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何故私が親元を離れ、柱の魔女であるお師匠様に引き取られることになったのかは先ほど説明した祝福が原因である。
そう、私の左手の甲には生まれつき紋章が刻まれていたのだ。
…間違えないで欲しい。印ではなく、紋章である。
祝福の印は本来、印と呼ぶに相応しい二重丸とか十字架とかの簡素なものが当たり前なのだが、私の手に刻まれているのは何故か紋章といっても過言ではないほど複雑に描かれたものだった。
私が生まれる際、偶然立会い取り上げたお師匠様は既に祝福を得ている赤子の異変に気づき、紋章のような印から女神の祝福の異常性を感じて、私の魂を確認してみたところ、あとから掛けられた祝福ではなく、生まれる前に魂に直接刻まれた祝福だとわかったらしい。
女神の執着に近い祝福に、ただの人間である母の手には負えないと判断したお師匠様は、母に私を手放すよう告げた。
もちろん母は嫌がったが、お師匠様に説得され渋々私を引き渡すことになった。
本来7歳の儀式の時に与えられるそれが、尋常でないほど強大な力を秘めて、制御もできない赤子に刻まれていたのだ。
あのまま母の元で育てられていたら魔力が上手く扱えず自身を傷つけたり、最悪、魔力を暴走させて誰かを殺してしまうかもしれない危険性を孕んでいた。
それは双方とも望まない結果だったので、人あらざる存在である柱の魔女に託すのが一番良いことだったのだと私も母も納得している。
ちなみにお師匠様は私が転生して前世を覚えていることを知っている。
私の魂を確認したときに異世界の魂で前世が残っていることが分かったらしい。さすがお師匠様です。
そういう経緯で私は柱の魔女の弟子として引き取られたのだ。
この世界において魔女とは、精霊や聖獣などに並び世界を構築する柱の一つに数えられ、人間を導き、世界を安定させるために創造神が作り出したといわれる人在らざる存在のことを指す。
魔女は美しい人間の女性の姿をしているが、魔女の目と言われる特殊なグラデーションが掛かった黄緑色の目を持ち、寿命はなく、命の花と呼ばれる薔薇に似た花から成体で生まれ落ちる。
生まれながらにして世界の叡智持つ彼女達は非常に尊ばれる存在で、昔は人間でありながら彼女達に教えを乞い、弟子入りした者も多く居て、魔女に認められるとその知識と力を持って世界を巡りながら人々を助け導く役目が与えられたという。
しかし、魔女は滅多に自身の領域から出ることはなく、自分から必要以上に人間たちに干渉しないのでどこにいるのか詳しく判明していない。
そのため、人々にとって魔女といえば世界を巡る魔女の弟子のことであり、現在では職業の一つとして定着してしまった。
本来の意味を持つ魔女と職業としての魔女が混同してしまうというややこしい事態に、当時の王達は東西南北に一人ずついると言われる本物の魔女達を柱の魔女と呼ぶように定め、更に柱の魔女に弟子入りし、認められた魔女を高位魔女と名付け、通常の魔女と区別を図った。
私は柱の魔女を師に持つため、高位魔女見習いということになる。
柱の魔女の持つ叡智と技術は本来人間の手には負えないものであり、高位魔女として認められるまではおよそ数十年はかかるといわれ、人生の殆どを魔女の領域で過ごすことになる。
それ故、高位魔女見習いは人ならざる領域へ踏み込む覚悟として人界に属するあらゆるものを捨てて柱の魔女に弟子入りするのだ。勿論人の世界に属する意味を持つ姓も捨てる。
高位魔女見習いである私も姓はない。サラという名前のみだ。
本来は、姓と共に人界の繋がりとなる家族も捨てることになるのだが、生まれた直後に弟子入りせざるをえなかった私を哀れんだお師匠様は一年に一度だけ母と会うことを許してくれた。
実はお師匠様に引き取られてしばらくしてから、祝福以外にも問題があることが発覚したため、私は今まで母に素顔を見せたことがない。
私の素顔を知っているのはお師匠様とお師匠様の娘であるリーヴァだけだ。
柱の魔女である彼女たちが特殊な目をしているように、この世界では、目の色というものは重要な意味を持つ。
色によってどの神に属する魂を持つのかが分かるらしく、夜の女神に属する黒い目を持つ者は存在しないらしい。
だが、開いた私の両目はこの世界では異端となる、前世よりも深い漆黒の色を持っていた。
どんな魔法を使っても決して目の色だけは偽れないため、母であろうと常にフードで顔を隠して見せないようにしていたのだ。
見せてもきっとあの優しい母は受け止めてくれるだろうが、もしもの事を考えたら私は勇気が出せなかった。
そんな私のために、お師匠様は(ある意味)呪われているからだと母に説明してくれていた。
その好意に甘えていた結果、結局一度も素顔を見せることなく今まで来てしまったことに少し後悔しているものの、もう後には引けなくなっていた。
実は成長するにつれてはっきりしてきた自分の顔が前世のままだと気づき、一人だけ違う容姿を持っていることがいつの間にかコンプレックスになったようで、普段からフードを被っていないと落ち着かなくなってしまったのだ。
リーヴァは小さくて可愛いとこの世界では珍しい私の容姿を気に入ってくれているようだが、妙に気恥ずかしい気持ちになるため最近では風呂と寝るとき以外はずっとフードを被り続けている。
買出しなどで外出するときは無駄に高度な時魔法や闇魔法を使い更には幾重にも認識阻害魔法を掛けて絶対にフードの中を見られないようにする徹底振りだ。
もうすぐ高位魔女として認められるので旅にでなければいけないのだがそんな状態で対人スキルを磨いていない私がやっていけるか不安すぎる。
幸か不幸か、祝福のおかげで努力すればするほど目に見えて上達していく能力に楽しくなってしまった私はあらゆる分野に手を出しては極めるという事を繰り返していたため、一人で生活することに関しては特に不安は感じていない。
この世界にはない前世の知識も持ち合わせているため、金銭面でも不安はないし、魔法という存在もあり、正直言うと前世よりも今のチートな人生のほうが楽しい。
一生お一人様で過ごしたい私にとって鬼門とも言える守護者の存在がなければ本当にありがたい祝福なのだが…非常に残念である。
生まれてしばらくはチートな能力を持っていることに喜び、守護者については別に会わなきゃいいじゃん、と楽観視していたのだが、妙に必死なお師匠様の様子を疑問に思い、5歳の頃、理由を聞いてみたら恐ろしい答えが返ってきた。
詳しく聞かないから喋るのを忘れていたと苦笑いを零すお師匠様は、全ての発端であり元凶である私の左手に刻まれた紋章について話し出したのだ。
『サラ、あんたに刻まれたソレは所謂運命の女神の祝福の印よ。それがどういうものか前に教えたわね。本来7歳で与えられるその祝福は神々が自分の元から離れる魂へ降り掛けるものなの。でもサラの場合は違う。神の御許で直接魂に刻まれたソレは降りかけられる祝福とは圧倒的に格が違ってしまっている』
『それのどこがいけないんですか?正直このチート能力かなり助かってますよ?』
『…あんた、将来結婚願望ある?』
『え、あるわけないじゃないですか。お師匠様ったら、私の前世も見てるから知ってますよね?』
『ええ、勿論よ。知っているからそういう性質の魂を持っているサラが心の底から嫌がっていることは分かるわ。だから悲惨な未来が待っている可哀想なあんたを助けてやろうと今必死になっているところよ』
『悲惨な未来!?将来私に一体何が!?』
『はあ…、全くこの子は…。重要なところで大ボケかますあんたが愛おしくて仕方ないわよ…。いい?サラ。あんたには運命の伴侶が既に存在しているの。相手がどういう男なのかは知らないけど、その執念さえ感じるほどの強力な祝福ならさぞかし素晴らしい守護者を何人も作ってくれていると思わない?』
『ふァッ!!?』
『やっぱり忘れてたわね…。複数現れるということは確実に国にはばれているだろうし、今頃必死であんたを捜索していることでしょうよ。見つかると大変ねぇ?番は基本的に守護者には勝てないようになっているから見つかればあんたがいくら嫌がっても確実に囲われてゴールインね』
『ひぎゃああ!!』
『さぞかし幸せでしょうねぇ。複数の男に溺愛されて、一体何ダースぐらい子供ができるのかしら、賭けてみる?』
『い、イヤアアアアッ!!た、たすけてお師匠様!!』
『理解のある旦那だったらいいけど、その凄まじい祝福が選ぶぐらいだから相当やばい相手でしょうね。ああ、サラの前世でいうところの…ヤンデレだったりして』
『ヒッ!!あ、あれは二次元だけしか存在しちゃいけないヤツだよ!!』
『この世界じゃ二次元もくそもないわよ。あんた友達が作った凄まじいヤンデレゲームさせられてトラウマになったんだっけ?今の状況とよく似てない?このまま行けばヤンデレによる監禁複数りょうじょk『やめてえええッ!!』
『あらやだ、苛めすぎちゃったわね。ほら、私の弟子がすぐ泣くんじゃないよ』
『うぅ…。というか、このままお師匠様の元にいたら見つからないんじゃ…?』
『…残念なことに、柱の魔女の弟子は10年に一度人の世界に戻って5年以上修行の旅にでなきゃいけないのよ。サラは私の領域に生まれた直後からいるからリミットは10歳の誕生日までなの。だからそれまでに一人前になってもらわないと困るのよ』
『そんなの初耳ですよぉ…』
『そういうわけだから、自分のためにも死ぬ気で頑張りなさい。とりあえず今はその厄介な祝福を封印する魔法を考えないとね。番と守護者が出会うと反応して光るから視認していなくても近くにいるとばれるわ』
『死ぬ気で考えます!』
その後は以前にも増して必死で勉強するようになり、身体がある程度成長すると戦闘技術も叩き込まれた。
戦闘の特訓に関してはあまりにきつくて途中何度かお師匠様を御主人様とか女王様と口走るほど意識が朦朧としていた記憶がある。
おかげで今ではSランクの魔物さえ簡単に倒せるようになったのだが、これだけ努力して強くなっても、守護者には勝てないなんてこの世の不条理を感じる…。