01
「サラ、今日はモンブランが食べたいわ」
寝起きで乱れた青い髪をかきあげながら注文をつけるのは美しい女性。
彼女の名はレインシュテール。
美しい人間の女性の姿をしているが、黄緑色のおよそ人間にはありえないグラデーションが掛かった瞳を持つ彼女は世界を構築する柱の一つと言われる存在で、人間ではない。
世界に4人しかいないとされるうちの一人で、西の柱の魔女と呼ばれる彼女は私のお師匠様であり育ての親だ。
「じゃあ、おやつの時間に出しますね」
「そうしてちょうだい」
満足げに頷いて踵を返すお師匠様を見送り、朝食の準備を開始する。
私はこの9年で前世では考えられないほど上達した腕を揮いながら思いを馳せる。
9年前、私はこのファンタジーな世界に生まれ落ちた。
物語などでよくある異世界転生ではあるが、王道とは少し違うのは、人界への神の干渉が強いことと、男性が少ないことである。
この世界では男性が生まれにくく、人口の三分の一にも満たないらしい。
それ故、平民でも一夫多妻が主流であり、男性がとても優遇されるという、男に生まれてたらウハウハな世界なのだが生憎と私は女である。
そのため、夫をもたず種だけ貰い子を儲ける女性も多く居る。
私を産んだ母も辺境の村でシングルマザーとして子を産み育てていた。
父が分からなければ血筋が混乱しそうなものだが、実は魔法のおかげで前世のDNA鑑定を凌ぐものがあり、それによって近親の判断が付くため近親婚は防げている。
まあ、私は結婚する気は全くないので必要ないが。
生まれてきた子供は6歳頃までは神と人の世界の狭間におり、7歳になると魂が現世に定着し、神々の庇護から抜けると言われている。
多分、前世にも似たような言葉があったから7歳までは死にやすいという意味だと思う。
前世と違うのは7歳を迎えると教会で神々に現世で生きることの宣誓と今までの感謝を捧げるという儀式があり、更に神々から最後の贈り物として何かしらの祝福が与えられるらしい。
祝福といっても、それほど凄いものではなく、生命の神の祝福だったら丈夫な身体で生涯健康で育つとか、朝の女神の祝福であれば安産であるとか、目にははっきりとわからないものたちばかりである。
唯一つの例外を除いて。
運命の女神の祝福だけは目に見える形で現れる。
それは左手の甲に印として現われ、チートと言えるほどの祝福が与えられるのだ。
何故なら運命の女神は、創造神、生命の神、時の神を除いて全ての神々の母にあたる存在であり、夫である生命の神と時の神を尻に敷くほど強力な力を持った女神だからである。
そのため、運命の女神が気に入り祝福を施すと創造神以外の全ての神々が運命の女神の意思に沿って共に祝福を与えるのだ。
祝福のおかげで天才になるとか運動神経抜群になるとか、それだけならば有難い話なのだが、恐ろしいことに、運命の女神は文字通り運命を司る。
つまり彼女の能力は運命を定めること。
そう、運命の女神自身の祝福は、気に入った娘に運命の伴侶を与えることである。
気に入った娘の左手の甲に印を与え、その娘に相応しい男に同じ印を与えて娘を守らせる守護者とするのだ。
守護者となる男の印には娘を守らせるために、娘より強い祝福が施されている。
気に入った娘が傷つかぬよう、また深く愛され幸せになるようにとかけられる祝福によって、男は一度娘に出会ってしまうと印を持った娘以外愛せなくなるという。
この関係性から人々は祝福された娘を番、男の事を守護者と呼ぶ。
なんとも傍迷惑な祝福に思えるが、運命の女神は妙なところでロマンチストだったため、必ず出会うようには定めなかった。
そのため印が現れても出会わず別々の伴侶を見つけるという例もある。
だが、この運命の赤い糸強制版とも言える祝福の恐ろしいところはそれだけではない。
この祝福、女神がかけた強さによって複数の守護者が番に与えられることがあるらしい。
男性が少ないこの世界で何をとち狂ったのか、運命の女神は逆ハーレムを押し付けてくるのだ。
本来、一夫一妻となるのも困難なこの世界ではどんな権力者でも一妻多夫は認められない。
一人の女性が複数の男性を囲ってしまうと著しく出産率が低下してしまうため、下手をすれば重罪に問われる。
しかし、唯一の例外がこの祝福によるものだ。
実は番となった女性が守護者の子を産むと高確率で男児が生まれる。
その上他の神々の祝福のおかげで確実に安産となり、更には通常の半分ほどの妊娠期間で生まれてくるというわけのわからない仕様になっている。
そのため番と守護者が婚姻することは喜ばしく、むしろ推奨されているほどである。
祝福によってチート染みた力を持っている両親から生まれる子も非常に優秀なため、男児の出生率に悩むこの世界の国々は諸手を挙げて歓迎するのだ。
よって数百年ほど前から印が現れたら国へ報告するという法が定められ、どちらかが不明の場合は国々が捜索して引き合わせるという政策まで作られた。その後、無事婚姻すると祝い金まで渡されるというなんとも至れり尽くせりである。
守護者の数は祝福の強さを表しているといわれ、過去最多で記録されている番の女性は4人の夫をもったという。
そのとんでもない強さの祝福を利用して彼らは当時世界を脅かしていた魔王を倒した英雄になっている。
おかげで現在は非常に平和な世界になっております。
ありがたやありがたや…。
まあ、一夫一妻が当たり前の前世の記憶を持っている私にはハーレムも逆ハーレムも受け入れられないけれど。
というか前世でも一生独身でいたいとか思ってた絶食系女子である私には一夫一妻でも無理ですけどね。
それでもこの一夫多妻が主流の世界では男性に唯一人と愛されるのは女性にとっては夢のような話なので皆祝福を受けるときは運命の女神の祝福があるよう願うらしい。
女神様は是非ともそのいじらしい女性達に応えてあげてほしいものだ…。
望んでいない、私に与えるよりも。
しばらく説明回です。