思い出をくれた君へ
君に初めて会ったのは、僕が生まれた数日後だったね。
君は僕のために、父さんと一緒に遠くから迎えに来てくれたのに、僕は怖がって泣いてばかりだったね。
君は歌が上手だったね。
両親が好きだったオールディーズを、よく歌ってくれたね。
英語だったから、意味はわからなかったけど、楽しい歌、悲しい歌、みんな好きだったよ。
君は僕を、いろんな所に連れて行ってくれたね。
遊園地にも、デパートにも、温泉にも。
だけどね、僕はいつだって、外で待ってくれている君の所に帰って来た時が、一番うれしかったんだよ。
君は僕と一緒に、よく遊んでくれたね。
真冬の日、近所の子たちとかくれんぼをしていた時、君が見せてくれたガラスに映る白い結晶の美しさに、僕は見とれてしまったんだ。
そのせいで、すぐに見つかってしまったけどね。
でも、君があんな神秘的な物を見せてくれたから、僕は冬が大好きになれたんだよ。
君は頑張り屋さんだったね。
父さんが君を走らせる時は、すごくスピードを出して、君のうなり声が高くなってから、クラッチを強く踏んでギヤを手早く変えていたよね。
晴れの日も雪の日も。
楽しい日も悲しい日も。
そうやって何万キロも走った君は、僕にとっては、テレビのヒーローよりもずっと格好よかったよ。
そんな君は、僕が小学生になる直前、大怪我をしてしまったね。
元気になってくれると信じていたけど、結局、それは叶わなかった。
お別れの日の朝、僕はランドセルを背負って君の前に立って、しばらく君を見つめた。
すると、ボンネットの横に付いたサイドミラーが、まるで最後に握手しようと、君が手を差し伸べているように見えて、僕は思わず手に力を込めてしまったんだ。
僕は君のサイドミラーを撫でながら、目を閉じて、お別れの言葉を君に捧げた。
僕は学校に向かって歩き始めた。
でも、どうしても途中で振り返って、君を見ずにはいられなかった。
家に帰った時には、君はもうそこにいないとわかっていたから。
そして、君が見える最後の曲がり角。
僕は目を細めて、建物が視線を遮るまで君の姿を見つめ続けた。
君はもういない。
その理由を、僕は知っている。
だけど、君は僕の心の中で走り続けている。
だって、僕がオールディーズを耳にすると決まって思い出すのは、君と一緒にいたあの頃のことなんだから。