている魔法具や荷物の確認をする。


お師匠様はしっかり準備万端な私に頷くと、転移陣を地面に展開した。

私が陣の前へ進み出ると、お師匠様は真剣な面持ちで口を開く。


「今回の旅でサラはこの世界に本当の意味で初めて触れることになるわ。買い出しなどでちょっと村にでたことはあるけど、あれは勉強であって、今回の事とは大きく違う。生まれた直後から魔女の領域という狭い世界で育ったあんたは、初めて本来いるべき世界である人の世に出て、人と接し、共に歩み、人として生き始める。サラの頭には魔女としてのあらゆる知識が詰まっているけど、外の世界へでなければわからないことが沢山あるわ。そのために、魔女は旅にでるのよ。守護者云々は確かに危険だけどそれだけに囚われないで、しっかりと世界を見て、生きてきなさい」


「はい、お師匠様」


まっすぐと私を見据え、語りかけるお師匠様から渡される言葉を一つ一つ噛み締め、心に刻む。


お師匠様がくれた言葉はいつだって、大事なところで私を支えてくれる。


「大抵のことは高位魔女としての身分がサラを守ってくれるわ。…守護者についてはもうなるようにしかならないからあまり思い詰めないようにね。…でも、気は抜くんじゃないわよ?気が抜けるとあんたは時々とんでもない大ボケかますんだから」


「そ、それに関しましては私の性格なのでどうしようも…。善処はしますけど…」


どうにも頼りない返答に不安を感じるのか、お師匠様はこめかみを抑えて溜息を吐いた。


「はあ…。もう行きなさい。これ以上サラを引き止めてると不安で胃に穴が開きそうだわ…」


「ええっ。酷いですお師匠様!」


お師匠様のおおげさな嘆きにそこまで自分は頼りなくないと憤慨するが、お師匠様はうるさいと私を猫の子を掴むように持ち上げて転移陣へ乗せる。


「全く…。転移先は適当に選んだ街の近くの森にでるはずよ。とりあえずその街でしばらく暮らしてみることね」


「サラ、がんばれ」


「はい、お師匠様、リーヴァ。いってきます!」


切り替わる視界の端で小さく手を振るリーヴァと静かに微笑むお師匠様が見えた。





























そして森に無事転移した私ですが、早速問題が発生しました。


お師匠様は街の近くの森と言っていましたが、それは視認できるほどの距離ではなかったようで、見事に森の中で迷子になっております…。


せめてどっちの方角に行けばいいか聞いとけばよかった…。



しばらく彷徨い歩き、疲れたので少し休もうと私は手近な木の幹に腰を下ろした。

するとその木の窪みからリス似た姿をした動物が顔を出し、私を見つけるとするすると木を伝って降りてきて甘えるように擦り寄ってくる。

一匹が肩に乗るとまた一匹また一匹と増えだし、周囲で私を窺っていたらしい別の動物達も傍に現われた。


ああ、なんというもふもふ天国…。



実は祝福の効果なのかはわからないが、この世界に生まれてから妙に動物に懐かれるようになったのだ。

幼い頃、お師匠様に戦闘訓練と称して魔物狩りに連れて行かれた山や森などで疲れて眠ってしまい(気絶)目覚めたら動物達に埋もれていたということがよくあった。

最初は何事!?と思っていたが、もふらーである私にとっては天国のような状況だったので思う存分もふってやった。ええ、至福でしたとも…。

お師匠様が言うには、私の魔力に反応して集まっているらしいんだけど…。

私の魔力には動物をメロメロにするフェロモンでも含まれているのだろうか…謎だ。

もふハーレムは大歓迎なので別になんでもいいんですけどね。


とりあえず、今は心地好いぬくもりと柔らかさを伝えてくるこの天然の毛布達を堪能しなければいけない使命を感じたので、もふりつつ日向ぼっこでもしよう…。


もふもふもふもふぬくぬくもふもふぬくぬく…すぴー…。






…っは!いや、寝てない、寝てないよ!ちょっと瞑想してただけだから!

旅立って早々にこんな体たらくだとお師匠様にばれたら大変だ…。


そう考えると背筋に冷たいものが走り、寒くもないのにぶるりと身体が震える。


さて、どれくらいぼーっとしていたのかわからないがそろそろ本気で街を探さねば、今日はここで野宿になってしまう。

名残惜しいが、愛らしいこのもふもふ達とも別れなければならない…。


私が目覚めた気配に気づいたのか、膝の上で丸まり気持ち良さそうに寝ていた子達が起き出し、眠そうに潤んだ瞳で『もう行っちゃうの?』『行かないで』と訴えかけてくる。


っく…我が家だったら持ち帰っているものを!!


縋りつくような甘い視線を断腸の思いで振り切り、よいしょっと立ち上がる。


その瞬間――。



「動いた!?」


という驚いたような男の声が辺りに響いた。


な、何事!?


突然聞こえた誰かの声に動物達は飛び起きると慌てて森の奥へと逃げていく。

その姿を見送る余裕もなく、驚いた私がきょろきょろと周囲を見渡すと、木々の間から男が立っているのが見えた。

白灰色の短い髪と対照的な褐色の肌を持つ、若い男。

私から見るとずいぶんと身長が高く、その均等の取れた素晴らしい筋肉のためか、がっしりとした体格をしている。

冒険者なのだろうか、さぞかしおモテになりそうなその精悍な顔には何故か驚いたような表情が貼り付けられていた。



ど、どちら様でしょうか…?



どういうわけか微動だにせず、私を見つめて固まっている男に私もどうしたらいいのかと動けなくなってしまう。


同じように固まった私を見て、男は我に返ったのか、すっと表情を引き締めるとその明るいオレンジ色の目を鋭く細めて徐に背負っている大剣の柄へと手を掛けた。


そしてそのまま剣を引き抜き、私に斬りかかってきた。



って、えええええ!!?なんでええええ!?


冒険者だと思ったら実は盗賊さんでした!?

えっ、旅立って初めて出会った人に殺されそうなんですけどお師匠様!?

そんなに治安悪いなんて一体どこら辺に飛ばしたんですか!?


男の突然の凶行に大パニックを起こした私は何を考えたのか慌てて両手でフードを抑えてしゃがみ込んだ。



「ふ、フードだけは!フードだけはどうかお許しを!!」



「…は?」



私の上げた悲鳴が予想外だったのか、男はぴたりとその剣先を止めるとぽかんとしたような間抜けな表情を浮かべて、立ち止まる。


し、死ぬかと思った…。


ほっとして強張っていた身体から力が抜ける。

早鐘を打っている鼓動を深呼吸で落ち着かせると彼方にぶっ飛んでいた冷静さが徐々に戻ってきて、先ほど自分が何を口走ったのかを思い出して叫びたくなった。


なんで私フードの命乞いしてるんだよ!乞うべきところはそこじゃないよ!


思わずふおおおお!と頭を抱えたくなったが、更に奇行を追加することになるので必死に堪える。

せめて先程の言い訳をさせてもらおうと呆然と私を見つめる男を見上げてもごもごと口を開いた。



「…いや、その、ちょっと…間違えました…」



「「……」」



……一瞬の沈黙の後、爆笑された。



























「ぶ、くく…。な、なんだよ、フードだけはって…っぶふ!どんな命乞いだ…!」


「…仕方ないでしょう。いきなり襲われて混乱していたんですから…」



私が咄嗟に繰り出してしまったあの謎の命乞いはどうやら男の笑いのツボにクリティカルヒットしたらしく、転げまわるほど大爆笑した男は、最終的には笑いすぎて呼吸困難に陥っていた。


…そのまま窒息してしまえばよかったのに。


確かに奇行に走った私も悪いのだが、あれから随分経つというのに未だに笑いが止まらない様子の男に、私の機嫌は低下の一途を辿っている。


…だってしょうがないじゃないか。

フードの中は絶対に見られまいと意気込んで旅立った矢先の事だったから、咄嗟に口から出てしまったんだもの。

それなのにいくらなんでも笑いすぎだ。


そもそも原因はいきなり襲い掛かってきた向こうにあるというのに、襲われて思わず悲鳴を上げた私に爆笑するとか、全くもって失礼な男である。



「あー…悪い悪い。妙なことになってたからてっきり新種の魔物か何かかと思ってな…。まさか動物に埋もれてた黒い物体が魔女だとは思わなかったんだ」


「貴方の声に驚いてすぐに動物たちが逃げていったからローブ姿で人間だと分かったはずでしょう!」


「いやだってお前のフードの中真っ暗で何も見えねえんだもん。どっちにしろ怪しいからとりあえず様子見で斬りかかったんだが……ぶふっ、ま、まさかあんな命乞いをされるとは…っく」


男は命乞いの件の辺りで再び思い出したのか、その無駄に整った顔をおかしそうに歪めて口元を抑えた。


まだ笑い足りないのかこいつ!



「いい加減あれは忘れてください!そ、それに誰だって突然襲われたらああなりますよ!」


「フードの命乞いなんて誰がするか!…ああ、無理だな。あれはもう一生忘れられそうにない」


私の言い訳に思わずといった感じで突っ込みを入れた男は、すぐににやにやと笑みを浮かべて否を告げる。

…このどこかイラッとするからかうような笑い方…こいつ、いじめっこだ!




「そういえば、まだ名前も言ってなかったな。オレはグレイ・ロッシュ。冒険者をしている。あんたは?」


グレイと名乗った男は地面に放り投げていた大剣を拾いながら、私の名を聞いてきた。

やはりグレイは冒険者だったらしい。

私の最初の予想は当たっていたというわけだ。…次の瞬間には盗賊かと思ってたけど。


「私はサラです。高位魔女なので姓はありません」


名前と共に私が高位魔女であることを伝えると、そこで初めて気づいたのかグレイは軽く目を見開いた。


「へえ…高位魔女だったのか。初めて見た…。高位魔女はばあさんってイメージがあったんだが、サラって言ったっけ?声から察するにあんたはそんなに歳いってないだろ?随分優秀なんだな」


「ええまあ…お師匠様にしごかれましたから」


感心したように話すグレイに、まさか祝福のおかげでチートだからですと言うわけにもいかず、曖昧に言葉を濁す。

…嘘は言ってないよ、嘘は…。

事実お師匠様のあのスパルタ教育がなかったらいくらチートでもここまで育たなかっただろうし…。


思わず遠い目になってしまったが、フードで私の顔が見えないグレイにはそれがわかるはずもなく、素直にふうん、と一つ頷き、すぐに何かを思い出したように首を傾げた。


「そういや、その希少な高位魔女がこんなとこで何してたんだ?動物に埋もれてたのは何かの儀式か?」


あのもふもふパラダイスがグレイには謎の儀式に見えていたのか…。

ぼけーっとしてたのを見られていたことに若干恥ずかしさを覚えるが、そういえば自分が迷子だったことを思い出して折角出会えたグレイに街に連れて行ってもらおうと事情を説明することにした。


「いや、あれは…。その、今朝お師匠様にこの森に飛ばされて、迷ってしまって…。疲れたので少し休憩しようと日向ぼっこしていただけなんです…」


「は…?日向ぼっこ…?」


「ええ、はい…」



「「……」」



…また爆笑された。何故だ。








4月12日改稿。

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