第7話 第七内科!
団長室から出ると、トキはミーチャイの秘書室で白衣を受け取った。一体どこから情報を仕入れたのか、胸のないところ、おしりの大きめなところまでサイズはぴったりだ。カーテン越しにいるミーチャイに話しかけた。
「あのぉ。イルハノンさん」
「ミーチャイでいいわよ。あたしもトキちゃんって呼ぶから」
優しい笑顔で答えた。
「はい。わたし心配なんです。本当にできるのかなって、この城を守るなんて」
「トキちゃん。未熟なわたくしでもあなたの才能は十分に感じるわ。一緒に切磋琢磨して頑張りましょう」
「はい、ありがとうございます。私、できるだけ強くなりますから、色々教えてください。ミーチャイさん」
騎士団の制服である白衣は真っ白な綿でできたワンピースだ。脇と袖口には鮮やかな水色のラインが走っている。膝丈のスカートには動きやすいよう滑らかなウエーブが入っている。そして左肩の部分には、騎士団のエンブレムが縫いつけられている。エンブレムは銀色の流星と緑の葉をくわえた虹色のナイチンゲールが刺繍されているのだ。
ナースキャップは高等学校で使っていたものとほとんど同じ、つばのない食パン型だ。トキは鏡を見て、「うん。ばっちり」と満足げにうなずくと、さきほど受け取ったばかりの騎士団章を胸につけた。
「開けるわよ、トキ」ミーチャイは上品な笑みを見せながら満足そうにうなずいた。「素敵なナースね。ここでは術師であることよりも立派なナースになることが第一歩なのよ。しっかり頑張ってね。さあ、みんなにあいさつに行きましょう」
りりしい自分の姿を見てトキは不安が縮んで、やる気がみなぎってきた。ただ再び病棟に向かって歩いていく途中、あの重いドアを、自分より細い腕のミーチャイがなんでもないように次々と開けていくのを見て、不安が再び頭をもたげてきたのも事実だったが。
◇
入団式は順調に済み、今、トキはこの日から自分の部屋となった、ベッドと机しかない小さな個室の出窓の枠に腰をかけて「ふー」とため息をついた。
ようやく長い一日が終った。ぼんやりと入団式を思い出していた。
式が行われた看護婦詰め所には、たくさんの騎士たちが医者や看護婦の白衣を着て整列して新人のトキを迎えてくれた。団長によるイメリア神への帰依の儀式に続いて、全員で歌った「エルメ・イメリア・プアンマー」(讃えよイメリアの元に集いし仲間)を聞いているうちに感動で自然と涙が浮かんできた。
自己紹介の時には緊張で体がガチガチになったが、演説台として罪がなぜかみかん箱を用意してくれると、部屋は笑いに包まれ、おかげトキはリラックスして挨拶をすることができた。
式の最後に団長から辞令が朗読された。
「暁トキを第七内科勤務とする」
すると、騎士たちの一角から歓声が上がった。その一団の中には鈴里もいて、トキに向かって満面の笑みでVサインを送った。トキの顔も笑顔がこぼれ、小さく拳をにぎった。
――やった鈴里さんと一緒だ。
式はそのままパーティになだれこみ、鈴里がトキの手を引っ張って一人一人回って紹介してまわったのだけれども、誰が誰か、何を食べたかも覚えていられなかった。ただただ、ずっと笑みを浮かべて挨拶し続けたことだけを覚えている。
と、そこまで思い出した時、ドアをノックする音が聞こえた。トキの意識は、現実に舞い戻った。
「はい? どうぞ」
ドアを少しあけると、隙間から赤ら顔の鈴里がニヤニヤして覗き込んできた。両手のエールとワインの瓶がカチャカチャと音をたてている。アルチャット大陸の一般的なルールでは十六歳から酒が解禁となっている。
「みんなでもっと飲もうぜい、新入り君」と鈴里に続いて、背が高く肩幅のしっかりした三十歳前後の男と、トキと同じくらいの年の髪の短い少女が入ってきた。
「第七内科はね、五つの小隊でできているの。一小隊はたいてい四人で、医師一人と看護婦三人。リーダーは、このダンディーな土方先生よ。第七内科全体のキャップ、つまり中隊長でもあるの」
「土方総司です、よろしく」
ボサボサの頭を掻きながらぼそりと言ったきり、視線を外して顔を赤らめて黙り込んだ。一重で切れ長の目に高い鼻。男性を間近で見た経験の少ないトキから見ても惚れ惚れするほどのいい男だ。しかし、頬を桜色に染めている三十路の大男を見てトキも微笑んでしまった。
「ははは、総司! しっかりしてよ」
鈴里は、「先生」から「総司」と呼びつけにして、バンバンと土方の背中を叩いた。
「総司はこう見えても抜刀術の免許皆伝で、外科のエースだったんだけど、人見知りを直したいって内科に来たんだよ。いまだに全然治らないけどね。で、トキちゃんも、土方愚連隊と呼ばれる我らが第七内科の一員になるのでーす」
すると、もう一人の少女が生意気そうな目でトキを舐めるように下から上へ見ながら口を開いた。
「あたいはリリノア・スルベスタンだよ。リリィと呼んで。あんたと同じく十六歳だけど、ここには一年先に来ている先輩だからね」
その言い草に、少しかちんと来たトキだが一応、丁寧に頭を下げた。満足げに胸を反りかえしたリリィだったが、鈴里がすぐにその頭をぐいっと手で抑えつけて無理やり、あいさつさせた。
「あんたたち二人はまだまだひよっこだよ! 仲良く勉強しなさい」
「はぁい」とリリィは舌を出して謝った。ボーイッシュなリリィも姉御肌の鈴里には弱いようだ。
小さな二次会が始まった。早々に酔っ払ったリリィは饒舌になった。トキにとって同じ年代の子とこんなに長く楽しく話し合ったのは初めてだった。ついつい生まれて初めてのアルコールも何杯目だか分からないほど飲んでしまった。
「トキぃ。あんた、第一内科に行かなくてよかったねぇ」
「なんでぇ? リリィ」
リリィはトキの肩に手をまわして、赤い顔を近づけて言った。アルコールくさい口から続いて出てきた言葉でトキは一気に酔いを醒ましてしまった。
「第一内科の奴らはねぇ。みんな貴族とか、将軍さまの家だとか、名家とやらの集まりなんだよ。第一内科長の副団長がかき集めているんだよ。いかすけないよね、ねぇ鈴里姉ぇ」
トキの出自を知っている鈴里はひきつった笑いを一瞬見せたが、聞こえないふりをして、なにもしゃべらずに飲んでばかりいる土方の持つグラスへあふれるほどワインを注いだ。リリィは気にせずに続けた。
「あたいはねえ、港町の貧民街の出身なの。男たちはみんな汗臭くて、女たちはみんなおせっかいばかり。夜になると酒と音楽がやまないんだ。貧しくても楽しかったなあ」
懐かしそうに中空を見つめながら一気に話し終えると、トキのほうにまた顔を向けて「で、トキはどこの国の人?」と問いかけてきた。
予想された質問ながら改めてギクリとしたトキはつかえながら答えた。
「わ、わ、わたし? うーん、カスカバラだけど」
「へぇ。カスカバラ神国かあ。珍しいねえ、あそこの人ってあんまり聞かないよね。で、どんなうちに住んでいたの?」
「えっ? えっ? えーと。それは、それは」
しどろもどろになっているところに、扉をノックする音がした。
ほっとしたトキは「ど、どうぞ。入ってください」と助けを求めるように扉の外の来訪者に答えた。